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新しいマーケティングのすすめ(52)

コンテクスチュアル・マーケティングとは?顧客の「今、この瞬間」を捉える次世代マーケティング論

近年、デジタル技術の進化と消費者の行動様式の変化に伴い、マーケティングの世界では新たな潮流が生まれています。その一つが「コンテクスチュアル・マーケティング(Contextual Marketing)」です。これは、単に魅力的なコンテンツを制作するだけでなく、顧客一人ひとりの「今」置かれている状況や感情、ニーズを深く理解し、それに合致した情報や体験をリアルタイムで提供する、顧客エンゲージメントを最大化し、LTV(顧客生涯価値)の向上に直結する、極めて戦略的なマーケティング手法です。

今回は、コンテクスチュアル・マーケティングの基本的な概念から、従来のコンテンツマーケティングとの比較、そしてマーケターがこの新しいアプローチを実践する上で不可欠となる「カスタマーインサイト調査」の重要性と具体的な方法について、解説していきます。

コンテクスチュアル・マーケティングの定義:顧客の「今」を捉える

コンテクスチュアル・マーケティングとは、「顧客が置かれている具体的な状況や文脈(コンテキスト)を正確に把握し、その文脈に最も適したメッセージ、情報、体験を適切なタイミングとチャネルで提供すること」を指します。
「コンテキスト」とは、顧客の現在の状態を構成する様々な要素の組み合わせです。これには、以下のようなものが含まれます。

場所(Location)
  ○顧客がどこにいるのか?(例: 自宅、職場、特定の店舗内、観光地、移動中など)
時間(Time)
  ○今、何時なのか?(例: 朝、昼休み、夜、週末など)
デバイス(Device)
  ○どのデバイスを使用しているのか?(例: スマートフォン、PC、タブレット、
   スマートスピーカーなど)
行動履歴(Behavioral History):
  ○過去にどのような商品を購入したか、どのウェブページを閲覧したか、どんな
   キーワードで検索したか、どのようなコンテンツに反応したかなど
興味・関心(Interests/Preferences)
  ○特定のジャンルやトピックに対する嗜好
感情・気分(Emotion/Mood)
  ○顧客が今、どのような感情を抱いているのか?(例: 喜び、困惑、焦り、リラックスなど)
ニーズ・意図(Needs/Intent)
  ○今、何を解決したいのか? 何を求めているのか?(例: 情報収集、商品購入、問題解決、
   暇つぶしなど)
環境要因(Environmental Factors):
  ○天候、季節、イベントなど、顧客の周囲の環境

これらの要素をリアルタイムで分析し、顧客一人ひとりの状況に即した「究極のパーソナライゼーション体験」を提供することこそ、コンテクスチュアル・マーケティングの要諦です。例えば、
●カフェの近くを歩いている人に、そのカフェのクーポンをスマートフォンのプッシュ通知で
 送る
●特定の旅行先を検索している人に、その地域の宿泊施設の特別プランを表示する
●雨の日に傘を探している人に、最寄りのコンビニエンスストアで傘が販売されていることを
 知らせる
●通勤時間帯に、ニュースアプリでその日の重要なヘッドラインをまとめて表示する

このように、顧客の「今」の状況に寄り添い、先回りして価値を提供することで、顧客にとって情報が「自分ごと」として強く認識され、エンゲージメントの劇的な向上を期待できます。

今までの、コンテンツに焦点が当たったマーケティングとの比較

従来のコンテンツマーケティングとコンテクスチュアル・マーケティングは、密接に関連しながらも、そのアプローチの中心に違いがあります。

従来のコンテンツマーケティング:普遍的な価値提供

従来のコンテンツマーケティングは、「ターゲット顧客層にとって価値のある、関連性の高いコンテンツ(ブログ記事、動画、ホワイトペーパー、SNS投稿など)を制作し、発信することで、見込み客の獲得や顧客育成、ブランド認知度向上を目指す」手法です。

