高校生の通塾実態から「学び」を考える~生活者スナップショット番外編
目次
はじめに:生活者研究センター センター長 田中宏昌
現役大学生と取り組む夏休みの自由“探究”シリーズ第3回。インテージ 生活者研究センターでは、この夏、関西学院大学 人間福祉学部 社会起業学科の学生を迎え、インターンシッププログラムを実施しました。 このシリーズでは、プログラムを通して生まれたレポートを通し、リアルなZ世代・大学生に触れ、理解を深めることを目指します。今回は、中村友紀(なかむらゆうき)さんのレポートを紹介します。
調査は「学び」と学びにおける経済不安などの課題感をテーマに据えて進められました。高校生の学習塾の利用実態や塾に関する意識、さらには親側の考えなどを通じて、物価高、所得格差による学習機会の差といった、厳しい時代を生きるかれらや親世代の思いから見えてくる「学び」に対する本音と課題に迫ります。
1. 課題感~多様化する学習者のニーズと落とし穴
現代の教育環境は急速に変化を遂げており、学ぶことを希望する人(学習者)のニーズも多様化しています。また、希望するライフスタイルや将来なりたい職業等も学習に影響を与え、多様なバックグラウンドを持つ学習者が増えています。そのため、個々の学習者が持つ興味・関心や学習スタイルに応じた柔軟なアプローチが求められるようになりました。
しかしながら、ニーズに合わせて学習の選択肢が多様化することで、新たな課題も浮上しています。例えば、経済的負担の増加が挙げられます。多様な教育プログラムや専門性の高いコースには、しばしば高額な費用が伴い、これが学習者やその家庭にとって大きな負担となります。そのような変化に対応するためには、学びの提供者側が各学習者の特性を理解し、適切な支援を提供することが重要です。
ここからは、15~18歳の学生とその親世代を対象に行った、学習塾の利用状況や塾に対する意識などの調査結果から 、学生の学びにおける課題と学びにおける社会的環境改善へのアプローチ について探求していきます。
2. 通塾者にみる現代の学生の「学び」に対する姿勢
学習スタイルの多様化を確認するため、学習塾をはじめとした「学校以外」の学びを「学習塾(進学塾、補習塾、総合学習塾、専門塾、それ以外の学習塾) 」と捉え、通塾率について調査を行いました。
学習塾の利用有無については『塾に通っている』が17%、『通っていない』が84%となっていました。性別で見ると男性は17%が通塾、83%が非通塾、女性は16%が通塾、84%が非通塾という結果でした。
通っている塾のタイプをみると、受験対策に特化した進学塾が46%と最も多く、受験と授業フォローの両方に対応する総合学習塾が21%で2位に。3位は学校の予習・復習をサポートする補習塾が16%となっていました。英語や数学など特定の科目に特化した専門塾は2%とごく僅かでした。
男女別にみると、進学塾と補習塾については男女差が小さいものの、総合学習塾については女性の方が4ポイントほど高くなっており、受験だけなく授業のフォローもバランスよく対応している部分に好まれるポイントがありそうです。
図表1
より詳しく探求していくために、学習塾の利用目的や苦悩にクローズアップしてみましょう。
学習塾に関する考えを聴いたところ、「志望校に合格するために必要」が全体の64%(男性:63% 女性:66%)となっています。また、「成績を向上させるために必要」が46%(男性:44% 女性:49%)で続き、受験対策や学力の向上を塾の最重要役割と捉えている学生が多いことがわかります。
図表2
その一方で、「親にお金の負担をかけて心苦しい」と感じている学生も13%(男性:16% 女性:11%)存在しています。この結果は、学習塾が成績向上や受験合格を支援する場である一方で、経済的負担が学生自身に心理的な負担やプレッシャーを与えていることを示しているのではないでしょうか。
さらに、「自習室だと勉強に集中できる」という理由で通塾している学生も18%(男性:22% 女性:14%)おり、自宅をはじめとした学習環境そのものが勉強の質に大きな影響を与えていることも見逃せません。これらの結果から、塾が単なる塾講師による授業の場を超えて、学生にとって集中できる学習環境を提供してくれたり、同じ目標を持つ他の学生と机を並べることでモチベーションを高められる場としても、重要な役割を果たしていると考えられます。
