テクノロジー化の進まない定性調査と生成AI登場による変化~生成AIで挑む これからの定性調査①
はじめに
2000年代に入り、マーケティングリサーチ業界は急激にテクノロジー化が進みました。インターネットリサーチから始まり、直近ではビッグデータと表現される多種多様なデータが集められるようになり、日々進化しています。それに対して定性調査はというと、対象者のリクルート方法はインターネットリサーチと同様に進歩があったものの、インタビューそのものや報告書などの分析工程は大きな変化が現状ありません。そんな中2022年にChatGPTを始めとする生成AIが登場したことで、変化の兆しが見えてきました。
インテージグループではこの変化を受け、定性調査の複数の工程で生成AIの活用に挑戦しています。この挑戦について、全五回にわたって紹介していきます。第一回は、そもそもなぜ定性調査はテクノロジー化が進まなかったのかという背景と、そんな中でも取り組み、そして失敗してきたテクノロジー化の一例の紹介、そして今後の連載の見どころをお届けします。
目次
他のリサーチ手法と比べて、テクノロジー化の進まない定性調査
それでは、テクノロジー化が進まなかった要因として具体的に何が考えられるでしょうか。それは、定性調査は「定型化、標準化と相性が悪い」という点が挙げられます。
とある食品についてのインタビューで、対象者に「なぜその商品を購入したのですか?」と投げかけたとします。すると、対象者からは「時間をかけずに食事の準備がしたいからです。」と返答が返ってきました。しかし、これだけでは事実確認にすぎません。
そこからさらに「時間をかけたくないならば、レトルトやお惣菜じゃだめですか?」と深掘りすると、「自分で作らないと罪悪感があるからでき合いは嫌。料理工程が短く済むものがあればいいな。」や「時短もあるけど、他の家事もやりたいし、子供がいたずらすると危ないからキッチンから離れても安全に料理できれば嬉しいかも。」など事実確認の先にある発言を引き出すことができました。これこそ、柔軟に会話の進行を調整できる定性調査だからこそ出すことができた「真意=インサイト」なのです。
図表1
柔軟性を排除し、定型化、標準化すればするほど、真意にたどり着かずその前の事実確認で終わってしまう可能性が高まります。事実確認までしかたどり着かないのであれば、それこそインターネットリサーチで十分、むしろその方が多くのサンプルを確保できて有意義な結果が得られるかもしれません。真意にたどり着くためには、柔軟性を担保することこそが重要なポイントなのです。だからこそインタビュアーはインタビューや分析においてテクノロジー化(=定型化、標準化)に積極的になれず、現在に至っています。業界のエゴかもしれませんが、テクノロジー化が進まない背景には、実はこの様な考え方があるのです。
テクノロジー化が何度も試されてきた、「発言録」作成の自動化
とはいえ、インテージグループでテクノロジー化が何度も試されてきた工程も存在します。それが定性調査のアウトプットの一つである「発言録」の自動化です。これならば直ぐにでもテクノロジー化が進みそうなものですが、現時点では実用化にはいたっていません 。定性調査における「発言録」とは、インタビュー中の対象者の発言を記録した文章なのですが、ここで注意していただきたいのは「書き起こし」ではないという点です。「書き起こし」がインタビュアーと対象者が分けられ、会話された内容が一字一句記録されたものであるのに対し、「発言録」とはインタビューの目的や流れに沿って、対象者の発言が「発言録」のみで理解できるように文章化されたものという違いがあります。
図表2
テクノロジー化 が進まない理由としては、ここでもやはり真意がポイントとなります。対象者の発言のどこがインタビューの中で重要なのかは調査課題ごとに異なります。それを理解せずに「発言録」を作成してしまうと、真意を表している重要な発言が文脈として読み取れる形で残らないことになるのです。さらに、なにが真意かの判別は、発言そのものに限らず実際に発言した時の速さや声量、そして表情などノンバーバルな情報も考慮しながら作成されています。これらを全て考慮するとなると調査課題ごとに必要な情報のインプットが都度必要となり、テクノロジー化(=定型化、標準化)の意味合いが薄くなってしまうのです。
