探究心全開!~動詞に問いを立てて生活者理解を革める~
生活者視点でのマーケティングを実践し、今まで得られなかった顧客体験を描く上で、良質な“問い”を立て、生活者理解に向けての“探究”活動を行っていく、というアプローチがあります。
この良質な“問い”の立て方を考えるにあたって、近年様々な書籍が発刊され方法論が取りざたされています。その中でも「動詞」に問いを立てるというものも有効なのではないでしょうか。なぜなら、動詞に問いを立てることは、視点を変えて人間の行動に焦点を当て、本質的な行為の意味について考えることに繋がるからです。
そこで、インテージでは「動詞探究倶楽部」という活動を立ち上げ、動詞という切り口から生活者探究を実践していく取り組みを始めました。このシリーズでは、この活動の内容も取り上げつつ、「動詞」からの生活者探究というアプローチについて考えていきたいと思います。
第1回となるこの記事では、今回の取り組みの企画にも関わっていただいている有識者パートナー、株式会社MIMIGURI小田裕和氏との対話を通して、動詞探究というアプローチの有効性や探究活動の在り方について考えていきます。
聞き手:株式会社インテージ エクスペリエンス・デザイン本部 CXコンサルティング部
デ・サインリサーチグループ 鮎澤 留美子/中嶋 梓
「動詞」に着目する意味、意義とは
インテージ 中嶋:生活者探究において、いかに鋭い「問い」を建てられるかについて、我々も日々活動をしておりますが、今回「動詞」にフォーカスして問いを建てることについて、小田さんのお考えや想定されている効力についてお伺いしたいと思います。
MIMIGURI 小田:「動詞」自体は、『問いのデザイン(2020)』や『リサーチ・ドリブン・イノベーション(2021)』でも取り上げてきました。生活者理解に向けての問いを立てる上で重要なのは、人間の行動に焦点を当てることです。商品のスペックや機能に偏りがちな視点を避けて、本質的な「私たちは何のために存在しているのか」「日々どう動いているのか」を探っていくことが重要だと思っています。
中嶋:他にも言葉では、名詞や形容詞など様々な品詞がありますが、やはり「動詞」なのでしょうか?
小田:イノベーションは新結合から生まれるとよく言われます。つまり、何かと何かの新しい結合です。現在、新結合が起きにくい理由の一つに、抽象化が出来ていないからということがあります。例えば、飲料水メーカーがイノベーションを起こすとき、形容詞や名詞で、「私たちが目指す水の美味しさとは何か?」と問うても、あまり新しい発見が得られるようには思えません。
しかしながら、飲む、洗う、休むなどの動詞に目を向けることで、新しいシーンが見えてきます。例えば、「休む」という動詞に注目し「私たちにとっての休息と水分補給の関係は何か?」と考えてみるとどうでしょう。寝具メーカーと飲料メーカーが協力して「休む」をテーマに新しい商品を作ることもできるかもしれません。このように「動詞」に着目すると、そこに考えたくなる問いを立てやすくもなりますし、他の領域にも想起が広がり、新結合が生まれやすくなります。
価値観の変容を促す探究活動とは
中嶋:インテージでは、創造性を育むきっかけとして、動詞をとことん探究する倶楽部を立ち上げ、共創事業へと進めようとしています。まずは様々な業界から集まった5社の企業探究員の皆様と活動を行うことになりましたが、ご参画されるにあたり、一番面白い点はどこにありますか?
小田:今回、探究する動詞は「続ける」ですよね。もちろん普段の業務で考えることよりも抽象度が高い話になると思います。商品やサービスと生活者との関係性だけでなく、生活者がどういう環境で何を愛用しているかを「続ける」という動詞から探る活動になっていくでしょう。これにより、生活者理解が深まり、「なぜ人間は続けたくても続けられないのか」とか、「辞めたいのに続けてしまうのか」と哲学的な問いにもつながります。新しい価値を創るためには、その前提となる人々の価値観に焦点を当てる必要があると考えていますが、まさに価値観について探究を深めていくことにもつながると考えています。
中嶋:はい、私たちもインテージも、参加される皆様と共に、企業人としてではなく個人としての探究活動を行っていきます。個々人が何を探究したいのかを持つことが重要ですね。
小田:そうですね、面白いマーケターは、企業人としてだけでなく、自分の生活者観を探究し続けているタイプの人が多いと思うんですよね。日常の中での好奇心を持ち続け、何かに取り憑かれたように考え続ける自分と出会えるかが大事です。
アイデアを出せるか、というアウトプットの話をしがちですが、逆にインプットの方が大事で、情報が入り続けて逃れられない状態こそ一番クリエイティビティがある状態だと思っています。そのセンサーが参加者の中に宿っていくこと、今回、インテージと取り組む新しい探究倶楽部がそのきっかけになることを期待しています。
中嶋:今回の様な探究活動において小田さんが重視されていることは何ですか?
