人生で最初に購入するクルマの価値は?~LTVの測定から考える1台目購入の重要さ~
スマートフォンの普及を機に、生活者一人ひとりの価値観の把握や、多様なターゲティング手法、広告手法がここ10~20年程で発展を続けている。一方、少子高齢化、人口減少とマーケットの成長に限界が見える日本においては、顧客獲得の難易度は年々上がっている。どのようにして継続的に成長していけばよいのかは、メーカーやサービス提供各社の悩みの種である。
そのため、既存顧客を取りこぼさない戦略とマーケティング活動が、以前より重要となっている。 一般に、新規顧客からの利益獲得のためのコストは、既存顧客に繰り返し商品を買ってもらい利益を得る場合の数倍かかるとされる。そういった側面からも、顧客との関係継続は重視すべきものである。
顧客との関係を継続する期間や、その間の商品の販売数は、商材の特性によっても変わってくる。耐久消費財であるため購入のスパンが長いクルマを例にとって考えてみよう。
LTVとは
顧客との関係継続の指標として広く利用されているものにLTVがある。
LTVとはLife Time Valueの略で、日本語では顧客生涯価値と訳されることが多い。計算方法は何通りか存在するが、最もシンプルなものだと、「一つ当たりの値段×一定期間にある商品を購入した回数」で計算できる。この「一定期間」については商材ごとに任意に設定する。
例えば、毎週平日だけ自動販売機でペットボトルのお茶を購入する人がいるとする。お茶にA~Eの5商品があるとして曜日交代で買っている場合、
この人のお茶A(1本150円)の1ヶ月でのLTVは「150円×5回/週×4週/月×1/5(*)でおよそ600円/月」となる。 *1/5はお茶Aの選択率
お茶のLTVを向上させるには、「お茶自体の購入頻度を上げる(①)」、「お茶Aの商品選択率を上げる(②)」などの方法がある。その際のLTVはそれぞれ以下の通りである。
① 購入頻度を上げる
休日もお茶を買ってもらう → 150円×7回/週×4週/月×1/5=840円/月
➁ 選択率を上げる
他商品(B~E)ではなくAを選択してもらう → 150円×5回/週×4週/月=3000円/月
では、お茶ではなく購入頻度の少ない耐久消費財の場合、どのようにこのLTVを上げればいいのだろうか。クルマを例に考えてみる。
クルマのLTV
クルマは高価な耐久消費財である。そのため資金に余裕のある人やクルマ好きでない限り、1、2年で頻繁に買い替えるわけではなく、同じ車に何年も乗り続ける。自工会(一般社団法人日本自動車工業会)の調査によると、2021年に新車を購入した人のひとつ前のクルマ(新車購入)の保有期間は、平均7.8年となっている。保有期間が10年超の人は約3割を占める。現在保有する車(新車)の保有予定期間は約7割が「7年超」であり、この期間は今後も伸びていくと考えられる。
よって、先ほどのお茶の例と違って、購入頻度を上げるアプローチでクルマのLTVを向上させることは難しく、メーカー各社はLTV向上のため、より価格の高い車種やグレードを選択してもらったり、オプション装着を勧めたりし、1台当たりの購入単価を上げることに力を入れる。加えて、自社のファンとなる顧客を獲得し、自社商品を繰り返し買ってもらうために、様々な活動を行っている。
また、以前より「若者のクルマ離れ」と言われるように、購買層の平均年齢はおおよそ54歳と高齢化が進む(自工会『2021年度 乗用車市場動向調査』)。一方で、若年層に自社のクルマを購入してもらい、その後も購入し続けてもらえる関係性を構築できれば、チャンスは広がる。若年層は残りの人生で買うクルマの台数が多く残されているため、LTVを向上させることも可能だ。
そこで今回は、「1台目のクルマとして選んでもらうこと」にはどれくらいの価値があるのかを測るために、インターネット調査のデータを用いて初回購入メーカーのLTVを確認した。前述の通り、LTV算出における「一定の期間」は任意に設定可能である。車は1台当たりの所有期間が長いため、文字通り生涯を通しての購入を観測することとする。
「初めてのクルマ 購入メーカー」のLTV
ここからは、実際に計算を行った手法について解説する。
前提:価格の問題
クルマのLTVの計算をするにあたっては、価格データが必要である。しかし、車の価格は変動が激しい。例えば、トヨタのカローラは1989年に発売された当時の新車価格で80万円程度であったのに対し、2022年10月に発売されたモデルでは最も安いグレードでも199万円である。生涯を通しての購入を見る場合、価格を用いると購入時期による差異が大きくなってしまうことが懸念されるため、今回は考慮せず、台数のみでLTVを推計することとした。
推計方法
生涯を通した購入台数の推計には生存確率分析を用いた。生存確率分析は、元は医療データ等で、ある病気になった患者が死亡するまでの期間の推定に使用するものであったが、近年ではアプリの継続率や、サブスクリプションサービスの継続利用年月を測るなど、ビジネス用途にも適用されている。
例えば、あるアプリの継続率を男女別に分析したとすると、図表1のようなグラフを作成できる。X軸はアプリをダウンロードしてからのログイン継続日数、Y軸が継続率を表している。右肩下がりの曲線で日が経つほど、アプリのログイン者が減少していく様子が可視化できる。また、女性の方が継続率が高く、男性は10日後の継続率が38%、つまり10日以内に半分以上がログインを中断していることがわかる。
図表1
生存確率分析を行うにあたっては、以下の3つのデータが必要である。
(1)イベントが発生するまでの時間:例ではアプリのログイン継続日数
(2)イベントの発生有無:例ではアプリのログイン中断有無
(3)イベントに影響しうる要因の情報:例では性別
これを、クルマの生涯購入に当てはめ、以下のように考えた。この場合のイベントは“クルマの購入終了”となる。
