
これまで「実務で解説 生活者起点で考えるマーケティングフレームの使い方」と題して、12回にわたり、一般的なマーケティングフレームを、生活者の意識や行動と結びつけて捉えなおそうという試みを行ってきました。おかげさまで、多くの方々に記事を読んで頂き 、ポジティブなご意見もたくさん頂きました。一方で、マーケティングフレームを活用する考え方は理解できたが、それを日常の業務に取り入れ、実践するための具体的なリサーチ設計を知りたいというお声も頂いておりました。
本連載は、「実務で解説」シリーズの第2弾として、生活者中心のビジネスマネジメントのためのマーケティングリサーチについて考えていきたいと思います。この記事を読んで頂いている多くの皆さまは、商品やサービスを開発し、取引先や生活者にお届けすることで対価を得るビジネスを行われていると思います。当然ですが、マーケティングリサーチがなくとも、ビジネスを行う上での支障は全くありません。マーケティングリサーチのビジネス貢献は、市場を形成する生活者を理解することによって、成功確率を上げることにあると考え、その実践にお役立て頂きたいという想いでお届けします。
新連載の第1回は、多くの会社で実施されているブランド浸透度調査を取り上げます。定点的に実施されることが多い調査で、基礎調査的な位置づけではありますが、そのためにビジネス貢献が分かりづらいという声をお聞きすることもあります。この浸透度調査を生活者の意識や行動の変化を捉えるように設計すると、ビジネス分析と直結できる調査にすることができます。
生活者が商品やサービスを購入するために、必ず経なければならないことが2つあります。
①商品やサービスの存在を知ること
②商品やサービスに関する情報を得ること
至極当たり前ですが、存在を知らないもの、実体のないものを購入することはできません。もちろん、購入を検討することもできませんし、購入を検討するための情報を得ることもできません。そう考えると、生活者に商品やサービスの存在を知らせることが、それらを購入して頂くために、最初に越えなければならないステップであることが分かります。
図1をご覧ください。この画像を見て、この物体を購入したいと思う方はいらっしゃいますか?この物体の正体を“推測”して、購入したいと考える方はいらっしゃるかもしれませんが、そうでなければ、購入したい、あるいは、したくない、の判断さえできないのではないかと思います。生活者が購入の判断をするためには、その材料となる情報が必要になります。
図1
図1の物体の価格が150円だということがわかりました。みなさんは、購入したい、あるいは、したくない、の判断ができるでしょうか?この物体を水であると“推測”した人は、購入したいと思うかもしれません。価格が150円ということから、この物体は“水”であると推測して、購入したいと考える人もいるかもしれません。しかしながら、この物体は、水かもしれませんがお酒かもしれませんし、飲料ではなく消毒液である可能性だってあります。多くの人は、まだこの物体の正体が分からないので、価格が分かったとしても、購入の判断ができないのではないかと思います。生活者が購入の判断をするためには、価格の前に、その商品やサービスに関する情報が必要であると考えられます。
図1の物体が炭酸水であることが分かりました。普段、炭酸水を飲まない人であれば、この時点で、購入したくないという判断をするかもしれません。この物体を水であると“推測”していた人は、購入したくない、に気持ちが変わるかもしれません。逆に、炭酸水であればどれでも同じと感じている人は、150円であれば、購入しようと思うかもしれません。しかしながら、この炭酸水は、強炭酸なのか微炭酸なのか分からないですし、味がついているのかいないのかも分からないので、まだ購入の判断ができない方も多いと思います。
さらに、図1の炭酸水は、最高級のレモンを使って味付けされており、一般の水道水を使って作られていることが分かりました。最高級のレモンに惹かれる方は、購入したいという気持ちが強くなるかもしれませんし、お店で購入する商品は天然水を使用したものしか選ばない方は、購入したいという気持ちが弱くなるかもしれません。
以上をまとめると、図2のようになります。
図2
このように考えていくと、生活者が獲得する情報の質や量によって、商品やサービスに対する理解が変わり、購入の判断も変わると言えそうです。ビジネスを成長させるという観点では、生活者の気持ちを「購入したい」という方向に変化させ、その気持ちが強くなるように情報や体験を提供することが重要であるとも考えられます。
図3は、生活者が商品やサービスの購入にいたるまでの変化をモデル化したものです。
このモデルのポイントは、生活者が“必ず”経るステップに絞り込んで作られていることにあります。
図3
「認知」が先述の『商品やサービスの存在を知ること』にあたり、「理解」が『商品やサービスに関する情報を得ること』にあたります。
「購入意向」は、生活者が購入したい、あるいは、したくないを『判断すること』にあたります。生活者の判断なしに、商品やサービスが購入されることはありませんので、もちろん、“必ず”経るステップに含まれます。
ビジネスディスカッションの場では、稀に、「購入意向」の獲得、つまり買いたいと思って頂くことと、「購入」して頂くことを、同義に捉えているような発言をなさる方がいらっしゃいます。「購入意向」が生活者の意識であるのに対し、「購入」は生活者の行動ですので、異なるものであると考えます。同じカテゴリーの商品が目の前に100種類ある時に、すべての商品を買いたいと思うことは可能ですが、すべての商品を購入することはほぼ無いと思います。つまり、「購入意向」と「購入」の間には、生活者が意識を行動に移すと同時に、たくさんの商品やサービスの中から、購入するものを『選択する』ということも行われています。
