新しいマーケティングのすすめ(12)
「新しいマーケティング」を「新しい消費者」と考える
日本企業は不思議なもので、なぜか4月に新入社員を迎えます。
3月に大学などを卒業したら、4月以降、いつでも入社可能な筈ですが、何故か多くの人が疑問を持たずに、4月1日に入社します。
私も最初の会社には、4月1日に入社しました。この4月1日入社には、論理的な理由があまりありません。人の慣習を理解することは、マーケティングにおけるカスタマーインサイトの調査に近いので、4月になると新入社員の方々に、なぜ4月1日に入社したのか?を私は聞くようにしています。
さて、今回考えたいのは、「日本の教育の現場と社会人活動の開始」についての解明ではなく、新入社員に学ぶ「新しいマーケティング」についてです。
多くの場合、「新入社員」は皆さんより若いです。そして皆さんと異なる消費体験や、顧客体験をしてきています。実際に私が花王にいた時にも、多くの新入社員に1対1のインタビューを何種類もさせていただきました。このインタビューはとても学びが多いこと、そしてインタビューの体験もできるので、ぜひ多くの方に明日から行ってもらいたいです。
新入社員に、就職活動時の情報行動を聞く
私が、最初にこの「新入社員」へのインタビューを実施したのは、花王の採用サイトのリニューアルをお手伝いした時でした。冒頭、4月1日の一斉入社が不思議な現象であり、そして今も継続していることを述べました。しかし、この入社までの流れに関して劇的に変わっているのは、実は就職する学生側の行動です。
私の約30年前の活動は、就職用の本とハガキを使った活動でした。まず、自宅に就職用の情報誌が届きます。当時は、この本が本当に豪華で、かつ企業も積極的に採用を行いたい時期だったので本は数冊に分かれており、トータルで、50cm以上の厚さがあったのではないでしょうか。そして、その中から気になった企業に、一緒についてくるハガキを使って企業に資料請求を行います。企業の採用パンフレットを見ながら、本当に気になった企業にハガキや電話をかけ、履歴書送付や一次面談を申し込むという手続きでした。つまり当時インターネットは存在しておらず、就職活動は本・パンフレット中心でした。
時は10年ほど流れます。約20年前、花王の採用サイトの企画を行うことになりました。当時、私には知りたいことが様々ありました。
―採用サイトを、就職活動の学生が参考にしているのか?
―就職活動を行う学生は、企業名と業務内容のどちらを重要視し、そのためにはどのようなコンテンツが必要なのか?
―そもそも採用サイトは、コンテンツがリッチな方が良いのか?シンプルな方が良いのか?
このようなことが気になり、実際に花王に入った新入社員にインタビューすることにしたのです。なぜ、花王に入社したの?花王と一緒に検討していた会社は?入社先を決めるときに重要視したことは?就職活動時、花王の採用サイトは見た?などなど、一人30分程度のインタビューを、10人程度行いました。
一番の驚きは、「就職活動の企業を選ぶ際、参考にしたのは会社四季報です」と答えた新入社員の言葉でした。既にインターネットが普及し、多くの情報がオンライン上から取れる時代になっていたので、就職活動もインターネットを多用しているのではないかと考えていたのです。しかしこの方は、「採用サイトには採用方針があるが、その企業の競争力や成長性は客観的には書いていないこと」を指摘したのです。
この答えは、後の私のマーケティングに大きな影響を与えました。インターネットが使える時代は、インターネット「も」使える時代であり、インターネット「しか」使えない時代ではない。そして情報接触の選択肢はインターネットの登場で多様になり、その多様性は今後も増える。このような事実をこのインタビューから得た気がして、私がよく皆さんに伝える、「デジタル・マーケティングは、デジタル・メディア・マーケティングではなく、デジタルを活用したマーケティングである」という言葉に繋がっているのです。
新入社員に、お小遣いを握りしめて買い物に行った行動を聞く
新入社員へのインタビューは、よりマーケティングに近い気づきも与えてくれます。例えば、こんな質問を新入社員にしてみましょう。
―自分のお小遣いを握りしめて、ワクワクしながら買いに行ったもの何?
この文章にも既に令和的ではない、「お小遣いを握りしめる」という言葉がありますが、なんとか新入社員は理解してくれるでしょう。この質問の答えは、ぜひ皆さんに体験してほしいのですが、この答えから様々な気づきが得られます。
まず、意外と「憧れの買い物」がないという事実です。つまり、憧れを抱く経験をしていない人が多いのです。もはや消費やお金を払うという行動は、夢見る行動ではなくなっている人もいます。
また、以前は「モノ」を購入することにお金を使うことが多かったのですが、今は、「モノ・サービス」に対して対価を払うことが増えています。なので、何人かはゲームの課金というかもしれませんし、音楽のダウンロードかもしれません。
この質問を同じ世代の人に何人かにしているうちに、本当に「マスマーケティング崩壊」の事実に直面します。買い物をした人のアイテムが多様なのです。
私の世代では、男の子は「ラジオ」「ラジカセ」や「野球のグローブ」「金属バット」など、代表的な憧れアイテムがありました。小学生から中学生へと1歩大人の階段を上がった際には、5段変速の自転車から10段変速の自転車へ!が1つの憧れでした。変わらないと中学生になった気がしない、恥ずかしいなど、同じ世代であれば同じ消費・所有体験があったものですが、今の若者には、それが少なくなってきているのです。
新入社員に、憧れの買い物を聞く
この消費・所有への憧れの希薄さを、さらに確信する質問を、最後に体験してみましょう。 「社会人として働いて、最初に大きなお金が入った時に、欲しいもの何?」という質問です。どのような答えが出るかは、ここでは書きません。
この体験は、今の時代のマーケティングを考える大きなヒントを与えてくれています。「所有」と「利用」の違いや、「モノを使いたい」のか「サービスを求めている」のかなど、生活者の行動の背景・理由の理解のヒントに溢れています。そして、一番重要なことは、これだけ私たちの生活は変化し続けているが、仕事で行っているマーケティングは、その変化に対応しているのか?ということを考えることです。
春、新入社員を暖かく迎え入れたら、今度は新入社員に生活者の変化の事実を伺いませんか。それが「新しいマーケティング」を考える、フィールドワークとなるでしょう。
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