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定性調査における新しいテクノロジーの活用とは?【ESOMAR Global Qualitative 2017参加報告】

2017年11月5~7日、データ・リサーチ・インサイト分野のグローバル団体ESOMARが主催する定性調査のカンファランスESOMAR Global Qualitative 2017がポルトガル北部の世界遺産の街・ポルトにて開催され、「Back to the Future」をテーマに「Back」(定性調査の伝統)と「Future」(新しい視点、イノベーション、テクノロジー等)を併せ持つ19のプレゼンテーションが発表されました。リサーチ会社だけではなく、発注側の企業や研究・学術機関からも含め31カ国から約130名の参加者たちが一堂に会し、それぞれの立場や視点から活発な意見交換がされました。

 
 

ESOMAR Global Qualitative 2017の概要

インテージからは定性ソリューションスペシャリストの星晶子が、カンファランスのプログラム委員の1人として、他の5人の委員と共に、プログラム企画・プレゼンテーションの選定・論文の査読に関わりました。カンファランスでの発表に向けて提出された80を超えるプロポーザルの中から、以下のように「Back to the Future」を様々な角度から体現するプレゼンテーションが選出されました。

【定性調査に新たな視点を取り入れていこう】昨今改めて注目されている記号論や文化人類学の視点から、「文化」を理解した上でマーケティング・アクションにつなげていった事例紹介や、瞑想のテクニックやジャーナリズムでの実践など業界の「外」から学んだ事例・提案

【組織の変革】定性調査を取り入れることにより組織がいかにConsumer-centric(生活者中心)に変革されたかといったクライアント企業の事例紹介

【古くからの問題意識を新たな視点で問い直す】共感力を高めてバイアスを排除していこうという呼びかけや、マーケティング戦略は外向的な人の世界観に沿うことが多いが、内向的な人の世界の捉え方も見ていかなくてはという問題提起

【新しいテクノロジーの活用】AI、オートメーション、VRといった新しいテクノロジーの定性調査への活用を探った実験的な取り組み

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これらの中から、本記事では、新しいテクノロジーの定性調査への活用を探った2つのプレゼンテーションをご紹介します。

数年前までは、定性調査におけるテクノロジーと言えば「オンライン(コミュニティ)」や「モバイル」が中心でした。定性調査でのオンラインやモバイル活用は、対面の定性調査では叶わなかった、時間・場所の限界を超えたり、写真や動画も含めたin-situ(使用や消費の現場・状況)を捉えたりできるといった点で、定性調査に変革をもたらしました。

一方、更に新しいテクノロジーであるAIやオートメーションの定性調査への活用については、従来手法では困難だった「スケール」(数、規模)の限界を超え、何百、何千、もしくはそれ以上の規模の調査対象者や大量の定性データへの対応が可能になるのではといった期待があります。今回は、チャットボットとオートメーション・ツールを使った実験的な取り組みをご紹介しつつ、新しいテクノロジーが定性調査にどんな価値をもたらすのかについて考えてみたいと思います。

定性調査はどこまでロボットやマシーンに頼れるか?

マーケティングの世界には、テクノロジーの進化による劇的な変化の波が押し寄せています。例えば、本サイトの「カンヌライオンズ 2017」でご紹介したように、顧客対応から広告のクリエイティブまで、AIを活用して自動化する動きが進んでいるというのはその一例です。同様に、マーケット・リサーチの世界でも自動化は大きな注目を集めています。マーケット・リサーチ業界の動向を分析したGRIT Reportの2016年第3・第4四半期版によれば、クライアント企業・リサーチ会社双方とも3分の1以上が、「自動化」について業界のゲーム・チェンジャーとなりうると回答しています。実際に、定量調査については調査業務のほぼ全行程を自動化するサービスが登場しています。

一方、定性調査の自動化はまだ実験的な段階です。定性調査では、相手の反応によって投げかけを変えたり、発言の「行間」や表情・声のトーンから微細なニュアンスや意味を捉えることが重要となります。国立情報学研究所の「ロボットは東大に入れるか」プロジェクトでも、ロボットは「意味」を見出すことが苦手であると報告されており、現時点では、たとえAI搭載であっても、マシーンやロボットに定性調査を任せることは難しいように思えます。

しかし、本当にそうなのでしょうか。InSites Consulting社(ベルギー)の「We Have Seen the Future…」によるチャットボットをインタビュアー役として使った事例と、SKIM社(オランダ)の「(Wo)Man Vs. Machine」のオートメーション・ツールを使った定性データ分析の事例から、定性調査におけるロボットやマシーン活用に向けたヒントをご紹介します。

チャットボットは、未来のオンライン定性の強い味方

~ 「We Have Seen the Future…」 InSites Consulting社(ベルギー)より ~ESOMAR-teisei2-small4.png

ここ数年の、LINEやFacebook Messengerといったメッセージアプリを使ったコミュニケーションの普及は目覚ましいものがあります。生活者の変化に対応し、オンライン定性の「場」としてメッセージアプリを取り入れ、チャットでインタビューやディスカッションを行っている例は、近年よく聞かれるようになりました。InSites Consulting社のAnnelies Verhaeghe氏とSophie van Neck氏は、こういったチャット形式の定性調査を実施する上でチャットボットをインタビュアーとして活用する可能性を探り、チャットボットが人間のインタビュアーにとって強力な味方になりうるとの見解に至りました。

まず、インタビュアーがチャットボットであることについて、調査の参加者たちの心理的な抵抗は見られませんでした。参加者たちは、人間が相手であるのと同じようにチャットボットに挨拶をしたり質問に答えたりし、チャットボットとの会話を楽しんだとのことです。

