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「非言語情報から仮説をたてる」(8)シングルの重層を可視化する

一人時間という瞬間

前回は長寿日本一エリアということで、川崎市の麻生区という地域を通して、とりわけ新百合ヶ丘というエリアの中で中央値を占めているセグメントである、「シングルのおばあちゃん」を具体的に可視化させるという点で、カジュアルエスノグラフィの視点を活用した。

その時の気づきの重要な点は、シングルのおばあちゃんの生活行動と、他の人達や別のセグメントとの相関がどのようなっているかということだ。もちろん、シングルの生活行動の軌跡の大半は一人時間であるが、他のセグメントとの関わり、つまり重層化がどのようになっているかという視点が大切だ。

一日一日という短い時間軸でみた場合には、一人時間の頻度の多さがシングルの特性であることは当然だが、もっと長い時間軸で一人時間の頻度をみれば、シングルはもともとシングルそのものではなかったということに至りつく。現在はシングルのおばあちゃんといえども、そもそもの時間軸をさかのぼっていけば、大半は標準世帯といわれる、2~3人の子供を育ててきた。家族を形成し、それが解体していった姿としてのシングルであり、おばあちゃんなのである。

これをいわゆる「エンプティネスト※」という。現在という瞬間から長い時間軸を可視化するという視点である。その残照のような瞬間が時折日々の暮らしの中に現れる。それが前回紹介したように、ランチタイムのシーンに出現したりする。

そして、エンプティネストの大半の時間は住居での一人時間ということになる。そこで大切なのは、現在という瞬間から長い時間の視点を入れて、見えない歴史を可視化するということでもある。

エンプティネストをめぐるモラトリアム

過去の蓄積としての子供や孫の世代との関わりの時間が現れているランチタイムのシーン、完全にエンプティネストになってしまった一人時間を過ごしている日常、それらがバスや居住空間の近接地で可視化されている。

例えば戸建ての住宅地を歩いてみると、このエンプティネストがまさに建物として可視化されている。4LDK以上ある住宅空間も、もともとは子育て期には必要であった。それが現在では大半が使われていない空間になっている。大半の部屋の窓は閉めきられたままになっており、もう一歩進むと本当に空になったエンプティネストがあちらこちらにある。もっとコンパクトなマンションや介護施設に移ったシングルおばあちゃんたち、その残影だけが残っていたりする。

これらの空間の中には、標準世帯の時代の思い出と遺物だけが残っている。独立していった子供たちの世代からみれば、この残された実家は、大半の雨戸が閉められた状態になっていようが、空き家になってしまっていようが、ある意味トランクルームになっているといっていいだろう。

言葉としては断捨離の対象にすぎないが、過去という時間軸を完全に処分することはなかなかできないのである。親の世代からも、子供の世代からも、手をつけようにもついつい手をこまねいているモラトリアムの空間と時間が流れている。

新百合ヶ丘駅からバスに乗って居住エリアをエスノグラフィしてみると、こんな見えない過去の蓄積が可視化されてくる。ある意味、過去という長い時間の流れという見えないものが可視化されている。見えないものを見るという視点、これもエスノグラフィの重要な気づきの視点なのである。非言語情報がもつことのできる視点の奥深さといってもいい。

断捨離を一面でみない

先ほども述べたが、長寿日本一エリアのシングルおばあちゃんたちは、元々シングルだった訳ではない。エンプティネストの元々の姿は標準世帯だった。シングルおばあちゃんの現状の姿から、30年以上前の標準世帯真只中の像を可視化しておくことが大切なのである。

このことは40~50代のシングルというセグメントを見る時にも、同様の気づきが重要ということになる。たとえば40代においては、そのライフステージが標準世帯形成期真只中であった社会が終わり、家族を形成せずシングルのままである生活スタイルに移っていっている。標準世帯とシングル、どちらのセグメントも多様性をもつことになったのである。過去の社会の中央値であった標準世帯から標準世帯が再現されることはむしろ少数派になりつつ、標準世帯からシングルが生み出されることになってきたのだ。とはいえ、このように形成されたシングルというセグメントも、そもそもシングルではない。大きな時間の流れを入れれば、必ず過去の標準世帯から生みだされてきたものである。

シングルというセグメントや暮らし方を見る時に、長寿おばあちゃんなのか、40~50代の選択的シングルの一人暮らしなのか、あるいは30前後の迷いシングルなのかということだけではなく、歴史的な時間軸を入れて気づきをつくる必要がある。

たとえばモノに囲まれた暮らしからシンプルな暮らしへの変化といったトレンドは、40~50代のシングルの暮らしをみていると如実に現われている。30前後ではさらに加速している気がする。

暮らしの断捨離はますます進んでいくだろう。ただ、新しい世代のシングルの暮らしのシンプルさをみるにつけ、実はその出自である実家がモラトリアム状態であったりする。このように、暮らしが重層化する社会像を、しっかりと可視化しておくことが重要である。

※空の巣。家族周期の中で、子どもが就職や結婚等により独立した後、老夫婦だけで暮らす期間。

著者プロフィール

マーケティングプロデューサー 辻中 俊樹(つじなか としき)プロフィール画像
マーケティングプロデューサー 辻中 俊樹(つじなか としき)
青山学院大学文学部卒。日本能率協会などで雑誌編集者を経て、マーケティングプロデューサーとして現在に至る。
暮らし探索のための生活日記調査を開発、<n=1>という定性アプローチを得意とする。
インテージクオリスが運営するYouTube”Marke-Tipsちゃんねる”でも、
生活者視点、n=1視点での気づきを語っている。
代表的な著作としては、
「団塊ジュニア――15世代白書」(誠文堂新光社) 
「母系消費」(同友館)
「団塊が電車を降りる日」(東急エージェンシー)
「マーケティングの嘘」(新潮新書)
最新刊は「米を洗う」(2022年3月 幻冬舎)
など編著書は多数。

青山学院大学文学部卒。日本能率協会などで雑誌編集者を経て、マーケティングプロデューサーとして現在に至る。
暮らし探索のための生活日記調査を開発、<n=1>という定性アプローチを得意とする。
インテージクオリスが運営するYouTube”Marke-Tipsちゃんねる”でも、
生活者視点、n=1視点での気づきを語っている。
代表的な著作としては、
「団塊ジュニア――15世代白書」(誠文堂新光社) 
「母系消費」(同友館)
「団塊が電車を降りる日」(東急エージェンシー)
「マーケティングの嘘」(新潮新書)
最新刊は「米を洗う」(2022年3月 幻冬舎)
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