小田:一緒にお仕事する企業の方の中に潜んでいるであろう、もっと本質的に生活者を喜ばせたい、生活者について考え続けたいという想いを引き出したいんですよね。探究活動を通して生活者に届けたいと考え続けた結果、そこに必要だと見えてきたものが商品になる、というのが理想的なスタンスになるといいなと考えています。
中嶋:昨年のインテージフォーラム2023のセッション「CX起点で描くエンゲージメントデザイン」でも、売り手と買い手の関係から、理想の姿を“共創”し、生活者と信頼関係を築くことが重要だというお話がありました。
小田:SaaS企業は、プロダクトを提供しながらカスタマーサクセスを追求しているから、プロダクト単位で探究が終わらないんですよね。しかし、従来のメーカーの商品開発の場合、売れたかどうかのフィードバックが得られても、次の商品開発に探究が活かされることが少ない。考え続けたくなるような面白い問いや発見が生まれていく探究が、商品単位で終わってしまうのは非常にもったいないと思います。
中嶋:我々のマーケティングリサーチ業務でも、メーカーではどうしても日々の目標達成のためにプロダクト目線になってしまうという話をいろんな場面で聞いています。
小田:マーケティングリサーチは、商品やサービスを作るためではなく、マーケティングや企業活動を行う人々がいる組織を創造的にするための活動でもあると思うんです。クライアント自身のアイデンティティも問い直しつつ、組織変革の自信を持たせることがマーケティングリサーチの役割としても大事になってきていると思います。
中嶋:今回、様々な業界の企業様が探究員として加入いただきました。他業種で新結合が生まれる可能性がありますね。
小田:インテージさんは、様々な業種の企業とハブとしてつながっている企業なので、コラボレーションを実現するハブとして非常に可能性を持っていると思うんですよね。アイデアを出すのはAIに任せることもできますが、そのアイデアの良し悪しを判断するのは人間しかできない。問題になるのは、この良し悪しの判断をする価値観をどのように探索していくかにあるはずです。
多様な価値観を持った人たちや異なる業態の人たちと共に深く考えることは、こうした新しい価値観との出会いや、探究的に新たな価値観を模索していくきっかけに繋がるはずです。インテージさんは、様々なデータの力も活用しながら、共創的な価値観探索の場をつくっていく役割を果たせるポテンシャルを持っていると強く感じています。
インテージ鮎澤:なるほど、嬉しいお言葉です。探究活動において、深く考えていくためには、先ほどインプットが大事だとおっしゃられていましたが、インプットのセンサーが揺れるというか(「アンテナ力」と言われることもありますが)情報が自然に寄ってくる感覚をどう持つかが重要だと思います。自分が一定の閾値に達していると、ほっといても情報が集まってくるのではないかと信じてるんです(笑)
小田:人間が何かをみる時、実は目に見えている情報の4%程度しか認識できていないと言われています。例えば、他人の服の色を覚えていなかったりしますよね。私たちは見ているはずなのに、多くのことを覚えていません。「分かっている」とか「見えている」ということはほとんどありえないと考えた方がいいんです。
以前、街に生えている野草(というよりは雑草)をとってきて生けてみるワークショップをチームで行いました。オンラインで、皆それぞれ住んでいる家の周りを歩くことから始めたのですが、いざ探してみると、全く雑草が生えていないのです。まずこれに気がついていなかった自分にびっくりしました。意識の向け方を変えてみると、小さな葉の様子や萎れている感じ、元気があるかどうかなど、普段は気にしないことが見えるようになる。これがクリエイティビティの本質だと思います。本当に私たちは何も感じ取れていないし、見えていない。その視点に立った方がいいと考えています。
インテージ鮎澤:小田さんの以前のセミナーや『リサーチ・ドリブン・イノベーション』でも触れられていた「未知の未知」。そのためのリサーチが必要というか、わからなさに目を向ける必要があるということですね。
小田:そうです。先ほどの話で言えば、見えている情報が4%だとしたら、私たちが「わかっていない」と認識していることも極わずかなことでしょう。大部分は見えていないし、何もわかっていないことが圧倒的に多いはずです。こうしたわからないことさえわかっていない、「未知の未知」にもっと焦点を当てようとすることが大事だと思います。
鮎澤:わからないことと出会う。もっといえばわからないことを感じるセンサーが重要ですね。
小田:そう思います。結局、一番聞こえていないのは自分の声だと思います。自分の声を聞くのが一番難しい。外のことを感じるためにセンサーがありますが、自分の内側にはセンサーがない。散歩中にちょっと心が動いた瞬間の自分の声を聞くことや、生活者のデータを見て感じた自分の言葉をちゃんと聞くことも非常に大事なんじゃないかなと。そこにまだ見ぬ「わからなさ」は潜んでいると思います。
これから作ってゆく「探究の場」とは
鮎澤:探究に我を忘れるような状態が最もエネルギーに満ちていると考えたとき、その状態を作り出す場を設計できるものなのでしょうか?
