
2021年にFacebook社が社名を「Meta」へと変更してから早くも4年が経ちました。当時は“メタバースこそ次の巨大市場”と持ち上げられる一方、その後はいわゆる「幻滅期」に突入したと言われ、メディアには「ブームは終わった」「メタバースは死んだ」という見出しも踊りました。しかし2025年の現在、メタバース活用の現場を丹念に追うと、逆に社会への実装フェーズが静かに加速している事実が見えてきます。
本コラムでは、前後編にわたり、メタバースの現状と、メタバースのマーケティング活用についてご紹介していきます。前編では、メタバースの定義を改めて整理しながら、自治体・企業などのメタバースのマーケティング活用のユースケースをインテージグループによるメタバース関連の取り組み事例も交えて 俯瞰し、マーケティング活動に向けたマーケティングリサーチの可能性についてまとめます。
いわゆる「メタバース」というワードは、アメリカのSF作家・ニール・スティーヴンスンが1992年に発表したSF小説「スノウ・クラッシュ」に由来するもので、SF的な概念が出自です。そのため、捉え方によって定義の仕方が異なることがあります。インテージグループでお話をさせていただく際には、「インターネット上につくられた仮想空間。利用者が3DCG空間で自分の姿をアバターに変えて、他者との交流や各種の経済活動を行える」ものを「メタバース」と定義しています。
この定義で考えれば、2000年代に一大ブームとなった「セカンドライフ」、あるいはそれ以前のアプリケーションにもメタバース的と考えられるものは数多くありましたし、その系譜は現在まで脈々と続いています。 現在、メタバースをイメージしやすいサービスとしては、VRChat、Clusterといった「ソーシャルVR」サービスでユーザーが増えていますが、マインクラフトやフォートナイト、Robloxなど、メタバース的要素を持ったゲームや、ZEPETOのようなスマホでコミュニケーションするSNSでは、それ以上に多くのユーザーを獲得しています。
2021年に当時のFacebook社がMetaに社名変更をした頃、まさに「バズワード」として「メタバース」ワードが一世を風靡しました。その後いわゆる「ハイプ・サイクル」での「幻滅期」を迎えて「メタバースは死んだ」という喧伝もされましたが、現在はその「幻滅期」を乗り越えたプレイヤーが、様々な社会実装に取り組み成果を上げ始めた状態だと考えられます。直近の我が国では、不登校支援などの教育分野や、観光を含む自治体での取り組みなどで、特徴的なユースケースが生まれ始めています。また、ビジネス面でも、自社ビジネスの本質的な価値提供にどう位置づけるか、特に若い世代とのデジタル接点の一つと捉えて、真剣に取り組む企業が増えています。
若い世代とのデジタル接点ということでは、「アメリカのティーンエイジャーの30%以上がVRヘッドセットを所有している」という調査結果を、2024年5月にアメリカの投資銀行が発表しました。
アメリカでは、VRゲーム市場が急速に拡大していると言われています。我が国でも、先にあげたマインクラフト、フォートナイト、Robloxをはじめ、VRではないものの、オンラインでコミュニケーションを取りながら遊ぶ世代が増え続けています。彼らにとってのメタバースは、ワードを意識せずともむしろ自然な遊び方なわけで、今後も関連市場は拡大していくものと思われます。
現在、我が国におけるメタバースの社会実装は、自治体や教育・医療分野に加えて、マーケティングでの活用が進んでいます。いずれも、「目新しさ」ではなく「本質価値をどう届けるか」に議論軸が移行しつつあります。以下では、代表的なマーケティング活用事例を2つご紹介します。
横須賀市は、海軍カレーやネイビーバーガーをはじめとした魅力的な観光資源を有しながらも、周辺に横浜や鎌倉といった強力な観光都市があるため、観光客を中心とした関係人口(地域に移住せず、定期的に訪れたり、イベント参加や特産品購入をする層) の獲得が課題となっていました。その解決策のひとつとして、メタバースを活用した施策に熱心に取り組んでいます。
