コグニティブ・インタビューとは?警察のインタビュー手法をマーケティング・リサーチへ
※この記事は2017年2月のリリース記事を再構成したものです
マーケティング・リサーチの世界では、アンケートやインタビューなど、調査対象者の記憶を頼ってデータ収集をすることが少なくありません。しかし、近年は、テクノロジーの恩恵を受け、PCやモバイルでのログデータ取得やソーシャル・リスニングといった記憶に頼らないデータ収集の手法・方法も増えつつあります。とは言え、記憶に頼らない手法・方法があらゆる課題に対応できるわけではありません。例えば、「ある新商品の購入のドライバーを特定したい」という課題があったとします。カテゴリーによっては、店頭だけで、その商品を知り、検討し、買うと決めて購入する、というプロセスが完結していて、インターネットはどこにも登場しないかもしれません。また、いくら気に入った商品でも、ソーシャル・メディア上での発言や意見交換になじまないカテゴリーもあるでしょう。
従って、「記憶に頼る手法」を用いつつも、どうやって効果的に情報を引き出していくかが重要となります。警察の捜査の現場で採用されている「コグニティブ・インタビュー」は、効果的に詳細な情報を引き出すことができる手法として、近年、マーケティング・リサーチにも取り入れられるようになりました。マーケティング・リサーチではショッパー・ジャーニーを捉える目的で用いられることが多いコグニティブ・インタビューについて、そもそもの成り立ちとマーケティング・リサーチでの活用をご紹介いたします。
コグニティブ・インタビューとは
コグニティブ・インタビューとは、警察が事件や事故の目撃者を尋問する際に、正確な証言をできるだけ多く引き出すためにアメリカで開発された手法です。1984年にGeiselman、Fisherらによって発表され、それ以来、検証・改良を重ねながら、米・英をはじめ様々な国や地域で捜査に活用されています。証言の向上のために研究・開発された様々なインタビュー手法の中でも、正確性を損なわずにより多くの情報を引き出せるインタビュー手法として、最も実証研究が進み、実践もされてきた手法の1つです。
では、「コグニティブ・インタビュー以前」、尋問はどのように行われていたのでしょうか。例えば・・・
捜査官:何があったのか教えてください
目撃者:私がレジで並んでいたら、私の前に並んでいた男が、レジの人に「金を出せ」って。
捜査官:その男の身長は?
目撃者:うーん・・・170cmくらいでした。
捜査官:体型は?
目撃者:痩せ型だった・・・かな。
捜査官:その男はメガネをかけていませんでしたか?
目撃者:ほとんど後姿しか見てないから・・・でも、かけていた気がします。
このインタビュー方法のどこに問題があったのでしょうか。捜査官は、最初は目撃者の自由な発話を促していました。しかし、目撃者が話し始めてすぐにさえぎり、どんどん自分の聞きたいことを質問し始めています。それによって、目撃者の記憶の再生は妨げられ、口先まで出かかっていた重要な情報が、最後まで証言されないままとなってしまうかもしれません。また、犯人の体格について何度も質問することで、体格関連の情報が重要と目撃者が無意識に選別してしまう可能性があります。更に、「メガネをかけていませんでしたか?」と誘導的な質問をすることで、実際には見えていない犯人の顔について、見えたかのように記憶が再構成される恐れもあります。このように、従来の尋問方法では、証言が信憑性に欠けるのでは、という問題意識がありました。
では、コグニティブ・インタビューを使った尋問は、どのようになるのでしょうか。
捜査官:目を閉じて、リラックスしてください。あなたが事件を目撃した場所、時間に心の中で戻ってみてください。その時・その場所で、あなたが目にしたもの、耳にしたこと、思ったこと、感じたこと、気づいたことなど、思い出したことをすべてお話しください。ゆったりくつろいで・・・お好きなときに、話し始めてください。
目撃者:はい、大丈夫です。
捜査官:では、お話しください。思い浮かんだことは、どんなに些細なことや大事ではないかもしれないこと、関係ないかもと思われることでも全て声に出してみてください。
