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先端技術で進化するマーケティング・リサーチ④~生活者のリアルデータ収集と解析

はじめに

先端技術部の小林と申します。前回の「ウェアラブルデバイスを用いた生活者の状態評価」の記事に引き続き、データ駆動型社会によって何ができるようになったのか、マーケティング・リサーチの分野では何が期待されるのかを、具体的な事例を通して紹介します。

ICTの有効活用に向けて

総務省の情報通信白書令和3年版によると、日本では、世界的に進展する産業・社会構造の変化(IT革命)に対し、2000年代からICTインフラの整備が進められてきました。2010年半ばからは、IoTの爆発的な普及という環境変化に伴ってデータ大流通時代が到来し、その頃から、様々なデジタルデータの利活用にむけた取組が行われています。
2021年現在は、ICTやIoTの時代が来た!というフェーズが過ぎ、すでに官民それぞれでデジタルデータの課題に取り組んでおり、有効的な活用に向けた検討・実践段階であると言えます。

本書ではIoTデバイスの急速な普及についても言及されています。スマートフォン・タブレットの出荷台数は、世界的にみても横ばいですが、ウェアラブル端末やロボット・ドローン、AIスピーカーの出荷台数は、まだまだ拡大が見込まれています。つまり、私たち一般生活者の暮らしの中でこれからどんどん存在感を増していくことが考えられます。
ICT技術の向上、デバイスの普及により、私たちのフィジカルの情報はサイバーに取り込まれ、フィジカル空間とサイバー空間がより近接に連携します。このシステムをCPS(サイバー・フィジカル・システム)と言います[2]。CPSによるデータ駆動型社会への変革は、デジタル社会の構築の1つのカタチになると考えられます。

フィジカルデータを活用した事例

フィジカルデータとは、センサーネットワークなどで収集した実世界の多様なデータです。センサー情報は、インターネットを介してサイバー空間で蓄積され、最近ではサイバー空間で解析された情報に基づき、フィジカル空間へと提供されます。具体的な企業での事例を紹介します。

農業生産IoT×「高品質かつ均一な商品の安定供給」にむけたAIモデルの導入事例 

2014年、旭酒造株式会社と富士通株式会社は、日本酒銘柄「獺祭(だっさい)」の原料となる酒造好適米「山田錦」の生産量増加と安定的な調達に向けた新たな取り組みを始めました。山田錦の栽培作業実績(いつ、どの圃場で、どのような作業を行ったか、使用した農薬・肥料、草丈・茎数などの生育状況など)の収集と蓄積、加えて環境情報(気温・湿度・土壌温度・土壌水分など)と定点カメラで記録した生育の様子から、栽培作業を見える化[3]。加えて、2018年にはAI予測モデルを用いて、日本酒醸造の最適なプロセスを確立するための実証実験を開始し、高品質かつ均一な「獺祭」の安定供給に継続して取り組んでいます[4]。

上記はモノ情報のインターネット化(IoT)を使ったフィジカル空間へのフィードバック事例でしたが、最近では、ヒト情報のインターネット化(IoH)を使ってヒト情報を収集し、データ解析を行った結果をフィジカル空間に提供する取り組みが始まっています。

IoH(Internet of Human)で見守り

アメリカの企業CarePredictは、手首に装着するタイプのウェアラブルデバイスの収集データから日常の生活動作を検出し、普段と異なるパターンに対してアラートを通知するサービスを提供しています。また、ビーコンを搭載し、屋内位置情報の追跡をすることで、認知症などによる徘徊のケアにも繋げています。

IoTに比べ、IoHの社会実装は、事例が少ないですが、センサーの進化・普及に伴い、今後拡がっていくと考えられます。

日常生活下における行動・食事データの収集―ウェアラブルデバイスと健康管理アプリを用いた研究―

CPSによってIoT、IoHのデータ活用が進む中、マーケティング・リサーチの分野ではどのような変化をもたらすのか、当社で研究を行っています。

研究の内容は以下の通りです。


概要

生活者の行動と食事のデータを、ウェアラブルデバイスと健康管理アプリを使って客観的かつ経時的に収集し、得られた情報を基に参加者に食事アドバイスをすることによる行動の変化を明らかにする。