ソーシャルVRサービス「VRChat」に、市内の「ドブ板通り」を模したワールドや、「戦艦三笠がロボットに変形したら?」をテーマとしたワールドを制作・公開するだけでなく、ワールド内でのイベントを毎月欠かさず開催しています。また、アバター向けの衣装として「スカジャン」をユーザーに無料配布するなど、VRChatのユーザーが「楽しい」「自分にとって身近な存在だ」と感じ続けられる仕組み、仕掛けを次々と実行しています。ユーザーコミュニティとの連携を軸に、来訪前ユーザーの横須賀市に対する認知度を高めるとともに、「横須賀市が好き」「横須賀市に行ってみたい」と感じるユーザーを着実に増やしています。
メタバース内で使用するアバターは自己表現のツールでもあることから、ファッション領域との親和性が高いと言えます。そのため、我が国においても、大丸松坂屋百貨店、BEAMS、ダイアナなど、数多くのアパレル企業が参入しています。
そうしたアパレル企業のひとつに「アンドエスティ」ブランドを展開するアダストリアがあります。インテージホールディングス グループR&Dセンターは、2024年3月に 同社との共同研究を行いました。その中で、アダストリアがVRChatアバター向け衣装を販売するECサイト上のショップ・フォロワーに対してアンケート/インタビュー調査を行い、メタバース・リアルでのファッションに関する行動を調査しました。
その結果は以下のグラフの通りです。まず、図1の通り、アバター衣装の購入頻度に関しては回答者の42.2%が「月2~3回アバター衣装を購入」と回答。現実世界での衣料より購入頻度が高い(図2。現実世界の同社の衣料品を「月に2~3回購入」するのは全体の10.4%)傾向が浮き彫りとなりました。
図1
図2
また、アバター向け衣装にかける金額についての回答からは、多くの対象者がアバター向け衣装に多額の費用をかけることも明らかになりました。特に、図3の通り、年間10万円以上アバター向け衣装に使う層は18.3%にものぼることが明らかとなり、同社のショップ・フォロワーがアバター衣装にも多額の支出をしていることが分かりました。
図3
現在同社では、この調査結果をもとに定期的なイベント・集会の企画を行い、ユーザーコミュニティを巻き込む形でのマーケティング活動を継続しています。
なお、本章に掲載したグラフは2024年3月の結果と、1年余り前の調査結果です。ただ、2025年2月に公開された「BOOTH 3Dモデルカテゴリ 取引白書2025」によると、BOOTHにおけるアバター向け衣装などの3Dモデルの注文件数や販売額は2024年の1年間で大きく増加しています。そのため、個人のアバター向け衣装の購入頻度や購入金額が高い傾向が現在も続いている可能性はありそうです。
前項で紹介した二つの事例は、ファンとの「コミュニティ」づくりを重視したマーケティング施策を展開し、メタバース活用に成功している例といえます。これらの事例以外にも、メタバース活用で成果を収めているケースには同様の傾向が見られます。メタバースが、コミュニケーションを軸にした「ソーシャルの拡張」である以上、これはごく自然な流れと言えるでしょう。
また、前項でも紹介のとおり、メタバースにおける生活者の消費行動は、現実世界と傾向が異なる可能性があります。すなわち、メタバース活用に成功するには、メタバース内で過ごすユーザー、いわゆる「中の人」への深い理解が欠かせません。メタバースを活用する生活者の姿を深く理解し、よりよいコミュニティ施策を実現するためには、メタバース内でもマーケティングリサーチの活用が重要といえます。
メタバースは「幻滅期を越えれば終わり」ではなく、「幻滅期を越えた先でこそ真価が問われる」フェーズに入りました。マーケティング活動では、体験設計と効果測定をワンセットで考える必要があります。
後編では、インテージグループが行ってきた、メタバースを活用した各種研究活動と、そこで得た知見についてご紹介します。
※アンドエスティメタバース、インテージホールディングス共同研究より
【調査概要】
・調査手法:インターネット調査
・対象者条件: Webサイト「BOOTH」で株式会社アダストリアのショップをフォローしている全対象者
・標本サイズ:n=268
・調査実施時期:2024年 3月4日~3月10日
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