ビジネスの観点でこのモデルを考えると、生活者が“必ず”経るステップへの到達度を管理することによって、できるだけシンプルに、かつ、網羅的にビジネスマネジメントをすることが可能になります。このモデルを基に調査を設計することで、浸透度調査がビジネス分析に直結するものになります。具体的には、「認知」「理解」「購入意向」「購入」の評価指標を考えることになります。
ここからは、各指標の聴取のポイントを見ていきます。
浸透度調査では、「認知」は、調査対象カテゴリー内でのブランド名の想起で計測されることが多く、一般的には認知率と呼ばれます。聴取意図を『商品やサービスの存在を知る人の数』の計測とすると、必ずしもブランド名の想起である必要はないのですが、ブランド名は実物と必ず紐づいており、ブランドマネジメントの観点でも、最初に生活者に覚えていただく名称なので、ブランド名が使われていると考えられます。聴取方法も、純粋第一想起、純粋想起、助成想起など、様々あります。認知率の絶対値としては、助成するほど大きくなると考えられます。例えば、助成想起で得られた認知率が50%だとすると、生活者中心で市場を捉えた場合、その商品は市場の半分には参入さえできていない、ポジティブに考えると現状と同じ規模の成長機会が存在するということもできます。
「理解」の聴取方法も様々あります。「ブランドXの特徴を知っていますか?」のように直接的な設問文の場合もありますし、「ブランドXの特徴を挙げてください」のように純粋想起で聴取する場合もあります。「理解」の聴取意図を『商品やサービスに関する情報を得た人の数』の計測とすると、ブランドXが発信した各々の情報を選択肢とし、知っているものを選んでもらうという手法もありますし、ブランドXが形成したいイメージを選択肢とし、同意するものを選んでもらうという手法もあります。ビジネスマネジメントとブランドマネジメントを紐づけて考える場合には、形成したいイメージを選択肢とすることをお薦めしますが、詳細は、次回以降で書かせて頂きたいと思います。
「購入意向」は、「ブランドXを購入したいと思いますか?」というように直接的な設問文で、スケール(5段階や7段階評価)で聴取することが多いと思います。その中で、最上位(例えば、“必ず買うだろう”)のみを購入意向者とするのか、第2位まで(例えば、“必ず買うだろう”と“たぶん買うだろう”の合算)を購入意向者とするのか、といったご質問を受けることがあります。正解があるわけではないと思いますし、対象カテゴリーの購入頻度などにもよると思います。個人的には、食品や飲料のように高頻度で購入されるカテゴリーの場合は最上位でなくても良いと思いますが、耐久消費財のような低頻度で購入されるカテゴリーでは、最も欲しい物が購入されることになると想定すると、最上位にこだわっても良いのではないかと思います。
「購入」は、「直近1年以内にブランドXを購入したことがありますか?」といった設問文で、YES/NOで回答してもらったり、購入時期を選択肢にして聴取することが多いと思います。その際に、どの程度過去まで遡った購入経験者を購入者と定義すれば良いか、で迷われる方がいらっしゃいます。これも、調査目的によって可変という前提にはなりますが、ビジネスマネジメントの観点では、ビジネスレビューの期間に合わせるのが良いのではないかと思います。 ビジネスレビューの対象期間中に購入してくれた生活者が当該期間のビジネスの源泉になっているので、ビジネスの振り返りが1年単位で行われるのであれば直近1年、半年単位で行われるのであれば直近半年といった具合です。
4つの指標をまとめると、図4のようになります。
図4
図3は、浸透度調査のアウトプットイメージです。これを基に、認知者数が減った増えた、購入意向者が減った増えたの議論をされることがあります。生活者の“必ず”経るステップへの到達度を理解することは大事ですが、それらの数字だけでは、マーケティング活動を振り返るのは難しいと思います。
例えば、理解者数が増える要因は、ベースとなる認知者数の増加だけではありません。認知者数が変わらない場合でも、より効率的なマーケティング活動を実施することによって、これまでより多くの人に商品やサービスに関する情報を伝えることもできます。そのマーケティング活動の効率は、単純な理解者数の増加ではなく、認知者から理解者へのコンバージョン率(図5のB%)として現れます。 効率が上がればB%も上昇し、下がればB%も下降します。浸透度調査を活用したビジネスレビューでは、コンバージョン率の変化や競合比較を行うことによって、ビジネスの伸長機会を探ります。
図5
浸透度調査を活用したビジネスレビューの具体は、次回ご紹介したいと思います
今回は、マーケティングリサーチ文脈で頻出する、「認知」「理解」「購入意向」「購入」といった用語を、生活者の意識や行動の変化と紐づけて考えました。浸透度調査では、様々な聴取項目を使ってファネル分析を行うことがありますが、ここでは“必ず”経るステップを軸に、できるだけシンプルな構造をご紹介しました。 次回は、この考え方に基づいた、具体的なレビューとネクストステップの設定方法についてご紹介したいと思います。
※)調査結果は、調査設計や分析手法によって大きく左右されます。本記事でご紹介した浸透度調査にご興味のある方がいらっしゃいましたら、こちらよりお問い合わせ頂くか、営業担当までご連絡ください。
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