超先進層にフォーカスし、新しい価値観の兆しをキャッチするアプローチ~未来への兆しを見つけ出すforesight②
Intage 知る Galleryでは、不確実性の高い時代、質的な手法を用いて「未来への兆し」を見つけるアプローチをご紹介しています。前編では不確実性を取り込み、未来のビジネスアイディアを発想する「未来洞察」のアプローチと、望ましい未来を想像させる「問い」を投げかけ、引き出されたキーワードから、未来におけるありたい姿を導き出す手法をご紹介しました。後編では、超先進層の中で生まれた新しい価値観をいち早くキャッチし、次の時代の消費価値観を導き出す定性アプローチ「TFTK(The-First-To-Know)」をご紹介します。
関連記事:「共に未来を創る」2つのアプローチ ~未来への兆しを見つけ出すforesight(フォーサイト)(前編)~
目次
2.5%のイノベーターにフォーカスし、新しい価値観の兆しをいち早く見つける「TFTK(The-First-To-Know)」
「The-First-To-Know(TFTK)」はイギリスを拠点とするコンサルタントDr Lida Hujicが構築した、近い将来(数年後)に主流となっていく消費価値観の変化をいち早く捉えるモデルです。超先進層の間だけで共有され、まだ表出していない変化に注目します。同モデルについては、2018年にダブリンで開催されたビッグデータと定性調査のグローバル・カンファレンスESOMAR FUSIONと、2020年3月にイギリスのリサーチ協会MRSが主催したMRS Impactで発表され、非常に興味深く新しいアプローチとして関心を集めました。
TFTKは、現在でもマーケティングで広く活用されている、社会学者のロジャース氏による「Diffusion of Innovation(イノベーションの普及)」の理論(※1)をベースにしています。一般的に、イノベーションの普及理論がマーケティングで用いられる際は、「変化に対してオープンで新しいものをいち早く取り入れる人々」として、2.5%のイノベーター層と13.5%のアーリーアダプター層をまとめた16%に注目する例が多く見られますが、TFTKでは2.5%のイノベーター層を更に細分化し、そのサブグループの中で新しい価値観がどのように生まれ、伝播していくのか、その過程でどのような変化が起こるのかを明らかにしています。
Hujic氏によると、「のちに主流となっていく、消費行動に影響を与えるような新しいアイディア」は、まず2.5%のイノベーター層の中で生まれ、約10年かけて彼らの中で広まり、熟成されていくとのことです。
新しい価値観が水面下で生まれ、地上へと広がっていくプロセスには、図表1のように「地下」・「地上」それぞれで3つのステップがあり、サイクルを形成しています。
図表1
「地下」は、新しいアイディアの種が生まれ、同じ価値観を共有するイノベーターの間で共有され、成熟のピークに達するプロセスを示しています。成熟のピークに達したところで、新しいアイディアはアーリーアダプターによって発見され、商業化されて、徐々に世の中一般に受け容れられていきます。その普及の過程でそもそもの理念は薄れ、より保守的で現実的な層にも受け容れやすいものに変質していき、最終的には陳腐化して古くさくなって新しい価値観に取って代わられる、としています。これが「地上」にあたります。
Hujic氏の研究によると、地上におけるサイクルは10年サイクルで1周していて、「7」の付く年に始まっているとのことです。上記の図のように、地上で「今の10年サイクルの価値観」が動いている水面下では、イノベーターたちの間で、同時進行で「次の10年サイクルの価値観」が形成されています。2020年現在は、2017年に顕在化した新しい価値観(後述)が、マイナーチェンジを繰り返しながら生活者に広まりつつある段階です。
Hujic氏は、自身がこのイノベーター層の輪の中に入り込むことで、次世代に一般的となる新しい消費価値観の「兆し」をいち早く捉えています。また、このイノベーター層のネットワークを構築していて、彼らの考えやライフスタイル、アイディアは、商品開発やコミュニケーションなど企業のマーケティングに活用されています。
尚、「いまの時代のイノベーター」が、「次の時代のイノベーター」とは限りません。従って、このネットワークは、流動的で、常にアップデートされ続けていくものとなります。
事例:2020年における「新しい意識高い系生活者」の価値観・ライフスタイル
Hujic氏によれば、2020年現在は「New Consciousness Consumer(NCC、新しい意識高い系生活者)」の時代です。このNCCに通底しているのは、①Profit ②Community ③Environmentの、互いに関連し合う3つの価値観です。
- 「Profit」:利益至上主義やモノ重視から「人」と「地球」優先への転換と同時に、これまで「リソース」と見なされずムダになったり廃棄されてきたものを活用し収益を生み出そう、という価値観
