新鮮な生活者の記憶をマーケティングに活用
データがあふれる時代、世界的に生成・収集されるデータは日々増えていく。これは企業の生産・流通工程における需要だけではなく、デジタル世界と現実が近づき、重なることで生じる「いつでも」「どこでも」「自分にパーソナライズされた」サービスを利用したい、という生活者の需要も一因としてあると考える。新型コロナウイルスの感染拡大にともなう生活環境の変化もこの増加に拍車をかけているのではないだろうか。
この記事では、企業活動の前提となりつつある生活者データの活用において、「記憶が新鮮なうちに意識データを聴取する」ことで得られる可能性について考えていきたい。
活用される生活者データとその課題
生活者から収集されるデータにはいろいろなものがある。プロフィール属性や行動データ、メディアの閲覧や口コミ、決済履歴や日々の買い物履歴など多岐にわたる。これらの多くは収集した事業者が個人情報保護を行いつつ、生活者のユーザー体験向上や企業間でのビジネス展開に用いられている。
たとえば日用消費財においては、従来の出荷実績や小売企業のPOSレジ売上実績に加えて、各事業者が提供している様々な生活者ログデータ(たとえばIDPOS購買データやメディア閲覧履歴、EC行動ログや家計簿アプリでの生活ログなど)を分析・販促活動に用い、自社商品の拡販を行うことが前提になりつつある。ただしこれらのデータはいずれも一長一短な性質を持ち、分析・販促に用いた結果を解釈するには各企業で膨大な試行錯誤と知見が必要になる。
また、アンケートをはじめとする意識データは、企業の大小を問わず利用されているのではないだろうか。特にアンケートの回答は、収集するデータを各企業が求めている軸で定義できることから、前述のログデータよりも手に入る結果は解釈しやすいことが多い。一方で、アンケート調査の設計や利用には回答バイアスの可能性を念頭に入れる必要がある。回答バイアスとは、質問の聴き方によって回答内容が左右される、質問者へ配慮した回答になるといった特性である。
加えて、アンケート調査は回答者の記憶に頼っている点もこの手法の課題の一つに挙げられる。エビングハウスの忘却曲線(図表1)では1時間後に56%、1週間後には77%もの内容を忘れるとされている。生活者の記憶は時間が経つほど信憑性が下がる「ナマモノ」だが、通常のアンケートでは1週間以上経過してから聴くことがほとんどではないだろうか。
図表1
日用消費財メーカーをはじめとする、生活者と直接的な接点を保有していない企業では調査会社に依頼してアンケートを取得することも多いが、自社商品購入時の状況を聴くにしても、購入から時間が経っていて詳細な状況を把握できない、といったことも多々ある。
以降では、買い物直後の生活者に対して購入時の状況を聴取し、生活者の記憶が鮮明だとどの程度ユニークな示唆が手に入るのか、明らかになった事例を紹介したい。
意識データには鮮度がある
今回、お風呂用洗剤(本体)、鍋つゆ、RTD缶、冷凍食品の4カテゴリにおいて、各カテゴリ売れ筋上位10商品を対象に、生活者が商品購入後、最速1分以内にリサーチが可能な仕組み※ 1を用いて購入理由の聴取を行った。聴取方法は図表2のように、買い物後にレシートと対象商品バーコードをアプリへ登録するとアンケートが届き、回答してもらうというものである。
図表2
図表3は購入直後に得られた回答である。かなり詳細に、店頭における状況や心の動きが記載されていることがわかる。販促キャンペーンや、いつも買っている商品であっても無条件で購入するわけではなく、自宅のストック状況や子供の声などが影響していること、当日たまたま起きていたイレギュラーな状況によって購入に至った様などを具体的に把握することができた。購入後、1週間以上経過した後では生活者の記憶が薄れ、ここまでの詳細な情報が得られる可能性は大幅に下がると考えられる。
図表3
商品の陳列状況や使用シーンについても聴取したところ、図表4 のような回答が見られた。
図表4
特に陳列棚についての「記憶が鮮明だからこその詳細な記述」は、前述の購入理由と同様に、生活者のショッパーインサイトを理解する上で非常に役立つのではないだろうか。
新鮮な意識データ×ログデータでより深い生活者理解を
前述のような詳細かつ具体的な情報を、最初に述べたログデータの集合から抽出・解釈するのは非常に難しい。また、購入後間もなくの聴取だからこそ取得できた回答でもあり、時間が経過してから聴いても後付けの理由が混ざるなどのバイアスが懸念される。
このように一般的なWebアンケートでは難しい調査でも、記憶に頼らず回答してもらえる手法を用いれば新鮮で良質なデータを得ることが可能である。
無論、新鮮な意識データが全方位的に優れているわけではなく、年間購入個数や過去の購入経験有無など記憶を遡る必要があるもの、購入価格やリピート購入有無など結果が一意に定まるものなど、ログデータのほうが得意とするものも多い。逆に言えば、ログデータと新鮮な意識データがそれぞれの強みで補完し合えば、これまでにない深い生活者理解 が可能になるはずだ。
たとえば、インテージが提供しているような消費者パネルデータと、今回紹介したリサーチ・アンド・イノベーションが提供している新鮮な意識データを組み合わせることで、新商品の立ち上がりをログ・意識の両面から分析するといったアプローチもあり得る。
図表5は前述の聴取時に合わせて確認した購入意思決定のタイミングだが、たとえば鍋つゆや冷凍食品は約6割が非計画購入である。非計画購入時には、定番棚よりもそれ以外(アウト展開)での購入率が高くなることが過去の調査からもわかっているので、先に紹介した購入理由や陳列状況の解釈、あるいはログデータ解析時の視点にも活かせる。
図表5
今後、生活者理解の解像度をより上げていくためには、日々膨れ上がるデータの中でも歩みを止めず、デジタル化の進展により取得可能となった新種のデータも積極的に取り入れ、組み合わせての活用方法を模索していく必要があるだろう。
※1 CODE 秒速リサーチ(https://r-n-i.jp/service/code/) 特定の商品を自然購入した生活者へ最速1分以内のリサーチ(アンケート)が可能。レシートと商品バーコードを活用した特許取得済の仕組みで、購入者の声をリアルタイムに聴取でき、自社・他社を問わず簡単にリサーチが行える。
※この記事はMarkeZine75号に掲載された寄稿記事(『新鮮な生活者の記憶をマーケティングに活用』)を再構成したものです。
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