

データは揃っている。仮説も立てている。
それでも、次に何を問えばいいのかわからない——。
AIと情報環境の進化によって、私たちはかつてないほど「知ることができる」ようになりました。一方で、施策には既視感が漂い、思考が前に進まない感覚を抱える場面も増えています。その停滞を個人の能力ではなく、「問いが立たなくなる時代の構造」から捉え直します。
鍵となるのは、効率化の中で切り落とされてきた「ノイズ」。目的に直結しない寄り道や違和感こそに、思考を揺さぶる新しい問いの入口があり、ひいては新たな体験設計やイノベーション創出の種が潜むコトに気づけるのではないか。文芸評論家・三宅香帆さんの講演と、動詞探究の実践を手がかりに、「知る」から「問う」へと向かうためのヒントを探ります。
AIの進化とデータ環境の高度化によって、生活者の行動は、かつてない解像度とスピードで可視化されるようになりました。マーケティングの現場でも、分析や意思決定のスピードは飛躍的に向上し、効率化にAIを活用することは、当たり前となりつつあります。 一方で、こんな感覚を覚えたことはないでしょうか。
「仮説は立て、データも十分に揃っているのに、次に何を問えばいいのかわからない」
「施策を再構築しても、どこか既視感が拭えない」
以前、「価値観の変容を促す「探究」の意義 探究心全開!~動詞に問いを立てて生活者理解を革める~」 という記事で、こうした状況に対する一つのアプローチとして、生活者行動を体験の最小単位である“動詞”から捉え直して異業種で集まり問いを立て直す「動詞探究」という取り組みを紹介しました。続く今回は、さらに一歩踏み込み、「なぜ「問うこと」そのものが難しくなっているのか」という、より根源的なテーマに向き合います。
情報が豊かになり、複雑になっているが故に、「確からしさ」「わかりやすさ」を第一に求めて知ることに終始すると、思考やアウトプットは均質化しやすくなります。正解に最短距離で辿り着ける環境は、同時に「膨らませてみる」「立ち止まる」余白を奪ってしまうからです。この創造性の危機の正体は何なのか、新たな切り口をお話してくださったのが文芸評論家・三宅香帆さんでした。
本企画は、2024年インテージフォーラム「探究から始まる 体験デザインの新たな道」で交わされた議論を背景に生まれました。同フォーラムでは、一見回り道に見える探究であっても、予期せぬ出会いや文脈の発見を重ねることで、これまで見落としてきた気づきが生まれることが共有されました。さらに、登壇いただいた企業様からの「ノイズは“創造性”の母である」という問題提起もあり、「ノイズ」の重要性が浮かび上がりました。この「ノイズ」という視点が三宅香帆さんの著書『なぜ、働いていると本が読めなくなるのか』に通底することから、三宅香帆さんにご講演いただきました。

本記事では探究の現場から「ノイズ」と向き合っていきます。
三宅さんの講演で強調されたのは、「ノイズ」とは、雑音や無駄な情報ではないということです。目的に直結しない寄り道、偶然の出会い、すぐには意味づけできない違和感──そうした“予定外の刺激”を指します。現代の便利さの裏で、文脈を辿る時間や、思考が迷い、揺れる余白は削ぎ落とされていきます。
三宅さんは、「役に立つ情報だけを選び続けると、思考は浅くなる」と指摘します。
ノイズは、思考を止めるものではなく、むしろ既存の枠組みをずらし、「なぜ引っかかったのか」「別の見方はできないか」と立ち止まらせる存在です。その揺らぎこそが、新しい問いの入口になる──この指摘は、効率を追い求めがちなビジネスの現場では相反するように見えるかもしれません。
私たちが取り組む動詞探究もまた、データの整合性より先に、自分の体験や関心に立ち返り、生活者行動に潜む違和感を手がかりにします。個人の体験はノイズだらけです。しかしそれを排除するのではなく、理解を深めるために歓迎する。その姿勢こそが新たな発想と創造性を支えていることを、三宅さんの講演では改めて言語化されました。
当日の講演内容

講演後のディスカッションでは、「問いが立たない感覚」そのものが話題に上がりました。
印象的だったのは、「心地よい情報ばかりに囲まれていると、心が動かなくなり、問いが立たない」ということでした。これに対し、三宅さんは「ストレスを完全に取り除くと、人はむしろ“虚無”に近づく」と語りました。
不快さや違和感は、思考を動かす起点でもあります。ノイズを避け続けることで、好奇心や内発的な欲求が弱まり、問いの芽も育ちにくくなるのです。
また、SNSのアルゴリズムによる情報の偏りも議論に上がりました。自分に近い意見だけが流れてくる環境では、視野は狭まり、他者の視点と出会う機会が減っていきます。意図せず入り込んでくる異質な情報──ノイズこそが、思考の幅を広げる成長の契機になるという認識が共有されました。
「自分らしさ」についてのやりとりも印象的でした。自分らしさは設計するものではなく、偶然の出会いの中で立ち上がってくるもの。その言葉に、多くの頷きが生まれました。

