電気自動車(BEV)浸透のヒントを探る
※この記事は、日刊自動車新聞の“インテージ生活者インサイト”コーナーにインテージのリサーチャー重岡伶奈が寄稿した連載を再構成したものです。
2020年10月、日本政府は「2050年のカーボンニュートラルの実現」を宣言し、2035年には販売する新車を電動車100%にする目標を設定しています。ここで目標とされている「電動車」には、電気自動車(BEV)、燃料電池自動車(FCEV)だけでなく、プラグインハイブリッド車(PHEV)、ハイブリッド車(HEV)も含まれます。
ただし、カーボンニュートラル実現のためCO2の排出を抑えることが目的であれば、将来的にはガソリン・ディーゼルを使用するPHEVやHEVにも規制がかかることでしょう。それを見据えて、自動車メーカー各社がBEVの販売を拡大し、近年では多くの新しい車種が市場に投入されています。しかし、販売データを確認すると、2024年6月時点では、乗用車の販売台数のうちBEVは登録車・軽自動車共に2%にも満たない状況です。今後、BEV市場は拡大を見込むことができるのでしょうか。※FCEVは販売台数がまだ多くないため今回は対象外とします。
BEVの検討状況
まず、生活者がどのエンジンタイプの車を購入したいと考えているのかを、市場調査会社であるインテージが毎月約70万人から回答を集める、自動車に関する調査「Car-kit®」のデータを用いて確認していきます。Car-kit®では毎月、車の購入予定がある人に「次回の購入時に候補となるエンジンタイプ(※複数選択可)」を聴取しています。その結果を3か月ごとに5年分まとめたものが図1の通りです。
図1
カーボンニュートラル宣言があった2020年12月から、2022年9月までは「BEVが候補になる」の率は徐々に増加傾向にあり、22%にまで到達しています。このピークは、2022年6月に、日産サクラの発売が発表されたことからBEVへの期待感が高まったことが一因でしょう。軽自動車にもBEVが登場してBEVの浸透が一気に加速するかに見えましたが、結局そこをピークに徐々に減少して2024年6月には15.8%となっています。カーボンニュートラル宣言前の2020年10月以前と同水準に戻りつつあり、このままではBEVの販売拡大は期待できそうにありません。
続いて、2024年6月の調査で「BEVが候補になる」と回答した人のボリュームを居住エリア別に見てみましょう(図2)。
図2
東京都は47都道府県で唯一「BEVが候補になる」と回答した人が2割を超えています。一方で、北海道・東北では「BEVが候補になる」率が他の地方に比べて低くなっています。各メーカーの努力に反して、BEVの普及を阻んでいる要因は何でしょうか。続いては、BEVを購入していない人がどのような懸念を抱いているのかを確認します。
BEV購入への懸念
次に、電気自動車(BEV)のどのようなところが生活者に懸念されているのかを確認します。
現在、BEVではない車を持っている人に「BEVのデメリットの中で自分が嫌だと思うもの」を選択肢形式で回答してもらいました。選ばれた上位の項目は図3の通りです。上位3項目を一つひとつ確認してみましょう。
図3
最も懸念されているのは「車両本体価格が高い」ことです。約4割の人が「嫌だ」と回答しています。例えば日産が2023年に発売した軽自動車のBEVサクラのエントリーグレードであるXは車両本体価格が税込み約260万円です。同じ日産が販売している軽ハイトワゴンであるルークス(ガソリン車)のエントリーグレードは税込みでおよそ164万円ですから、車両本体価格の差は決して小さいとは言えません。一方で、BEVには日本政府や自治体からの補助金も出ているので、その制度の認知が得られれば、BEV購入のハードルが下がるかもしれません。
2番目に懸念されている点は「充電スポットが普及していない」ことです。充電スポットは現在、全国に約3万台設置されています。ガソリンスタンドも約3万軒ですが、給油に比べて充電は時間が長くかかることから同じ数では不十分でしょう。(また、ガソリンスタンドは1軒で複数台給油できるのに対し、充電スポットは台数でのカウントであることにも注意が必要です。)ただ、経産省は2030年までにこの数を30万台にまで増やすという目標を掲げており、この懸念点に関しては政府の対応が進めば解決が見込めるかもしれません。
次いで3番目に懸念されている点には「充電が切れたときに走れなくなる」ことが続きます。こちらに関しても、充電スポットが増加しこまめに充電できるようになればある程度の改善が見込めるでしょう。
また、エリア別で結果を見ると「寒冷地では航続距離が低下する」が、北海道では3割、東北では2割強と、上記の3項目に並ぶ懸念として挙げられました(図4)。バッテリーの性能も向上はしているものの、「寒いと航続距離が減少する」ことはやはり寒冷地の生活者にはマイナスとなります。
図4
政府の補助金が今後も続き、充電スポットの増設が計画通り進めば、懸念は解消されていくでしょう。ただし、ここまでの話はあくまで政府のサポートを前提としています。比較的BEVの浸透が進んでいる北欧でも、BEVの補助金が打ち切られ、ガソリン車やハイブリッド車への回帰が起きているようですから、楽観視はできません。上記のようなBEVのデメリットをも超えるようなメリットがなければBEVの浸透・定着は達成できないでしょう。
BEVのメリットとは?