データ収集方法

【行動データ】
研究への参加を許諾した当社のリサーチモニター約100名にFitbit Charge3もしくはCharge4を配布し、着用してもらい、歩数や睡眠の情報を収集する
【食事データ】
自身のスマートフォンまたはタブレットに健康管理アプリをインストールし、毎日の食事情報を入力してもらう
【日々の記録データ】
日記式調査で、日々の気分、その日の出来事、その日の購入商品を毎日入力してもらう
【価値観データ】
健康意識・食生活の意識など、実験前後の価値観を回答してもらう

食事アドバイスについて

【提示方法】
・参加者を”対照群”、”介入群”の2つに分け、”対照群”にのみ健康管理アプリのコメント機能を通じて通知
・参加者のコメント受信頻度は毎週2回程度
・食事記録を行っていない、または、食事の記録回数が少ない参加者に対しては、食事記録を促す統一メッセージを通知
【アドバイス内容】
・保健師の協力を得て、参加者の3日~4日分の食事履歴から食事アドバイスを作成
・医療行為や診断と誤解され得る表現は避け、栄養素バランスに重点をおいた内容
・参加者個人の状況(例えば、体重の増減希望など)は考慮せず、食事の一般的な知識に基づく内容
・アドバイスへの対応については、強制性はもたせず、 事前に参加者に「コメントはあくまで今後の食生活に対するアドバイスですので、食事内容を強制するものではありません。」と通知

データ収集期間

2021年2月~5月
最初の1ヶ月:ベース期間
次の2ヶ月:介入期間―食事アドバイスを実施する期間
最後の1ヶ月:継続期間―アドバイスに伴う行動変化の持続性を確認する期間


実験の結果を、「意識の変化」「食事内容(摂取栄養素)の変化」「行動の変化」それぞれについて見た結果が以下となります。
意識的な変化は見られない一方で、介入群の食事内容や行動の変化が捕捉できています。

本研究からは、強制性を伴わない介入であっても、参加者に行動の変化をもたらせる可能性や、関連する行動においても影響を与える可能性が示唆されました。
マーケティング・リサーチの文脈では、「データ収集→簡易的データ分析→介入→データ収集→データ分析」を実施することで、参加者のデータに応じた介入と、介入の効果検証ができた新しい取り組みだったと感じています。また、効果検証で、参加者の意識的な変化ではなく、行動変化を明らかにできたことで、意識に表出しない行動を把握できることが証明されたと思います。

今後は、ベース期間中のデータでクラスタ分析を行った結果での群分けや、機械学習によるリアルタイムデータ分析の結果を介入に用いるなどの取り組みに挑戦していきたいです。例えば運動量が多く、睡眠時間が短いなど、普段の活動をベースとしたクラスタに対して、特定の商材(サプリメントや健康関連食品など)を提供した場合のその後の食や行動の変化を明らかにすることができれば、商材の評価にもつながっていくと考えます。

おわりに

全4回を通して、インテージ先端技術部の取り組みを紹介しました。表出されていない生活者の行動、態度、無意識の認知などを捉えるための確立された方法は少ないですが、様々な知見の組み合わせによって、近づくこともできると感じます。確立された方法がないから「できない」のではなく、私たちは、どうしたらリサーチクエスチョンに答えられるのか、あるいは近づくことができるのか、これからも新しい技術とともにチャレンジしていきたいと考えています。


インテージ先端技術部について:
先端技術部では、データサイエンス領域の知見を活かして、社内外のビジネス課題の解決に向けた先進的技術の活用研究を行っています。データサイエンス・人工知能(機械学習・自然言語処理)を専門とするメンバーが複数在籍しているほか、行動科学・神経科学の実務応用経験を持つメンバーも在籍しており、課題に対する多角的なアプローチが可能です。


参考文献:
[1] 総務省, 情報通信白書令和3年版
[2] 総務省, 情報通信白書令和2年版
[3]富士通, 2014,旭酒造と富士通 食・農クラウド「Akisai」を活用した酒造好適米の栽培技術の見える化を開始プレスリリース
[4]富士通, 2018,旭酒造と富士通、予測AIを活用した日本酒醸造の実証実験を開始プレスリリース
[5]CarePredictホームページhttps://www.carepredict.com/

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