「塾だと勉強に集中できるから」や「自習室だと勉強に集中できるから」といった学習する空間を目的とした塾の利用のスコアが高いのは現代の若者特有の生活習慣に起因しているのではないでしょうか。かれらはスマートフォンやSNSなどデジタルメディアの利用時間も長いことから塾や自習室はこれらの誘惑を断ち、学習に集中できる環境を提供してくれます。また、同じ目的を持つ者が集まる環境が時間管理や目標達成への意識づけをしてくれているとも考えられます。さらに家族や他者と適度な距離を保ちながら学習に集中できるパーソナルな空間が求められているのかもしれません。
3. 通塾していない学生の選択:家庭学習の充実と教育の変化
次に、通塾していない 学生について、その理由を掘り下げてみましょう。最も多かった理由は「授業や家庭学習で足りているから」で、37%の学生がこの理由を挙げています。これは、デジタルデバイスの配布などのGIGAスクール構想により、学校でも個別最適化された授業が提供され、学校教育の質が向上していることと関連している可能性があります。
図表3
また親への負担を考慮した 結果、塾へ通うことをやめている人がいる可能性にも注目したいと思います。特徴的なのが、「親にお金の負担をかけたくないから(30%)」「親に送迎など時間の負担をかけたくないから(12%)」といった回答です。冒頭で課題提起したように、これらの理由は教育費の負担を理由に学習機会の諦めが生じている可能性を示しています。 自由回答の中にあった「通いたくても、家計が苦しくて(両親に)言えない」といった言葉にはかれらの悲痛な叫びが生々しく表れているように感じました。
さらに通わない理由ごとの重なりを見ていくと「授業や家庭学習で足りている」と回答した学生のうち4人に1人(25%)が、「親にお金の負担をかけたくないから」にも回答していました。「足りている」 と言いつつも、「(親の負担を考えなければ)塾に通いたい」という本音が見え隠れしているようです。
4. 満足度から見た学習者の声に出せない気持ち
これまでの進学や通塾など、学習環境の選択に関する「自分の意見反映状況」満足度(0~10点満点)を見てみると、「H:とても満足(9~10点)」は全体で21%となっており、性別で見ると男性18%、女性23%と女性の方が高い満足度となっていました。「M:満足(6~8点)」は全体55%、性別では男性56%、女性54%となっており、男性の方がわずかに多くなっていました。一方の「L:不満(3~5点)」や「LL:とても不満(0~2点)」は全体では合わせて24%と4人に1人が自分の意見の反映程度に不満を感じているという結果となりました。
図表4
また、先の章で触れたような、「授業や家庭学習で足りている」としながら「親への負担を憂慮して通塾をためらう」とも回答する学生が一定存在しているといった違和感のある事象は、この「学習環境の満足度」と自身の学習環境に関して思うこと を尋ねた自由記述でも見られました。
回答をみると「とても満足(H)層」は約2割を占めていましたが、その中にも「高校選びの際に少し自分の意見が反映されなかった。」といった声がありました。また、過半数(55%)を占める「満足(M)層」の中にも比較的評価が高い7点を回答しつつも、「やりたいことはやらせてくれるがやりたくないこともしばしばやらされる」という声がみられ、数字では表せない部分に学生の本音が潜んでいるように感じました。
5. 親世代の視点:学習塾への期待と現実
これまで学生側の観点から現在の学習環境や意識について紐解いてきましたが、この章では親世代にも焦点を当て、子どもを学習塾に通わせる理由や期待を分析します。
通塾させている理由については、「成績を向上させるため」が53%(男性:50% 女性:56%)、「志望校に合格するため」が、46%(男性:44% 女性:49%)がこの理由を選んでいます。これらは、学生が思う塾に通う理由とほとんど同じ結果であり、やはり親子ともに受験対策が念頭にあるように思われます。
図表5
また親世代ならではの実際に家計をやりくりしているが故の特徴的なデータも見られます。「お金の負担が大きい」と答えた人は32%(男性:22% 女性:44%)見られました。学生を対象とした調査でも、金銭面や送迎などの親の負担を心配する声も見られましたが、親自身はより一層の不安や負担感を抱いていることがわかります。しかし、それでも「教育は将来への投資」という価値観のもと高額な塾代を工面している 親が多いのが現実とみることができるのではないでしょうか。
