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非言語情報から仮説をたてる〈26〉
ドトールとサブウェイのシニフィアン
サブウェイのシニフィアンにこだわる

前回に続いて、サブウェイの気づきをさらに深掘りしていこうと思う。念のために前回紹介したステップ&フローのチャートに戻ってみることにする。

非言語情報から仮説をたてる〈25〉ドトールとサブウェイのシニフィアン

商品にせよ事業のあり方にしても、それらを表現している言語の帯域が、どのように構築されているかに、それらのもつ価値というものが現れているということができる。
サブウェイというものの言語表現である「顧客の健康志向に応えるため、新鮮な野菜やパン、ソースが選べるカスタマイズ可能なメニューが特徴である」というところに、サブウェイのもつ価値が、過不足なく表現されているといっていい。もっと正確にいえば新鮮な野菜やパン、ソースが選べるメニューという点がそのすべてだともいえる。もっと極論すれば「新鮮な野菜が選べる」というメニューであるということが、その第一の特徴であるといっていい。顧客の健康思考に応えるといったことは、新鮮な野菜を商品価値として選択したことの理屈、理由づけだということができる。健康志向と新鮮な野菜との結びつきは、それなりの因果はあるとも言えるが、健康志向の解が「新鮮な野菜の選択」であることだけが、商品設計や事業選択のすべてではない。

その点でいえば、サブウェイを規定している言語の意味が尽きるところは、新鮮な野菜が選べることこそが価値だということができる。この「新鮮な野菜を選ぶことのできる」サンドイッチメニューということが、サブウェイという言語が持つシニフィアンそのものだということができる。

上記のチャートでシニフィアンのところに「顧客の健康志向に応えるため、新鮮な野菜やパン、ソースが選べるカスタマイズ可能なメニュー」を置くのではなく、「新鮮な野菜を選ぶことができる」サンドイッチメニューというポイントだけを入れておきたいのだ。

健康志向やパンやソースなどは、この新鮮な野菜を本当の価値にするための手段にすぎないといえる。また、カスタマイズ可能であるということも、この新鮮な野菜を商品価値にするための手段ということができる。

その意味でこれら一連の言語表現を、サブウェイのシニフィエということにしたのである。本質だけでいえば、サブウェイのシニフィアンは「新鮮な野菜を選ぶことのできる」サンドイッチメニューだということになる。このポイントはサブウェイに関する仮説や気づきを整理する時に、必ず戻るべきポイントになる。

シニフィアンという核

たとえばそれ以外のポイントに気づきや仮説がズレていった時は、何か間違いがおこっているとみた方がいいのだ。今後何度も出てくるとは思うが、「多様な野菜やパンやソースなどをカスタマイズする」という、商品選択の方法が弱点になっているといったような議論は、言語で考えればサブウェイのシニフィエを拡張しすぎた、あるいは妄想を広げることで起こるものだといっていい。

立ち戻るべき原点は、サブウェイという言語のもつシニフィアンそのものだといっていい。ということにしても、やはりブレが起こりうる。(健康志向のために)新鮮な野菜を選ぶことができるといった時に、この「新鮮な」という言葉のもつシニフィエは大きく拡張していってしまう可能性がある。たとえば、この野菜が「新鮮」だと本当に言い切ることができるのかといった点である。あるいはその野菜のパーツの店頭での商品ディスプレイが新鮮でシズルを感じさせているのかといったような感覚的な差異を、どこまでミニマムにしていけるのかといったようなポイントがある。

ワールドワイドでの商品研究を通して、この「新鮮」ということを店頭で実現できるために、そのアイテムとしてレタス、トマト、オニオンスライス、ピーマンなどがそのサンドイッチの具材として選択、標準化されている。加えて、そのシズルを加味していくためにこそアクセント野菜としてオリーブ、ピクルス、ホットペッパーが無料で追加できることになっている。 実際、これらの素材は野菜の新鮮さ、シズルなどを感じさせうるアイテムではあるが、うまく機能しているのかどうか、それらの課題については、お客様の価値という視点をいれて気づきを作れているのだろうか。問題点は、これらの追加素材についてはカスタマイズの素材としてのポジションになってしまいすぎているのか。

つまり、シニフィエのところでの検討になりすぎているのではないか。本当にサブウェイという「新鮮な野菜」を選べるサンドイッチというシニフィアンの核としておさえられているのかどうか。そのようなポイントは言語の持つシニフィアンへのこだわりから、どのように気づきと仮説をたてるのかということに尽きるといっていい。

価値の競合はどこにあるか

この「新鮮な野菜」というシニフィアンを深掘りしていくためには、その言語からの気づき作りだけでなく、非言語情報、つまり可視化情報が重要な核となっている。
すでにタイトルにもなっているように、この可視化情報のレベルでみると、ドトールとサブウェイについて、様々な気づきを構築していくことが可能なのである。恐らくドトールのミラノサンドに代表されるサンドイッチ群は、言語の持つシニフィアンとして新鮮な野菜を選んで食べることのできるメニューとしての言語ポジションはないといってもいい。カフェという業態の中での、軽食メニューとしての位置づけというシニフィアンを持っているといっていい。新鮮な野菜を選んで食べるというシニフィアンはないといっていい。
もちろん形態としては、サブウェイもドトールのサンドイッチも、サブウェイ型のパンということになるが、野菜の取り扱い方が全く異なっているといえる。サブウェイの野菜は基本的に細かくカットされたものが使われているのは、増減させることでカスタマイズさせることが可能なように設計されているといっていい。自分の欲しい野菜を、できれば欲しい量だけオーダーできるというシニフィアンを実現するための商品設計になっているのである。

それに対して、ドトールのサンドイッチは新鮮な野菜を選んで食べるというシニフィアンはないので、見た目にはその差異は明らかである。定式メニューを売っているということではなく、元々その言語のシニフィアンが異なっているのだ。ところが、実際に見た目も含めていえば、ドトールのサンドイッチには新鮮な野菜を多く食べられるという価値が存在していることがわかる。

注文の仕方が日本人に合っていないとかそういったレベルの問題ではなく、そもそもの言語のシニフィアンが異なっている。だが、実際のシニフィエを、とりわけ可視化情報で見れば、ほぼ似たような価値の提供に近似化していることは考慮しておく必要がある。さらにディテールは次回に。

著者プロフィール

マーケティングプロデューサー 辻中 俊樹(つじなか としき)プロフィール画像
マーケティングプロデューサー 辻中 俊樹(つじなか としき)
青山学院大学文学部卒。日本能率協会などで雑誌編集者を経て、マーケティングプロデューサーとして現在に至る。
暮らし探索のための生活日記調査を開発、<n=1>という定性アプローチを得意とする。
代表的な著作としては、
「団塊ジュニア――15世代白書」(誠文堂新光社) 
「母系消費」(同友館)
「団塊が電車を降りる日」(東急エージェンシー)
「マーケティングの嘘」(新潮新書)
最新刊は「米を洗う」(2022年3月 幻冬舎)
など編著書は多数。

青山学院大学文学部卒。日本能率協会などで雑誌編集者を経て、マーケティングプロデューサーとして現在に至る。
暮らし探索のための生活日記調査を開発、<n=1>という定性アプローチを得意とする。
代表的な著作としては、
「団塊ジュニア――15世代白書」(誠文堂新光社) 
「母系消費」(同友館)
「団塊が電車を降りる日」(東急エージェンシー)
「マーケティングの嘘」(新潮新書)
最新刊は「米を洗う」(2022年3月 幻冬舎)
など編著書は多数。

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