その解決方法として、「AI に類似した調査課題の発言録を学習させて精度を上げる」というアイディアも出ましたが、情報流出の可能性があり断念しました。インタビューには、常に上市前の商品のアイディアやデザインなどが多分に含まれます。それをAIに学習させることは、リサーチ会社として踏み出すことが難しいアイディアでした。
さらに「発言録」はリサーチ会社からみると、クライアントであるマーケターの皆さんへの納品物にあたります。納品物である以上、誤字・脱字が残ったままでは納品物として大問題です。そのため、人手による「発言録」作成後に、別の第三者による誤字・脱字 チェックを必ず実施していました。何かしらのテクノロジーを活用しても誤字・脱字を完全に排除することはできず、結局人手による誤字・脱字チェックが必要となり、正直そこまでの成果は感じられませんでした。
生成AIの登場で始まる、「インサイトまでたどり着ける定性調査」のテクノロジー化
ここまでご説明した通り、定性調査は真意にたどり着くための柔軟性を残すため、定型化、標準化が求められるテクノロジー化に後ろ向きでした。 しかしそれとは別に、効率化をしたいとはずっと思っていました。定性調査は非構造の言語データを扱う以上、分析工程に非常に手間がかかります。さらに定型化、標準化が難しいことは定性調査関連の技術習得に時間がかかるということでもあり、対応できるリサーチャーの育成に時間がかかる状況が続いていました。
そんな状況が続く中、2022年にChatGPTを始めとする生成AIが流行となりました。実際に使用してみると、皆さんご存じの通りとても便利で、会話のように毎回別の返答が返ってきます。これは定型化、標準化されない、テクノロジー化による効率化が可能なのではないかという期待を感じずにはいられませんでした。自分たちの 仕事がAIに置き換わるのではないかとの恐怖を感じたほどです。
定性調査における生成AIの活用は、本番インタビュー前のシミュレーション、壁打ち相手として始まりました。 インタビュアーは事実確認に終わらない、真意までたどり着くことのできるインタビューを行うため、対象者の体験や気持ちをインタビュー前に可能な限り再現 シミュレーションします。それによって、インタビュー中の鋭い投げかけ、少し業界用語を使えばインタビューの瞬発力を高めることができます。
多くのインタビュアーが現在もこういった形で生成AIを活用をしていると思いますが、インテージグループでは本来の悩みであった効率化のための取り組みを始めることにしました。インタビュー前のシミュレーション相手としての活用は確かに手軽で便利ですが、そこまでの効率化にはつながっていません。なぜならば定性調査において最も時間が必要とされるのはインタビュー後の分析工程だからです。特に「報告書」の作成には多くの時間が必要となります。あえて柔軟性を残したまま行われるインタビューが、想定通りに進むわけもなく、事前の仮説とはまったく違った結論になることも日常茶飯事です。それを「報告書」としてまとめるとなると、定型化、標準化の難しい対応が毎回求められることになるのです。
インテージグループで開始した、定性調査×生成AIの取り組み
インテージグループでは、2024年1月~3月にZ世代およびミレニアル世代へ、SNSの使い方を中心としたインタビュー調査を実施しました。対象者にインタビューの「録音データ」及びそこから作成された「発言録」を生成AIへ学習させることへの同意を取得し、そのデータをもとに各種検証を実施しました。本連載では、その検証の中で見つけることができた新たな発見、そして皆さんが気になっているであろう生成AI の得意分野/不得意分野、言い換えるとどこまでを生成AI が代替できるのか、今後人間リサーチャーが求められるであろう領域について考察していければと思っています。
連載第二回では生成AIを使用して再度チャレンジを行った「発言録」について、連載第三回では定性調査の良さである生々しさと個人情報の狭間にある「報告書に使用する対象者画像」について、第四回では最も効率化が求められる「報告書」について、第五回は今回の連載を総括した考察をお届けする予定です。定性調査への理解を深めつつ、最新の定性調査×生成AIによる取り組みにご興味があれば、ぜひ次回以降もお付き合いください。
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