これらは利用していない理由でも同じようにみることができます。「お金の負担が大きいから」と答えた人は25%(男性:20% 女性:30%)存在していました。これらのデータや自由記述の中の「料金が高すぎるところは選択肢に入れなかった」「親としては高い授業料を払って通塾させたくないが、子供が家では集中できないと通塾を希望したので行かせている」「兄弟が多いので塾には行けないことを伝えた」といった声は、子どもを持つ親世代の苦悩を表していると言えるのではないでしょうか。
図表6
6. 「学びたい」を応援できる社会形成のために
本調査においては高校生における学習塾の利用状況や学習塾に対する認識を通じて、現在の高校生の「学び」やその環境づくりにおける課題を考えてきました。「受験・進学」という目標だけでなく英語や数学などの特定の教科を学び、徹底的に得意科目を鍛えるような専門塾の利用がまだまだ少ないことや、金銭や送迎といった親の負担に配慮しながら塾へ通っていたり、あるいは通うことを諦めたり、といった複雑な心理も浮き彫りになりました。また、負担を感じながらも通塾を後押しする親の姿も見えてきました。
昨今では、教育の無償化が国や自治体の重要な課題として活発な議論が行われていますが、「学び」における金銭的負担の軽減は「学び」の意欲向上や機会創造に強くつながるものと思います。また、コロナ禍で活用が進んだリモート学習(学びのDX)などは、親の送迎や通塾などの負担も軽減してくれるはずです。「学びたい」という気持ちを素直に表にできる社会を、そして、「学びたい」という人を力強く後押しする社会が訪れることを期待したいと思います。
私は、より良く生きるために学びの機会はすべての人に開かれたものであってほしい、と考えています。また、学びは学生だけに限られたものではなく、社会人になっても、さらにはシニア世代であっても取り組めるものでなければならないのではないでしょうか。
「学ぶ」と聞くと、ついつい学校へ通う、といった「学問的」なイメージと結びつきやすいと想像しますが、学びは「チャレンジ(挑戦)」と置き換えられると考えます。 挑戦は、個人の成長や新たな可能性を広げるものです。そして、それはかならずしも一人で成し遂げるものではなく、周囲のサポートや社会全体の理解・支援が必要な場合もあります 。また、社会全体で「挑戦すること」や「学び続けること」を称賛し、失敗を恐れずに前進できる環境を整えることも大切です。私たちが住む社会が、学びや挑戦を積極的に支援することで、より豊かな未来を築いていけるのではないでしょうか。
7. むすびにかえて
物価高、賃金や所得の格差、二極化など、私たちを取り巻く経済環境は厳しさを増しています。そうした中、子育て支援や教育の無償化は政府や自治体の重要課題となっています。また、「人生100年」と言われる時代において、学び直し(リスキリング)や生涯学習もより大切なテーマになっています。
今回の研究は高校生の「学び」に焦点をあてて、学習塾に通う目的やその裏側に潜む課題感~親への負担~などを浮き彫りにしています。「学びたい」あるいは「学ばせたい」という想いを親子相互ともに持ちながらも、現実的には「家計」といったものが両者の心に重くのしかかっていることは、日本の将来への憂慮へとつながっています。
「学びたいと思ったら、いつでもだれでも学べる社会を創造することで豊かな社会を築きたい」という中村さんの強い想いは、「学びたい」という想いを持つ人を第一に考え、環境づくりや社会的なサポートなどさまざまな形で「学ぶ体験」をデザインするという主張につながっており、インテージが考える「生活者中心のマーケティング ~Consumer Centric Marketing~」にも通じるものを感じました。
これからも中村さんに伴走しつつ、研究を見守りたいと思います。
次回は関西学院大学 人間福祉学部 社会起業学科 森藤ちひろ先生とともにインターンシッププログラムの振り返りや今後の展望などについてお届けしたいと思います。
お楽しみに。
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