続いて、BEVのどのようなところが生活者にメリットとして受け入れられるかを確認してみましょう(図5)。この調査では、BEVを保有している人・BEVを保有していない人それぞれに、認知しているBEVのメリットと、自身が魅力に感じるBEVのメリットを選択肢形式で聴取しています。(質問文:電気自動車(BEV)のメリットとして①知っているものすべて②あなたが魅力を感じるものすべてをお答えください。)
図5
現在BEVを保有している人の「自身が魅力に感じるBEVのメリット」の上位項目は「燃料代が安く抑えられる」「補助金・減税が受けられる」という金銭面のメリットに並んで、「出足の加速が力強い」「静粛性が高い」といった自動車としての性能、そして「自宅で充電できる」ことが魅力として挙げられました。
続いて、BEVではない車を保有している人の「認知しているBEVのメリット」「自身が魅力的に感じるBEVのメリット」の回答を見てみましょう。最も認知されているメリットは「環境に優しいこと」です。BEVはあくまで環境に優しい車として推奨されているに過ぎない、という認識の人もいるかもしれません。
「燃料代が安く抑えられる」「補助金・減税が受けられる」という金銭面のメリットはどちらも4割弱の人が認知、2割以上の人が自身も魅力に感じると回答しています。つまり、認知している人の6割以上が魅力的だと捉えているのです。金銭面のメリットは、認知が広がれば、よいアピールになりそうです。ただし、補助金・減税は前回も記載した通りいつまでも続くとは限りませんから、そこに頼りすぎるプロモーションは手詰まり感があります。
では、BEV保有者には魅力として捉えられている、「出足の加速が力強い」「静粛性が高い」といった性能面はどうでしょうか。この2点は認知が2割程度と、他の項目に比べて低くなっています。自身が魅力に感じるか、では1割に満たない結果です。自動車としての性能は、実際に乗ってみないとわからないところが大きいのではないでしょうか。ディーラーに訪れた人に試乗を促すなど地道な認知拡大が重要です。
次に、「自宅で充電できる」というポイントについてです。BEV保有者は4割以上が「魅力的に感じる」としているのに対して、BEV以外の保有者では2割未満です。BEVは充電スポットでの充電ももちろん可能ですが、自宅で充電をする人がほとんどです。給油に行かず自宅で充電ができるという点はもっと多くの人に魅力と捉えられてもおかしくないように感じます。
ガソリンスタンドの密度は都市規模によって大きく異なるはずですが、エリアごとにBEVの「自宅充電」のメリットのとらえ方を比較しても、大きな差は見られません(図6)。
図6
自宅充電の必要性
最後に、BEVの「自宅で充電ができる」こと、つまり「ガソリン車のように燃料補給に行く必要がないこと」が生活者にメリットとして受け入れられ得るかを、データを用いて確認していきます。
そもそも、自宅に充電設備を設置する必要があるため、駐車場の整備をしなければならないことはデメリットとして働くでしょう。駐車場を月極などで契約している人は2割程度いる(図7)ため、その人たちは充電設備の設置ができず、自宅での充電ができないかもしれません。都市圏では契約駐車場の割合が他のエリアに比べて高く、1都3県では3割を超えます。
図7
とは言え、マンションの駐車場にもBEVの充電設備が設置されていたり、機械式の駐車場にも設置できるBEVの充電設備が開発されたりと、「契約駐車場は充電器の設置ができない」というわけではありません。BEVの普及が進めば、契約駐車場でも充電器の設置が進むでしょう。ただし駐車場やマンション管理側も、多くのBEVユーザーによる利用が見込めなければ、充電器の設置費用を回収できないため、双方もたれ掛かっている関係と言えます。
では、生活者はガソリンスタンドでの給油をどの程度「手間」だと感じているのでしょうか。「ガソリンの給油の困りごと(複数選択可)」を聴取した結果が図8の通りです。
図8
「ガソリンの価格が高い」がどのエリアでも6~7割と最も高くなっています。2位は「セルフの給油が面倒」ですが、どのエリアでも1割程度とそこまでの手間だとはとらえられていないようです。人口の多いエリアや交通量の多い道路沿いでは散見されそうな「待ち時間が長い」についても、最も多い1都3県で8%程度です。また、人口密度の低いエリアでは「ガソリンスタンドが遠い」というような困りごともありそうですが、こちらも5%程度です。(もっとも、ガソリンスタンドが家から離れているレベルの地域に住んでいる方の人口は少ないため、データとしては表れてこないのかもしれません。)
以上から、ガソリンスタンドでの給油は現状、「当たり前にしなければならないこと」であり「手間」だと捉えられていない、と言えそうです。ただし、新しい製品が台頭することで「当たり前」が「手間」に変わるということはままあります。ロボット掃除機のおかげで、これまで当たり前に生活の一部であった「掃除機をかける」ことは「手間」に変わりました。コスパ・タイパが重視される時代ですから、BEVも自宅充電可能のメリットを打ち出すことはできるかもしれません。
今回の記事では、BEV市場拡大の阻害要因と販売拡大のヒントを確認しました。BEVのコストや充電面への懸念については、政府や自治体のサポートが続けば少しずつ解消されていくでしょう。現時点では、コスト面のメリットを打ち出しつつ、試乗などで性能を体感してもらうことが良いアピールになりそうです。
【Car-kit®(自動車パネル)】
株式会社インテージが毎月約70万人から前月の自動車情報を取得しているシンジケートデータです。現有車や次期意向などを聴取する市場動向把握調査と、契約者に対して購入理由や購入時の重視点などを聴取する契約者調査の2部構成で実施しています。
※Cat-kitは株式会社インテージの登録商標です。
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