リキッド消費 - 新しい消費基盤を考える -
マス市場の細分化
同じ時期に生まれた人々は、同じ出来事を経験しており、同質的な社会経済的環境の中で育っている。そのため、市場をセグメントする上で、世代による細分化がしばしば行われてきた。この数年、ビジネスの世界では、1997年から2009年の間に生まれたZ世代に光が当てられている。彼らはインターネットが普及した世の中に生まれており、デジタルネイティブと見なされている。生まれながらにしてデジタル技術に触れてきた彼らにとって、デジタルの存在は当たり前であり、日常生活において不可欠な要素となっている。こうした背景は類似した消費行動を生むため、一つの消費者セグメントとして捉えることができるというのだ。
ソーシャルメディアとの接し方、商品やサービスのパーソナライズ水準、ブランドとのタッチポイントなどについて、Z世代はX世代やY世代と明らかに異なっている。セグメント全体で見て、Z世代は最も多くの人口からなっており、彼らが就業し、所得が伸びるとともに極めて重要な市場になることがわかっている。それだけに、ビジネスのさまざまな局面で取り上げられるのである。
さらに直近では、2010年から2025年の間に生まれたアルファ世代にも目が向けられるようになっている。彼らの多くは生徒や学生で、まだ生まれていない人々も含む。これから市場を形成することになるのだが、単なるデジタルネイティブにはとどまらないと考えられている。人工知能(AI)、ロボット、ウェアラブル端末、そしてスマート機器などが当たり前になっている世の中に生まれ育つので、新しい価値観を有し、新しい消費行動をとるものと予測されている。
Z世代にしてもアルファ世代にしても、私たちは、年齢という極めて分かりやすい切り口でマス市場を識別してきた。性別、民族、所得とともに、マス市場のセグメントを実施する上で欠くことのできない視点だと言える。
リキッド消費の浸透
だが、デジタル化の進化によって、Z世代のように特定世代の消費者セグメントではなく、世代を通じた地殻変動とも言うべき消費基盤の変化が生じている。私たちは、それを「リキッド消費」と呼んでいる。Bardhi and Eckhardtは、「Liquid Consumption」というタイトルの論文をJournal of Consumer Research誌で発表している。この論文誌は、消費者行動研究における世界的なジャーナルで、研究の潮流を左右するだけの影響力を有している。
「リキッド消費」という視点からの研究成果は、この論文の他にも複数発表されている。リキッド消費の考え方は、我が国でも2020年に青山学院大学の久保田教授などによって取り上げられている。
リキッド消費について考える場合、サブスクリプション・ビジネスの浸透を重ねるとわかりやすい。サブスクリプションとは、新聞や雑誌の定期購読を指す言葉である。一定の金額を支払っておくと、新聞であれば毎日、雑誌であれば毎月といった具合に、定期的に商品が届く。この仕組みが様々なビジネス領域に組み入れられていった。
コンピュータソフトや音楽や映像などの無形サービス分野にとどまらず、バッグなどのファッション品や自動車などの有形商品分野においても、サブスクリプションは一般的なビジネス形態になっている。もちろん、新聞や雑誌のように、洗剤やコンタクトレンズなどの商品を定期的に届けてくれるというビジネスもある。矢野経済研究所が2022年に発表した「サブスクリプション・定額サービス市場の実態と展望」によると、2021年度の市場規模は9615億5000万円で、2010年代から二桁の伸びを示している。
このサブスクリプションを支持する基盤がリキッド消費である。無形サービスの場合、ソフトや音楽を記録メディアで購入しても、強い所有意識は生まれないかもしれない。ところが、バッグのような有形商品の場合、所有するかサブスクリプションによる利用かでは大きな違いがある。バッグや自動車を購入すれば自分のものになるが、サブスクリプションでは、一時的に利用しているに過ぎない。もちろん、毎月、利用するアイテムが変わる場合もある。
ソリッドからリキッドへ
所有することに価値を置くような消費基盤が強ければ、バッグや自動車などにおけるサブスクリプションは支持されにくい。いわゆる物質主義の下では、持続的な所有によって初めて価値が認識されるからで、短期的なアクセスには価値が見いだされにくい。つまり、シェアリングやボローイングに基づいた有形商品のサブスクリプションは、消費基盤におけるリキッド消費へのシフトがなければ支持されないのである。図は、Google Trendを用いたキーワード検索の結果である。2004年から2021年までの「Purchase(購買)」と「Value in Use(使用価値)」というキーワードが、どれだけヒットするかについて示されている。「購買」の件数が相対的に低下し、「使用価値」の件数が相対的に増えていることがわかる。
有形商品を所有し、それを消費するのではなく、消費対象となる商品を資源として循環させるので、リキッド消費は脱物質主義的な消費と言える。サブスクリプションの普及をはじめとするリキッド消費によって、人々は所有という重荷から解放されるため、より柔軟で変化に富んだライフスタイルが可能になる。ブランドとの関係も、従来の固定的なものから流動的なものとなり、緩くて容易に解消できるようになる。もちろん、想起集合で検討されるブランドの選択肢も増えるはずである。従来からの固定的な消費を「ソリッド消費」とするならば、新しい流動的な消費はまさにリキッド消費なのである。以上の関係は、両者の対比表を見ていただくことで理解できる。