(1) イベントが発生するまでの時間:購入終了までのクルマの購入台数
(2) イベントの発生有無: 65歳以上は購入終了(=イベント発生あり)
(3) イベントに影響しうる要因の情報:1台目購入車の満足度
X軸にあたる(1)については期間のデータを使用するのが一般的であるが、継続期間が売上に直結するアプリやサブスクリプションとは異なり、クルマは保有期間には売上が発生しないため、売上に直結する継続購入台数を使用した。
これらのデータを、以下の調査によって収集した。生涯での購入を観測するため、ある程度これまでの購入台数が見込まれる40代以上を対象に調査を行った。
<対象者条件>
全国の男女/40-60代/1台目のクルマが国産車/現在クルマを保有している(「Car-kit*」データより抽出)
<調査項目>
・現在までのクルマの購入台数(1:1台/2:2台/3:3台/・・・/10:10台/11:11台以上の11択)
・1台目から10台目までの購入車のメーカー ・1台目購入車の満足度(1:満足~5:不満までの5段階)
※生存確率分析のモデリングには何通りか存在するが、期間内にイベントが起きなかった例を「打ち切り」として分析に含めることができるカプラン・マイヤー法を用いた。
※11台以上のクルマを購入している対象者については、観測期間中に購入終了(イベント)が生じなかったデータとして扱った。(11台目以降は調査設計の関係でデータを取得できていないため)
※40-64歳の対象者については、観測期間中に購入終了(イベント)が生じなかったデータとして扱った。(まだクルマの購入が完了していないため)
分析結果
今回、3つのパターンの生存確率分析を行った。
① 生涯におけるクルマの購入継続率
➁ 1台目購入メーカーからの生涯でのクルマ購入継続率
③ 初回購入車の満足度別 1台目購入メーカーからの生涯でのクルマ購入継続率
① 生涯におけるクルマの購入継続率
まず、生涯のクルマの購入台数について生存確率分析を用いて推計すると図表2のように、5台がボリュームゾーン(約17%)。生涯を通して多くの人が5台程度の購入にとどまるということは、メーカー各社が1台でも自社の商品を購入してもらうことの意義は大きいと言える。
図表2
➁ 1台目購入メーカーからの生涯でのクルマ購入継続率
次に、対象者が1台目を購入したメーカーと同一のメーカーから購入している台数を推計すると図表3の通りである。32%の人が1台目の購入メーカーから3台以上購入していることがわかる。
図表3
③ 初回購入車の満足度別 1台目購入メーカーからの生涯でのクルマ購入継続率
また、イベントに影響しうる要因として説明変数に「1台目購入車の満足度」を入れると図表4の通り、1台目を「満足」と回答した人(青)と「不満」(赤)と回答した人では3台目購入率で1.5倍程度の差が見られる。
図表4
一般的に、満足度は高いほうが良いか低いほうが良いかと問われれば、高いほうが良いことは自明である。ただし、満足度を高めることがもたらす具体的な効果は見えづらい。この分析結果は、そういった「感覚的にわかるが実際の効果の大きさが見えづらいもの」を、可視化してみた結果と言える。
まとめ
1回でも自社商品を買ってもらうことの価値は大きく、そこでロイヤルティを獲得することができれば次の購入も期待できる。 メーカーにとって、まだクルマを1度も買ったことのない若年層に自社のクルマを選んでもらうことは、LTVの観点から重要と言える。今まさにディーラーで新車を購入しようとしている若年層のAさんを獲得できるかどうかは、Aさんの今後のクルマ遍歴にどれだけ関われるかを占うと言えよう。
さいごに
本研究では生涯を通してのデータでLTVを測ったが、LTVをKPIにすると結果がわかるのが数十年先になってしまう。実務上のKPIとしては、1台前の購入を確認してのリピート率、もしくは1台後の購入意向で継続意向を見る方が取り扱いやすいであろう。ただし、KPIにはあまり向かないものの、今回は「1台目購入車の満足度別」で要因別のLTVを測った部分を、「1台目購入時の年齢」や「メーカー別」に変えてみれば現状把握には有用となるだろう。
今回、1台目購入がその後の継続につながることが確認できた。今後はまだクルマを買ったことがない人が、クルマを選ぶ際の情報源や重視する項目を探ってみたいと思う。
この分析は、自主企画調査の結果を基に行いました。
調査地域:全国
対象者条件:40-69歳の自動車保有者、1台目に購入した自動車が国産車
標本抽出方法:弊社マイティモニターより「Car-kit*」回答をもとに抽出し、アンケート配信
標本サイズ:9172s
調査実施期間:2022年7月5日から7月7日
【Car-kit®(自動車パネル)】
株式会社インテージが毎月約70万人から前月の自動車情報を取得しているシンジケートデータです。現有車や次期意向などを聴取する市場動向把握調査と、契約者に対して購入理由や購入時の重視点などを聴取する契約者調査の2部構成で実施しています。
※Cat-kitは株式会社インテージの登録商標です。
【参考文献】
サバイバルデータの解析―生存時間とイベントヒストリデータ (バイオ統計シリーズ)
赤澤 宏平 , 柳川 尭 (著) 近代科学社 (2010/7/25)
Survival Analysis To Understand Customer Retention | by Rashid Kazmi, Ph.D. | Towards Data Science
(PDF) Applying Survival Analysis for Customer Retention: A U.S. Regional Mobile Service Operator (researchgate.net)
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