スマホでクルマ購入?激変する中国のクルマ市場
※この記事は、日刊自動車新聞の“インテージ生活者インサイト”コーナーにインテージのアナリスト三浦太郎・前田直人が寄稿した連載を再構成したものです。
デジタル革命が続く中国。クルマの販売や購入プロセスも劇的な変化が起きています。この記事では、そんな中国のいまのクルマ事情をレポートします。
変貌するディーラーの姿―中国のクルマ販売
中国といえば、近年は新車販売の落ち込みが続いていることが日本にも伝えられています。先日も2019年の新車販売が前年比8.2%減の2576万台だったと報じられました。これで2018年に続き2年連続の販売減となっており、中国の民族メーカーや外資メーカーも正念場を迎えています。魅力的なモデルの開発はもちろんのことですし、EVなど新しいパワートレーンへの対応も急務ですが、もうひとつ重要なのがディーラーです。いま、中国ではクルマの売り方も大きく変わりつつあります。
中国ではディーラーのことを4S店と呼びます。4Sとはそれぞれ販売(Sale)、部品(Spare parts)、アフター(Service)、情報提供(Survey)と4つの頭文字Sから取っています。日本の一般的なディーラーとほぼ同じ機能を持っていると考えてよいでしょう。しかし、中国ではディーラー以外にもクルマ販売のチャネルが広がっています。
例えば、モーターショーでの販売は以前からも行われてきました。モーターショーは一か所に様々なブランドが集まるため、消費者にとっては容易にクルマを比較できる場所です。ここで多くのディーラーが商談スペースを設けています。また、多くのブランドが「モーターショー割引」を設定しており、地域によっては販売がメインのモーターショーになることも多くなっています。現場の担当者に聞いたところ、中国で普及しているアリペイなどキャッシュレスでの一括買いも多いそうです。
また、Webサイトでの購入も増えてきました。日本でもよく知られる中国のネットショッピング大手、淘宝は早くから一定の枠で大幅な値引きをし、一定数の購買意向者が集まれば成約とする「共同購入」形式での販売を手掛け、2012年には300台の限定版スマートをわずか90分で売り切るという伝説を打ち立てました。最近では、家電を中心に販売してきたEC大手の京東もディーラーと組んでクルマを販売するようになっています。ディーラーは店舗からモーターショーやECサイトなど、積極的に外へ打って出ることで販売の機会を増やしているのです。
一方、近年中国で増えてきたNIOや小鵬といったスタートアップ系のEVメーカーは、むしろ店舗での体験を作り替えようとしています。例えば広州の中心部、天河区のショッピングエリアにはNIOや小鵬が、モーターショーブースさながらのコンセプトショップを出店しました。ショップ内にはクルマの展示があるだけでなく、コンセプトムービーの紹介やカフェショップなども併設されており、これまでの4S店とは明らかに異なる店づくりがされています。また、オーナーのみが入れるブースも用意され、毎月ラグジュアリムードの高い会員制イベントが行われるなど、ブランド力の向上やブランドロイヤルティを高める工夫に力が注がれています。
(写真1)NIOのコンセプトショップ。1階にはEVスポーツカーの展示がある。
ご紹介したように、従来の伝統的なブランドの4S店はネットやモーターショーをはじめ、積極的に外へ出て販売攻勢をかけています。とりわけ、ネットでの販売はこれからさらに増えてくるでしょう。一方、NIOや小鵬のような新興EVメーカーは、むしろコンセプトショップをしっかり作りこむことで、ブランドイメージを打ち立て、クルマのハイテク感を伝えるなど、リアルの体験を作りこんでいます。
各ブランドによるこれらの販売の工夫は、ブランドを重視する中国人消費者の特性が意識されてのことです。また、科学技術立国を目指す中国においては重要なコンセプトである「ハイテク感」なども包含されているでしょう。それでは逆にクルマを買う側の消費者には、いったいどのような変化が起こってきたのでしょうか。
スマホで完結!アプリベースのクルマ購買へ
ここからは、中国人生活者のクルマ購入に対する考え方を見ていきましょう。
インテージでは頻繁に、中国でインタビュー調査や口コミ分析等を行いますが、そこでよく耳にするのが「小白鼠にはなりたくない」という言葉。「モルモットになりたくない」という意味です。クルマの購入に際し、なぜ「モルモットにはなりたくない」という表現が出てくるのでしょうか。その理由は中国におけるモノづくりへの不安です。最近も発火事故報道が続くEVをみてわかるように、とりわけ「新しいもの」に飛びつくことにリスクを感じるのです。
だからこそ「口コミ」や、販売台数などの「市場評価」が非常に重要になってきます。口コミであれば、特に友人や家族の評判はとても重視されますし、「販売台数」というわかりやすい指標は、消費者にとって購入の際のリスクを押し下げてくれる効果があります。もう少し大げさにいえば、クルマ購入に際し、友人の車の評価を聞き、運転をさせてもらって納得できれば、まったく同じクルマを買うことも躊躇しません。一部の超富裕層でもない限り、他の人と同じクルマでも良いと考える層は多くいるのです。
こうした考え方は、クルマの買い方にも影響を与えます。それは他の人と同じクルマで良いという前提に立ったとき、「実店舗でクルマを買う必要はないのではないか」という視点です。一昔前には、クルマ購入のチャネルは4S店のみでした。しかしスマホの普及などによって、今やネットでも購入できます。最近は、スマホですべてのクルマ購入の手続きを済ますことのできるアプリも登場しています。そのひとつが「弾個車(タンガチャ)」です。
(写真2)中国で注目を浴びるAPP、弾個車(画面右上)
過去にも中国でクルマを購入できるアプリはありましたが、「弾個車」は以下3つの点で画期的です。第一に、頭金を新車価格の10%に抑え、「先に借りて後に買う」というローン型の仕組みにしたことです。まず1年目はレンタルとし、後に3年分割や一括などの支払い方法が選べます。第二に、信用の部分はアリペイの決済サービスを利用してローンの審査を手早く済ませることができます。第三に、納税や保険、ナンバープレートの手続きなどをすべて委託でき、購入者が直接手続きをする必要がないことも高い評価を支える理由です。アプリ上で注文すれば、あとは「ソファに座って納車を待てば良いだけ」なのです。
先に述べたように、実店舗でクルマを買う必要がないと考える消費者にとっては、面倒な事務手続きまですべて代行してくれるため、非常に便利なサービスに映るでしょう。また、新車の10%を頭金とすれば良いことは、相対的に所得の低い地方都市ではクルマ購入の敷居を下げる意味でも効果が大きいと考えられます。富裕層においても、「面倒なことを嫌う」「お金をかけて利便性を手に入れたい」と考える層には響くサービスになるでしょう。
中国では日本よりも先行する形で「デジタル革命」が進んでいるというニュースを見かけますが、「弾個車」は消費者の思考特性をうまくスマホ上で解決できるよう、入念に作りこまれていることがわかります。その一方で、NIOや小鵬などの新興EVメーカーは「リアルの豊かな経験」を充実させることに力点を置きます。ラグジュアリへの帰属感を高めたり、より先進的な体験を与えるなど、リアル店舗の変革も起こっています。このように、クルマの売り方、買い方をめぐってリアルとデジタルの双方で大きなうねりが起こっているのが中国のクルマ販売の現場なのです。
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