リキッド消費がもたらすマーケティング課題
リキッド消費が新しい消費基盤となることで、マーケターにはどのような課題が生まれるのだろうか。少なくとも、以下の3点について認識しておく必要がある。
第一に、価値創造における変化である。価値創造は、価値伝達や価値説得とともに、マーケティングにおける骨子の一つとなっている。マーケティングでは顧客ニーズを踏まえて価値を創造し、それを顧客に販売、消費してもらうことによって満足と対価を得る。そのため成長する企業は、新商品の開発や新サービスの開発という、価値創造の実現を避けて通ることができない。その際、消費基盤が、ソリッドからリキッドへと変化したらどうだろうか。マーケターは、購買からシェアリングへと焦点がシフトしている現実を直視し、所有価値よりも使用価値が求められていることを加味した上で、価値創造へと踏み切らなければならない。
第二に、消費特性における見直しである。ソリッド消費を基盤としていた社会では、商品を購入し所有することによる価値に光が当てられていた。消費者はどのようなブランドを所有するかによって、自らのステイタスやライフスタイルを訴えようとした。そして、所有するブランドに対するロイヤルティが形成され、各商品に対するロイヤルティ水準に従って、消費行動が左右されるのである。
ところが、リキッド消費では、ブランドは所有するのではなく使用するものであり、シェアリングやボロウイングによってアクセスすればいい。このように、消費特性が大きく変化してきているとすれば、マーケターは発想を切り替えなければならない。価値を創造したり説得したりする上で、使用価値を念頭に置いたアクセスベースに沿ったコミュニケーションが求められるようになる。
もちろん、情報探索における変化にも対応しなければならない。人々の情報探索は、伝統的に漏斗をイメージした垂直的な絞り込みを前提としていた。多くの選択肢の中から、特定の購入ブランドを絞り込むのである。ところがリキッド消費では、特定ブランドを所有するのではないので、使用価値に基づいて複数の候補が拡散的に浮かび上げられる。これは、ネットワークをイメージした水平的な情報探索と言える。情報処理の段階を行き来するカスタマー・ジャーニーという言葉が知られているが、デジタル技術にも助けられた新しい情報探索への対応は、今日のマーケターにとって避けて通ることができなくなっている。
第三に、ブランド・マネジメントの変化である。上で想起集合数の増加について述べているが、リキッド消費の浸透によって、特定ブランドへのコミットメントは低下するものと思われる。ブランドとのリレーションシップは流動的になり、従来ほど強いコミットメントは生まれにくくなるのである。
一方で、顧客によるブランドの受容ゾーンが広がることにより、ターゲットの見直しが求められるようになる。これまで有効であったブランド構築モデルやブランド・コミュニケーション・モデルは見直しを迫られ、マーケターは新しいモデルを前提とするようになる。そうした新しいモデルは、消費の流動性を加味したものでなければならず、リキッド消費におけるブランドのマネジメントをリードするものでなければならない。
主要参考文献
・Bardhi, Fleura and Giana M. Eckhardt (2017), Liquid Consumption,” Journal of Consumer Research, 44 (3), 582-597.
・久保田進彦(2020)「消費環境の変化とリキッド消費の広がり」『マーケティング・ジャーナ
ル』39(3)、52-66。
・Kotler, Philip, Hermawan Kartajaya, and Iwan Setiawan (2021),
Marketing 5.0: Technology for Humanity, John Wiley & Sons
(恩藏直人監訳、藤井清美訳『コトラーのマーケティング5.0: デジタル・テクノロジー時代の
革新戦略』朝日新聞出版、2022年).
・Kotler, Philip, Hermawan Kartajaya, and Iwan Setiawan (2017),Marketing 4.0: Moving
from Traditional to Digital, John Wiley & Sons
(恩藏直人監訳、藤井清美訳『コトラーのマーケティング4.0: スマートフォン時代の究極法則』
朝日新聞出版、2017年).
・松井雄史(2021)「サブスクリプションの種類と効果」『調査月報』154、26-29。
・恩蔵直人(2007)『コモディティ化市場のマーケティング論理』有斐閣。
本記事の執筆者である、恩藏先生と元花王本間氏の無料セミナーの開催が決定。 現代に於けるマーケティングの変化、「新しいマーケティング」について語られます。9/2(金)にリアル/オンラインのハイブリッドで開催。詳細はこちら
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