目撃者:雨が急に降り出したので、コンビニに入って、入口のビニール傘を手に取って、すぐにレジに並んだんですけど。私の前に2人並んでいて、すぐ前の人はずっと貧乏ゆすりをしていました。その人のニット帽の●●のロゴが私の目の前で小刻みに揺れていて。で、その人の番になって。ずっと店員と小声で話していて、早く終わらないかなーと思っていたら、急に大きな声で「金を出せ」って。強盗だ、と気づいたら急に怖くなりました。でも冷静な自分もいて、ビニール傘で後ろから殴ったら勝てるかな、でも、結構肩幅広くて、私の力では無理かも、と思ったり。・・・
このように、捜査官による介入は最小限に抑え、目撃者自身にイニシアティブを与えることで、バイアスをかけずに目撃者が思い出したままを語ってもらうことができるようになります。目撃者に思い出してもらいたい「犯人」についての情報だけを抜き出すのではなく、「その事件現場の状況・文脈も含めて思い出してもらう」ことは「心的文脈復元」という技法で、物理的に現場に戻る場合に準じた、記憶の再生を促す効果があると言われています。更に、「事件と直接的には関係のないことも含めて声に出してもらうこと」は「悉皆(しっかい)報告」という技法で、最も知りたい「犯人」に関する記憶も芋づる式に引き出される効果が期待されます。上記の例では、ニット帽のロゴや、目撃者の目の高さから示唆される犯人の身長、肩幅の広さなどが犯人特定に向けて重要な情報となりうるでしょう。
コグニティブ・インタビューのマーケティング・リサーチでの活用
コグニティブ・インタビューをマーケティング・リサーチで活用する場合にも、記憶の再生を促す技法として「心的文脈復元」「悉皆(しっかい)報告」を採用しています。警察での証言取得を目的とした場合では、正確性を損なわずに詳細な情報を得ることが重要となりますが、マーケティング・リサーチの場合は、ある物事や行動が起こった「文脈」や「シーン」を具体的に理解できるという点でも、これらの技法は有効だと言えます。
インテージでは、「心的文脈復元」「悉皆(しっかい)報告」の他にも、記憶の再生を促す2つの技法を採用しています。1つは、動画を巻き戻すように、時系列で新しいことから古いことへと、逆順に記憶を再生してもらう「逆行検索」です。時系列で起こった順序で思い出す場合とは別の経路で記憶にアクセスすることによって、新たなエピソードや詳細な情報を引き出せるとされています。もう1つは、物語を幾つかのチャプターに分けるように、一連の出来事を幾つかの主なエピソードを軸に分割、それぞれの「チャプター」のエピソードについて、中心となる要素から周縁的な要素まで詳しく話してもらう「Guided Peripheral Focus(GPF)」と呼ばれる技法です。それぞれの「チャプター」に記憶の再生を集中させること、周縁的な要素にも焦点を当てることで、各「チャプター」についてより具体的で詳細な記憶を引き出すことを期待しています。
これらの技法により、どの程度記憶の再生は促されるのでしょうか。下図は、「シャンプーを買おうと思ったとき」から「シャンプーを買ったとき」までの記憶再生の例です。1回目は時系列、2回目は「逆行検索」、3回目は「GPF」での再生です。赤字部分に注目ください。赤字は2回目以降に新たに引き出された情報。アプローチを変えて記憶再生を促すことで新しい情報が引き出されています。
また、「言葉」による記憶の再生だけでなく、もしビジュアルで記憶が再生されている場合には、絵を描いてもらうことで、より具体的にその人が何を「経験」したのかを理解することが可能となります。経験的に、第2回目の再生以降、記憶がより鮮明に思い出され、ビジュアルで表現することがより容易となる傾向があります。
コグニティブ・インタビューは、
- 購入やブランドと接触した「経験」だけを切り離すのではなく、「文脈」も絡めて理解できる
- 生活者自身の視点で、その「経験」がどう捉えられたのかを理解できる
という点で、企業がより効果的にマーケティングを行うためにカスタマージャーニーを捉える上で有効な手法と言えます。
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