- 「Community」:「自分さえよければよい」という風潮に抗って、お互い助け合って失われた人間的なつながりを取り戻し、人と人とのつながりを「力」にして課題に立ち向かっていこう、という価値観 ※ここでいう「Community」は、地域のコミュニティである場合も、関心や志向を共有する人々のつながりである場合もあります。
- 「Environment」: “これまでは「リソース」と見なされずムダになったり廃棄されたりしていたもの”の価値を見直し、「リソース」をより有効に、持続可能に活用していこう、という価値観
こういった価値観は、2020年現在では特に目新しく感じられないかもしれません。しかし、TFTKでは、まだNCCの価値観が地下に潜伏し、大企業や大きなブランドが目をとめる数年前から、新しい価値観や、それらをベースに生まれたさまざまなトレンドをいち早く特定してきました。日本でも、ここ数年、NCCの価値観に基づいたマーケティングや商品が世の中で一般的になりつつあり、この後数年にわたって浸透していくと見られます。
インテージでは、このNCCの価値観が、2020年現在、どのようなライフスタイルや消費行動として現れているのかを探るべく、世界各国ではロックダウン、日本でも外出自粛が要請されていた2020年4月に、イノベーター11名を対象とし、新しいライフスタイルの兆しを捉えるための調査を企画。約10日間にわたるオンラインフォーラムを実施して、自身のライフスタイルや価値観についてのコメントや動画を投稿してもらいました。
Hujic氏の構築したイノベーター層のネットワークを通じて参加を依頼した11名は、日本在住の日本人・海外出身者、海外在住の日本人のミックスで、ファッション業界や音楽業界関係者、アーティストやフォトグラファーなどクリエイティブな領域で活躍している方たちや起業家で構成されています。イノベーター層のネットワークを通じて、独立して仕事をしているデザイナーやスタイリスト、食や美容などさまざまな分野でエッジのきいたポジションを確立している方たちなどとつながっており、通常のマーケティングリサーチではリーチできない「尖った」方たちにリーチすることが可能となっています。
この調査の参加者による動画やコメントの投稿からは、上記の3つの価値観 ①Profit ②Community ③Environmentを体現する具体的なライフスタイルや行動、商品やブランドの選択基準が見て取れました。
既に日本でも一般的になりつつあるもの、最近新しいトレンドとして話題になっているものから、まだ一般的とは言えないものまで、その一部を図表3でご紹介します。
図表3
尚、上記のとおり2020年現在は、NCCの価値観が一般生活者に広まりつつあるタイミングのため、ここで紹介する価値観やライフスタイルは、「今はまだない、未来のもの」というよりは、既に出現していて、今後より一般生活者にも広まる可能性のあるものとなっています。
TFTKのモデルによれば、NCCの次の新しい価値観は2027年頃に表舞台に出てくると想定されています。NCCに取って代わる価値観とはいったいどんなものなのか。インテージも注視していきたいと思います。
参考文献
Hujic, L. (2018). THE 2.5%: Small Group – Big Influence. United Kingdom: Bubble Publishing.
画像提供:Dr Lida Hujic
※1 「Diffusion of Innovation(イノベーションの普及)」の理論:社会学者のエヴェリット・ロジャース氏が1960年代に提唱した、新しい技術やアイディアがどのように普及していくかを説明した理論。
※MarkeZine60号に関連記事を寄稿しています(「サステナビリティは日本に浸透するか “超先進層”への調査から変化の兆しを掴む」)
転載・引用について
◆本レポートの著作権は、株式会社インテージが保有します。
下記の禁止事項・注意点を確認の上、転載・引用の際は出典を明記ください 。
「出典:インテージ 「知るギャラリー」●年●月●日公開記事」
◆禁止事項:
・内容の一部または全部の改変
・内容の一部または全部の販売・出版
・公序良俗に反する利用や違法行為につながる利用
・企業・商品・サービスの宣伝・販促を目的としたパネルデータ(*)の転載・引用
(*パネルデータ:「SRI+」「SCI」「SLI」「キッチンダイアリー」「Car-kit」「MAT-kit」「Media Gauge」「i-SSP」など)
◆その他注意点:
・本レポートを利用することにより生じたいかなるトラブル、損失、損害等について、当社は一切の責任を負いません
・この利用ルールは、著作権法上認められている引用などの利用について、制限するものではありません
◆転載・引用についてのお問い合わせはこちら