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「非言語情報から仮説をたてる」(7)シングル長寿社会を可視化する

長寿日本一のエリアとは

ゴールデンウィーク明けのトピックスで川崎市の麻生区が平均寿命日本一になった。2020 年の市区町村別生命表が公表され、それに基づいて長寿エリアが麻生区ということになったのである。5年前の同じデータで麻生区は5位以内だった。つまり、今年さらに伸びて日本一になったのだ。

平均寿命、とりわけ男性のそれが最も短いのが大阪の西成区で、その差は10歳近く開いている。おかげで長寿エリアとして麻生区が話題になったのである。麻生区といわれても、 あまりピンとこない方もいるかもしれないが、小田急の新百合ヶ丘駅を中心にしたエリアであり、 多摩丘陵を切り拓いて作られた住宅地である。初期の開発からはもう 50 年以上たち、その頃の標準世帯として住まいを持った世代が長寿を迎えたということになる。
その後も新しい世帯が増加し、それらの世代も子育てを終えてどんどん長寿ゾーンに入っている。加えて、まだまだ新しい子育て世帯も増えていることで、長寿は今後も継続していくことが予想されている。

元気で長生きをする社会の一つの典型がこのエリアだということになるが、この長寿日本一は半数以上が「シングル(独身)」だということが重要なポイントである。

神奈川県全体でみれば、65歳以上の女性の45%以上が単独世帯、つまりシングルということになる。55 歳以上にまで広げてみれば55%以上がシングルということになり、「シングルの元気なおばあちゃんがこの長寿エリアの主役」ということになるという言い方もできる。男性の同じく 65 歳以上の単独世帯率が20%強であることと比較すれば、2 倍以上の差があり、長寿社会の典型的なパターンになる。神奈川県全域 のデータで言ってみたが、麻生区でみればさらにこの傾向は明確だ。

シングルおばあちゃんを可視化する

長寿日本一と単独世帯率というデータから、元気なシングルのおばあちゃんが主役という、シニア社会の像を想像してみた訳だが、本当にそうなのだろうか。実像を可視化してみる必要がありそうである。

そのための簡易な方法として、これまでも紹介してきたエスノグラフィが役立つ。私は新百合ヶ丘を中心にした麻生区のエリアの暮らしぶりを、定点ウォッチングを続けている。

たとえば新百合ヶ丘駅北口シティモール 3 階のサイゼリアはどんな時間帯でも、おじいちゃんの一人時間のおともになっているのがポイントだ。恐らく単独世帯なのか、あるいは夫婦二人世帯のおじいちゃんだけが活動しているパターンだろうか。一杯のハウスワインは必須の楽しみ方になっている。

一方で、おばあちゃんの一人は案外少ない。おばあちゃんがいるとすれば、同じような仲間が 2~3 人でいるか、むしろ40~50 代の娘の世代と70 代以上のシニアとの組み合わせである。これらに加えて、年代にかかわらず女性の一人客が多いのと、高校生を含めた若者たちが全時間を通じて客席をうめている。

同じこのシティモールにある九州料理「獅子丸」のランチは、おばあちゃんたちの 4~5 人のグループがわんさかいるし、娘の年代と孫を含めた三世代が多かったりもする。またまた、30代の息子連れの 60代のおばあちゃんがいたりもする。つまり、「おばあちゃんを基点にしたいろいろな組み合わせ」が成立しているのだ。むしろ夫婦と子供たちで構成された典型的な標準世帯を見つけることの方が難しい。ベビーバギー、チャイルドシートと、おばあちゃんの使う杖や歩行サポートツールなどが共存するというバリアフリーである。

この新百合ヶ丘の駅前に来春にヤオコーの新店がオープンする。どんなお店になるのやら、日本一長寿の街をどのようにとらえているのか。またまたエスノグラフィの対象として興味が尽きない。

シングルの重層化する社会像

これらのシーンは 1 人での過ごし方も含めて、集うシーンを垣間見ることになる。これらのシーンの前後には当然移動が伴う。もちろん車の利用もあるが、子連れママたちの場合でも、ママだけの場合もママチャリの利用が多い。電動自転車が大活躍することになるが、さすがにおばあちゃんに自転車移動は難しく、多くはバスを利用して移動することが多くなる。新百合ヶ丘駅前からは各方面にバスが循環している。これらのバスの中では、サイゼリアや獅子丸といったスペースが見せる顔つきとは異なったシーンを見ることができる。一人で移動しているシニアである。途中途中のバス停では、その最寄りにある高齢者施設の利用者が乗降する。日本一長寿なエリアの別のシーンだということができる。無料バスであったり、ハンディキャッパーの割引バスの利用者がほとんどだったりする。

さて、ここから先が居住空間の隣接シーンということになるが、ここには長寿であることのアンバランスが存在している。すでに子育てを終えて、ずい分年月の経った戸建てにシングル住まいという現象だ。日常的に使われている以外の半分以上の部屋の雨戸は閉められたままである。 断捨離のしようもなく、過去という時間のトランクルームのような状態である。今長寿日本一を迎えているシニアたちは、まがりなりにも家族形成をした過去を持っており、その流れの中でシングルになったわけである。

このシングルシニアのことを私は終わりとしてのシングル、【エンディングシングルエリア】と呼んでいる。ここに重層化するように家族を形成しなかった娘息子たちの世代が折り重なってくる。そしてこのシングルのことを【終わらない春のままのシングル】と呼んでいる。こんな社会の方向性を見事に可視化できる場所が、麻生区ということになる。

私は新百合ヶ丘というエリアエスノグラフィの継続から得られるものが多いと考えている。

著者プロフィール

マーケティングプロデューサー 辻中 俊樹(つじなか としき)プロフィール画像
マーケティングプロデューサー 辻中 俊樹(つじなか としき)
青山学院大学文学部卒。日本能率協会などで雑誌編集者を経て、マーケティングプロデューサーとして現在に至る。
暮らし探索のための生活日記調査を開発、<n=1>という定性アプローチを得意とする。
インテージクオリスが運営するYouTube”Marke-Tipsちゃんねる”でも、
生活者視点、n=1視点での気づきを語っている。
代表的な著作としては、
「団塊ジュニア――15世代白書」(誠文堂新光社) 
「母系消費」(同友館)
「団塊が電車を降りる日」(東急エージェンシー)
「マーケティングの嘘」(新潮新書)
最新刊は「米を洗う」(2022年3月 幻冬舎)
など編著書は多数。

青山学院大学文学部卒。日本能率協会などで雑誌編集者を経て、マーケティングプロデューサーとして現在に至る。
暮らし探索のための生活日記調査を開発、<n=1>という定性アプローチを得意とする。
インテージクオリスが運営するYouTube”Marke-Tipsちゃんねる”でも、
生活者視点、n=1視点での気づきを語っている。
代表的な著作としては、
「団塊ジュニア――15世代白書」(誠文堂新光社) 
「母系消費」(同友館)
「団塊が電車を降りる日」(東急エージェンシー)
「マーケティングの嘘」(新潮新書)
最新刊は「米を洗う」(2022年3月 幻冬舎)
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