後日、講演後の振り返りを経て、動詞探究活動での問いをさらに「ノイズ」にフォーカスして理解を深めるために アフターインタビュー を実施しました。メンバーは講演会参加者の有志メンバーと三宅さんです。そこで、ノイズの重要性をあらためて認識するとともに、ノイズを集めることがいかに難しいかを実体験することになります。
どのように難しさを感じたのか、ここからは、実際にアフターインタビューを行った探究員チームの生の声を紹介します。
インタビューにおいて、私たちが問いとしたのは、「私たちはどのようにノイズを取り入れられるか」、という点でした。
SNSや情報の心地よさといった社会的な潮流に加えて、ビジネスの現場では特にノイズが遠ざかっているのではないか。
そういった問題意識を抱いていました。
普段のビジネスの現場で短期的成果が求められる中では、整理された情報を効率よく集める行動のほうが合理的に見えてしまいます。評価制度や目標管理もそれを後押ししているように思えます。
インタビューでは、「話したことのない人と話す」、「興味のある本を読む」、「日記をつける」といったノイズを集めるための具体的な実践や、三宅さん自身のノイズに対する向き合い方を丁寧に語っていただきました 。三宅さんにとっても、ノイズは勝手に集まるものだけではなく、意識的に集めなければならないものでもあると捉えられている点が印象的でした。
同時に、 “私たちはノイズを取り入れる行動を起こせるのか?”という不安が生まれました 。
意識的にノイズを取り入れる、つまり長期的に得られる効果を目的として行動する、こういった行動ができる人はどれだけいるでしょうか。私も含め、多くの方は目の前の評価や数値につながる動き方に引っ張られてしまうのではないでしょうか。
三宅さんの講演を経て“ノイズの重要性”を認識し、インタビューを経て、“ノイズを取り入れる習慣を個人の実践から作る難しさ“を感じた、ということだと思います。
『意識して集めるではなく、自然と集めようとしてしまう、集めたくなってしまう、そういった環境や構造を作ることはできないだろうか』
「知る」ことを目的としやすく、ノイズを排除してしまう恐れがあるリサーチという活動を生業とする私たちだからこそ、考え続けるべき問いだと感じます。
日々の仕事や生活の中で、私たちは多くの「ノイズ」にさらされています。情報があふれ、正解が見えにくい状況の中で、何を起点に考えればよいのか、何に注目すればよいのか、「ノイズ」を取り込むことを意識すれば、ますます判断に迷うことにもなるかもしれません。 ですが、こうした「ノイズ」にこそ、問うべき“問い”の種が潜んでいます。違和感や引っかかり、うまく言語化できない感情や行動のズレが「ノイズ」にはたくさんあり、多くはむしろスルーしたい情報でしょう。しかし「わからないこと」に出会い、丁寧に向き合うことこそが、問いを生み出す力を鍛える第一歩になります。
では、「丁寧に向き合うこと」とはどのようなことをするべきなのでしょうか。それは、普段の自分の思考の起点を意図的にずらすことです。たとえば、マーケティング課題や体験設計を考えるとき、事業テーマやカテゴリーから入るのではなく、生活者の行動を表す最小単位──「動詞」から思考を始めてみる。 動詞を起点にすることで、私たちは「何について考えるか」ではなく、「人がどのように振る舞っているか」へと視点を引き戻されます。これにより、既存のフレームや前提に縛られた思考から一度距離を取り、ノイズの中にある微細な兆しや違和感に気づきやすくなるのです。
問いを生み出すには、データを整理・収束させない姿勢も重要です。動詞レベルで行動を見つめ直すと、その背後にある感情の揺れや葛藤、行動に至るまでの想像や連想が浮かび上がってきます。文脈をつくる過程で生まれる違和感や未整理の感覚を、敢えてそのまま持ちながら「問い」を回していく。それが、未来に対する生活者体験ストーリーや価値創造を生み出す出発点になると考えます。
そして、問いを立て、回すことは、答えに近づくことではなく、揺らぎを言葉にし続けることであると考えています。違和感をすぐに回収せず、反応から生じた「もやもや」を保持する。その過程で、異なる立場の視点や偶然の気づき──いわば更なるノイズを受け入れることで、思考は直線的ではなく、らせん状に深まっていきます。このような場を持つこと、また、思考の運び方そのものが、これまで見過ごされてきた価値や、新しい問いに出会うための実践的な方法論となるのではないでしょうか?
今回の探究を通して見えてきたのは、問いが生まれにくくなっている背景には、情報が増えたこと以上に、ノイズから距離を取ってきた私たちの思考のあり方がある、ということでした。効率や確からしさを優先するほど、違和感や寄り道は削ぎ落とされていきます。しかし、そのノイズこそが、立ち止まり、考え、問いを育てるための起点でもあります。
動詞探究は、そうしたノイズを排除せず、あえて抱えたまま思考を進めていく実践です。「知る」から「問う」へと重心を移すことで、これまで見えなかった生活者の体験や価値が、少しずつ立ち上がってきます。
インテージでは、体験設計を推進するCXコンサルティング部が主体となり、異業種の企業メンバーが集う実践共同体『秋葉原動詞探究倶楽部』を運営しています。ここでは、当人の意識によらず、立ち止まり、自ずと考えてしまう探究の場が、半年間にわたって設けられています。
動詞を含めて普段当たり前のように使う「言葉」を、バックグラウンドが異なる多業種の仲間と越境して掘り下げる探究は、意味の転換を支える実践であり、これからの生活者の体験設計、イノベーション創出における重要なケイパビリティになると、私たちは考えています。

Sing! Vol.3 秋葉原動詞探求倶楽部
価値観の変容を促す「探究」の意義
インテージフォーラム2024
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