主な特徴は以下の通りです。
コンテンツが主役
  ○質の高い情報提供を通じて、顧客の課題解決や疑問解消を支援します。
プル型マーケティング
  ○顧客が自ら情報を探しに来ることを促します。SEO対策やSNSでの情報拡散などが重要に
   なります。
中長期的な関係構築
  ○一度きりの販売ではなく、継続的に価値を提供することで、顧客との信頼関係を築きま
   す。
ターゲット層全体へのアプローチ
  ○ある程度のペルソナを設定し、そのペルソナが抱えるであろう共通のニーズや課題に対応
   するコンテンツを制作します。
効果測定
  ○ウェブサイトへのアクセス数、滞在時間、シェア数、リード獲得数などが主な指標となり
   ます。

例としては、「健康的な食生活を送るためのレシピ集」「効果的なプレゼンテーション資料作成のコツ」「最新IT技術トレンドの解説記事」などが挙げられます。これらのコンテンツは、多くの人にとって普遍的な価値を持ち、潜在的な顧客の興味を引きつけます。

コンテクスチュアル・マーケティング:個別最適化された価値提供

一方、コンテクスチュアル・マーケティングは、従来のコンテンツマーケティングの基盤の上に、さらに「個別最適化」と「リアルタイム性」という要素を強化したものです。
主な違いは以下の通りです。

比較項目コンテンツマーケティングコンテクスチュアル・マーケティング
アプローチの焦点普遍的な価値を持つコンテンツの制作と発信顧客の「今」の文脈に合わせた情報・体験の提供
ターゲット静的なターゲット層(ペルソナ)動的な個人(マイクロセグメント/モーメント)
タイミング顧客が情報を探しに来た時、または定期的な発信顧客の文脈が変化した「リアルタイム」
パーソナライズ度ある程度のパーソナライズ(性別、年齢層など)極めて高度なパーソナライズ(場所、時間、行動、感情など)
目的認知度向上、リード獲得、顧客育成、ブランドエンゲージメント向上顧客エンゲージメントの最大化、コンバージョン率の向上、顧客ロイヤルティの強化
技術的要素SEO、SNSツール、MAツールなどデータ分析、AI、IoT、位置情報技術、CRM、CDPなど

簡単に言えば、コンテンツマーケティングは「どのような情報を提供するか」に焦点を当てるのに対し、コンテクスチュアル・マーケティングは「誰に、いつ、どこで、どのような情報を提供するのが最も効果的か」という文脈に深く踏み込みます。

もちろん、コンテクスチュアル・マーケティングにおいても質の高いコンテンツは不可欠です。しかし、そのコンテンツを提供する「タイミング」や「方法」が、従来のコンテンツマーケティングよりもはるかに洗練され、個別最適化される点が大きな違いとなります。顧客が今まさに求めているものを、まさに求めている形で提供することで、顧客体験(CX)は飛躍的に向上し、それがブランドへの信頼とロイヤルティを醸成し、持続的なビジネス成果へと結実するのです。

コンテクスチュアル・マーケティング成功の鍵は「カスタマーインサイト」にあり

コンテクスチュアル・マーケティングを成功させるためには、顧客の「文脈」を深く理解することが不可欠です。そのためには、表面的な顧客データだけでなく、その裏にある「カスタマーインサイト」を徹底的に調査する必要があります。

カスタマーインサイトとは、顧客自身も明確には意識していない、行動や発言の背景にある「不満」「欲求」「動機」といった深層心理のことです。なぜその商品を選ぶのか、なぜその行動を取るのか、何に不満を感じているのか、といった「なぜ?」の部分を明らかにすることが目的です。

このインサイトの解明が不十分なままでは、いかに高度なテクノロジーを駆使しても、発信する情報は『精度の高いノイズ』に過ぎず、最悪の場合、顧客に不快感を与えブランドからの離反を招きかねません。

なぜカスタマーインサイト調査が必要なのか?