小田:簡単ではないですね。我を忘れましょうと意図しても、そう簡単には我を忘れることはできません。ある状態になりたいと考え、その状態を目指して場を設計してしまうと、結果として逆効果になってしまうこともある。重要なのは、結果としてその状態になるような別の目的や活動をデザインすることです。
鮎澤:確か、かつてあった「たばこを吸う場」では、むしろ会議より仕事の話が進むような話が良く聞かれていましたが、その時にあったような副次的な効果の方が、ひるがえって重要だったと後から気が付くことってありますよね。
小田:そうですよね。今回の新たな取り組みである「秋葉原動詞探究倶楽部」でも、気がついたらすごく動詞って面白いねって。私たちすごく動詞のことを使っているし、結果ずっとみんなで好きな動詞で語るような場になっちゃった。きっかけは「続ける」から始めたけど、動詞について考えるってこんなに面白いんだ。好きな動詞はなに?といった話題が止まらない状態になってもらいたい。だけれども、それを目指そうとしてやると上手くいかない。このバランスが非常に難しいです。
もっとも、私たちはすぐに「わかる」ことを見付けたくなってしまう。結果としてエネルギーが生まれている場というのは、すぐに「わかろうとする」のではなく、「わからない」ことにモヤモヤしながら向き合い続けられる場があることが重要になると考えています。何より、参加する方々の中に、新しいワクワクが立ち上がり、結果として価値観に揺さぶりがかかってしまうような場をどうつくっていけるか。こうした姿勢が重要だと思います。
鮎澤:結果として価値観が揺らぐような場が大事なんですね。
小田:はい。作り手側が価値観を揺さぶられないと、生活者が何を求めているかばかりに目が向き、自分の価値観を置き去りにして続けていても、本当に意味がない。外だけを見ていると正解なんて存在しないし、大きな成果も得られないし、しんどいだけです。企業が大きな成果を求めるのは当然ですが、作り手側がワクワクしないと、そのような成果は絶対に得られませんよね。そして、こうした作り手側の価値観の変化は、外から無理やりこういう価値観を植え付けよう、なんてことはできませんし、したくもありません。だからこそ、まず「わからないこと」と出会い、向き合って良いという時間と場をつくること、そしてこうした場をともにする関係性を立ち上げること。リサーチの力をこうした活動に活かすことができるかどうかが、とても重要になると考えています。
鮎澤:日々の業務での自分個人の「ワクワク」は、個人の感情であるが故に、客観性がないのではないか、ロジカルに説明ができないのではないかと、罪悪感を伴うような感覚もあります。しかし、自分の感覚やセンサーが勝手に動き出す瞬間こそ、自分が変わる「わからないことへの出会い」かもしれませんし、事業や商品、サービスアイデアのヒントの種があるかもしれない。この瞬間の自分と向き合い、身にもならないワクワクなのか、いやいや何か新たなヒントや体験づくりの予兆を思わせるアイデアなのか、ただ感情に身を任せるのではなく、仲間とシェアしたり、言語化したり少しでも形にしていくことを促していきたいと思います。そして、このように感覚が揺さぶられたり、研ぎ澄まされていく場には、生活者データの力があると雄弁になれるのではないでしょうか。自分のワクワクを育てるためにデータを眺めてみる。そのような場づくりや活動を推進して参りたいと思います。これからもよろしくお願いします!
今回は、「動詞」に注目する意義、そして、アイデア開発における探究活動の在り方について、小田氏との対話を通して考えてきました。次回はこの探究活動を始めるにあたってのインプットの在り方について考えます。
※『秋葉原動詞探究倶楽部』とは・・・
全員“探究員”として、生活者の行動や体験の原点である「動詞」の意味を探究する、企業横断型での共創を視野にいれた“倶楽部”である。「問い」を立ち上げ~「問い」で関係性を創り、哲学的なアプローチを取り入れ、活動自体を可視化していく。
第1期は全30名でスタート(企業+インテージグループ+各界有識者)、絶賛倶楽部活動中。
インテージでは、7月17日に小田氏をお迎えして「アイデアが「やってくる場」を語るトークライブ ~アイデアが出ないのは勘違い?アイデアが実り続ける「場」をつくるには~」というイベントを開催します。
『アイデアが実り続ける「場」のデザイン』の中では、良いアイデアとは何か?アイデアが実り続けるには何が必要なのか? この問いを深く掘り下げる中で、今回語っていただいた「“動詞”に問いを立てる」についても触れられています。実際にアイデアを次々とカタチにし、事業化している合同会社ミックスアンドブレンドの関俊一郎氏もお迎えしてトークライブを行います。
興味のある方はぜひお申込みください。
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