では、得られたインサイトの質はどうでしょうか。同社の従来のやり方(フォーラムと呼ばれるオンライン・ディスカッションの場)や人間のインタビュアーによるチャットと比べた結果、インサイトの質については得意・不得意があることが分かりました。

まず、インタビュアーが人間かチャットボットかに関わらず、チャット形式の調査では、ある商品の用途や消費/使用のシーンをよりリッチに詳細に捉えることができ、クライアントに対しても具体的な提案が可能になったとのことでした。例えば、ある商品をどこで飲むかという質問に対して、フォーラム形式の場合は「自宅で」「職場で」といった大まかな回答だったのに対して、チャット形式では「庭で」「打ち合わせ中に」と言うように具体的な場所やシーンが挙げられました。その理由として、参加者たちが日常的に使っているメッセージアプリ上でのチャット形式の方が、実際の消費や使用の現場に近いところで回答されているためではないかとの仮説が示されています。また、写真の投稿数も、フォーラムに比べてチャット形式の方が多かったとのことです。

一方で、人間の心理を深く掘り下げるには、現段階のチャットボットでは未熟であることが確認されました。例えば、ある商品を消費する背後にあるモチベーションやニーズについて、人間のインタビュアーと同等に深く掘り下げることはできないとのことでした。

とは言え、チャットボットをインタビュアーとして使うということは大きな可能性を秘めています。同社の取り組みでは、チャットボットを使った場合には、人間がインタビューや分析にかける時間を80%削減できたとのことです。また、1人の人間のインタビュアーが対応できる人数は限られていますが、チャットボットであれば、数千人、数万人といった規模であってもインタビューを行うことが可能になります。現段階では、チャットボットに100%お任せとはいかないまでも、人間とチャットボットがそれぞれ得意な分野で力を合わせることで、次世代にふさわしい「スマート」なリサーチが可能になるとの展望が示されました。

マシーンとのコラボで、アウトプットの質を底上げする

 ~ 「(Wo)Man Vs. Machine」 SKIM社(オランダ)より ~

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一方、定性調査の分析はどこまで自動化できるものなのでしょうか。SKIM社のSamantha Bond氏は、動画の分析にオートメーション・ツール(マシーン)を活用できるかを検証、マシーンと人間の幸せなコラボレーションの形を提案し、カンファランスのベストペーパー賞を受賞しました。

同社は、様々なオートメーション・ツールを使い、生活者が撮影した100を超える動画と発言録、背景情報の数値データを分析し作成したアウトプットについて、ダノン社の協力を得て評価を行いました。比較対象として、人間のみでレポート作成をする「人間チーム」も結成されました。

結果は、「人間+マシーンチーム」のレポートの勝利でした。まず、「人間+マシーンチーム」は、「人間チーム」の半分の時間・75%の費用でレポート作成が可能となり、費用対効果の高さが評価されました。更に、クオリティの点でも「人間+マシーンチーム」の方が高い評価を受けたことは特筆すべき点です。ダノン社によれば、両者のレポートはインサイトの深さについては同等だったが、「人間+マシーンチーム」のレポートの方が、情報が整理されていて頭に入ってきやすかったとのことでした。

マシーンによるアウトプットは、現状、人間が手を加えない限りクライアントのビジネス課題に応えることはできないものの、初期分析として用いる分には充分有効であると見なされました。マシーンが生成したアウトプット自体はデータの羅列にすぎず、例えば、テーマ分析にしても、「朝食」「朝」「時間」といったワードが頻出テーマとして挙げられるだけではインサイトにはならないとの指摘がされています。また、ツールによっては正確性にばらつきがあるとのことで、一例として、感情分析が挙げられています。以下のような複雑な文章では、マシーンではポジティブ/ニュートラル/ネガティブの判定を正確にはできないとのことでした。ESOMAR-teisei4-small2.png

しかし、マシーンによる初期分析に立脚することで、その後の人間による分析についても早い段階でフォーカスが定まり、アウトプットの質を高められるとの見方が示されました。

SKIM社は、現時点でのマシーンは行間を読んだり、個々のデータをつないで意味のあるストーリーを作ることはできず、また、クライアントのビジネス課題に合わせた戦略的な提言を行うことも不可能と結論づけています。しかしながら、マシーンの進化は日進月歩であり、今後早い段階で、マシーンがストーリーテリングまでは担えるようになるのではないかとの指摘をしています。一方で、戦略的な提言は今後とも人間の仕事として残り、人間とマシーンがコラボすることにより、スピーディに戦略的なインサイトを出すという価値を提供できるようになるとの見通しが語られました。

「定性調査は、数字に意味を与えてくれるという点で、今後とも重要です。しかし、“どうやって”定性調査が行われるかについては変化が求められるでしょう」 -Samantha Bond氏が論文の中で引用している、ESOMAR Congress 2017におけるパネルディスカッション「Market Research from a Client Perspective」でのクライアントの言葉です。効率性、スピードが求められる中で、提供するインサイトの質を落とさずにどう「スマート」化するのかという業界が直面するチャレンジに対して、InSites Consulting社とSKIM社は、人間とマシーンのコラボレーションという1つの答えを示しています。

一方で、AIやオートメーションにより、「スケール」の限界が取り払われたときに、定性調査がどのような新しい価値を提供できるのかは現時点では未知数です。オンライン・アンケートのオートメーション・ツールを提供しているZappiStoreのCEO、Stephen Phillips氏がGRIT Report(2016年第3・第4四半期版)で語っているように、自動化によって「効率化」以上のどんな付加価値を人間が生み出せるのかが、今後は問題となってくると言えます。

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