顧客の「本当のニーズ」を把握するため
  ○顧客が自覚していない、あるいは言葉にできないニーズを発見することで、真に価値の
   あるパーソナライズされた体験を提供できます。
的外れなアプローチを避けるため
  ○顧客の文脈を誤解したままアプローチしても、それは単なる迷惑な情報提供となり、
   ブランドイメージを損ないます。
パーソナライゼーションの精度を高めるため
  ○顧客の深いインサイトを理解することで、単なる名前の呼びかけや過去の購買履歴に基づ
   くレコメンデーションに留まらない、より精度の高いパーソナライズが可能になります。
顧客体験(CX)を向上させるため
  ○顧客の感情や意図に寄り添った情報提供は、顧客にとって「気が利く」「自分を理解してく
   れている」というポジティブな感情を生み出し、顧客満足度とロイヤルティを高めます。
競合との差別化を図るため
  ○多くの企業がコンテンツマーケティングに取り組む中で、顧客の文脈を捉えた深いパーソ
   ナライゼーションは、他社との差別化に大きく貢献します。

インサイトを文脈に落とし込む

収集したデータを分析し、インサイトを抽出したら、それを実際のコンテクスチュアル・マーケティングに活用できる形に落とし込むことが重要です。

  1. コンテキスト・ペルソナへの深化
     ○従来のペルソナに加え、そのペルソナがどのような「文脈」でどのような行動を取るのか、
      さらに深く描写します。例えば、「忙しい母親」というペルソナに、「夕食の準備中に、スマ
      ートフォンで時短レシピを探している」「週末の家族旅行中に、SNSでその場所のおすすめ
      スポットを検索している」といった具体的なコンテキストを加えます。
  2. マイクロセグメントの特定
     ○膨大なデータの中から、特定の文脈で共通のニーズを持つ顧客グループ(マイクロセグメン
      ト)を特定します。
  3. トリガーとアクションの設計
     ○顧客のどのような状況変化(トリガー)を検知した際に、どのような体験(アクション)を
      提供するのか、というシナリオを具体的に設計します。例えば、「顧客が特定の商品ページを
      3回以上閲覧したが購入に至っていない」というトリガーに対して、「限定クーポン付きの
      リマインドメールを送る」というアクションを設計します。
  4. A/Bテストと改善
     ○設計したアプローチが本当に効果的かを検証するために、A/Bテストを繰り返し行い、顧客の
      反応を見ながら改善を重ねていきます。

まとめ

コンテクスチュアル・マーケティングは、単なる技術的なアプローチに留まらず、顧客一人ひとりの「今」に寄り添い、真にパーソナルな体験を提供するという、マーケティングの究極的な目標を追求するものです。このアプローチを成功させるためには、データ分析能力はもちろんのこと、顧客の深層心理や感情を読み解く「カスタマーインサイト調査」が極めて重要になります。

表面的なデータだけでは見えない「なぜ?」を追求し、顧客の文脈を深く理解することで、企業は顧客との間に強固な信頼関係を築き、結果として持続的なビジネス成長を実現できるでしょう。技術の進化によってデータ収集や分析が容易になった今だからこそ、データとテクノロジーを駆使して顧客のインサイトを深く洞察し、最適なコンテキストで心に響く体験を設計・提供する能力こそが、これからのマーケターに求められる中核的なスキルと言えるでしょう。

著者プロフィール

株式会社マーケティングサイエンスラボ 本間 充プロフィール画像
株式会社マーケティングサイエンスラボ 本間 充
1992年花王株式会社に入社。社内でWeb黎明期のエンジニアとして活躍。以後、Webエンジニア、デジタル・マーケティング、マーケティングを経験。u003cbr /u003e2015年アビームコンサルティング株式会社に入社。多くの企業のマーケティングのデジタル化を支援している。マーケティングサイエンスラボ 代表取締役、ビジネスブレークスルー大学でのマーケティングの講師、東京大学大学院数理科学研究科 客員教授(数学)、文部科学省数学イノベーション委員など数学者としての顔も併せ持つ。

1992年花王株式会社に入社。社内でWeb黎明期のエンジニアとして活躍。以後、Webエンジニア、デジタル・マーケティング、マーケティングを経験。u003cbr /u003e2015年アビームコンサルティング株式会社に入社。多くの企業のマーケティングのデジタル化を支援している。マーケティングサイエンスラボ 代表取締役、ビジネスブレークスルー大学でのマーケティングの講師、東京大学大学院数理科学研究科 客員教授(数学)、文部科学省数学イノベーション委員など数学者としての顔も併せ持つ。

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