生活者意識に見るモビリティの課題とMaaSに対する期待
※この記事は、日刊自動車新聞の“インテージ生活者インサイト”コーナーにインテージのアナリスト三浦太郎が寄稿した連載を再構成したものです。
「移動」に関する社会課題は尽きません。増え続ける交通渋滞や排気ガスによる大気汚染に悩まされる都市。公共交通機関網の縮小、人口減少・過疎化が進む地方。特に昨今では、全国的に高齢ドライバーの事故報道を目にする機会が多く、運転免許証の自主返納とあわせて議論されることも多くなっています。
インテージでは、7月に全国の自動車免許保有者1万人(20~89歳の男女)に対する調査を行い、全国の移動(モビリティ)に関する課題について、リアルな生活者の声を分析してみました。
目次
移動実態に見る強いマイカー依存
まずは移動の実態です。自動車免許保有者の、各移動方法の利用頻度を質問しました(図表1)。全国全体で見るとマイカーは週に1日以上利用する人が約7割となっており、他の交通手段と比べてマイカー移動の多さが目立ちます。
図表1
次に、生活の中でクルマをどの程度必要としているか、「クルマがないと不便/生活が成り立たない」と回答した割合を見ていきます(図表2)。トップは北関東(茨城、栃木、群馬、山梨)と北陸の94%、次いで東北88%、四国87%と続きます。最も低い南関東でも40%であり、東京(23区内)や大阪などの一部の大都市を除き、全国的なマイカー依存という実態が浮かび上がります。
図表2
一方、大都市圏である一都三県では、「クルマは必要ない」という層も21%存在していました。
この「クルマがないと生活が成り立たない」という人と「クルマは必要ない」という人は、それぞれ移動に関してどのような困りごとを抱えているのでしょうか。
クルマ必要度の回答内容を問わず、目立つのが「クルマを保有するための費用」(図表3)。7割強が高いと感じています。注目すべき差が出たのは、「運転にあまり自信はないが、自分で運転するしか方法がない」、「コミュニティバス・シャトルバスが身近にないため不便」という項目でした。自動車が不可欠となる生活環境が、移動に関する困りごとを生み出している実態が見て取れます。
図表3
運転免許証の自主返納について、どう考える?
次に、高齢ドライバーの事故報道と合わせて議論が活発化している、「運転免許証の自主返納」について、生活者の意識を見てみましょう。
昨今関心を集める高齢ドライバーですが、内閣府の『令和元年版交通安全白書』によると、免許保有率は70~74歳:69%、75~79歳:49%、80歳以上:21%となっています。『平成26年版交通安全白書』では同60%、41%、18%でしたので、高齢者の免許保有率は上昇傾向です。一方で、20代は84%から81%へと低下しています。
次に、前述のインテージの自主企画調査データから、自動車の運転頻度を年代間で比較してみましょう。80代の免許保有者のうち、実に36%が週に5、6日以上自分で自動車を運転しています。週1~2日以上まで広げると76%となります(図表4)。最も運転頻度の高い40代で、週5、6日以上が48%、週1~2日以上が74%ですので、年齢を重ねても免許保有者にしめる運転者の割合はあまり低下しないことが読み取れます。
図表4
60~89歳に対して自主返納について質問しました。「免許を返納する気はない」と回答した人は60代では約5割、70・80代では4割近くとなっています(図表5)。返納しない理由のトップ3は60~80代を通して共通し、「普段の生活で必要」、「移動手段がなくなってしまう」、「いざというときに運転できないのは不便」の順。
前述の通りマイカーに依存せざるを得ない交通状況で生活していることが、ここからも読み取れます。一方で、80代の約4割は「1~3年以内に返納」しようと考えているようです。
図表5
次に、同じく60~89歳の人に聞いた、自主返納に関する意識をクルマの必要度で比較しました。予想通り、クルマの必要度が高い人ほど免許返納が容易ではないことが読み取れます(図表6)。一方、「クルマはなくても困らないが、あったほうが便利」「クルマは必要ない」と回答した人々においても「返納する気はない」が約3割いることから、「もしもの時」のために乗れるようにしておきたいという気持ちも見えてきます。
図表6
話題のMaaS(Mobility as a Service)、生活者の期待と現在地は?
続いて、移動に関する社会課題の解決策として注目されているMaaSについて生活者の意識を調査しました。
MaaSとは様々な移動手段を統合し、マルチモーダル(多様な交通手段が横断的に選択可能)な交通体系を提供するサービスです。主にスマートフォンアプリで利用します。移動ルートの検索・予約のみならず、決済までも可能なためシームレスな移動を体験できます。既にフィンランドやドイツ、アメリカでは行政と連携した事例があり、国内でもスマート社会の実現や、社会課題解決の文脈において期待されています。
調査では、MaaSを代表的なサービス特徴に分解し、それぞれの魅力度を質問しました。まずは『多様な交通手段を合わせた「ルート」「運賃」の検索』について。注目すべきは若年層の高評価。高齢層を大きく上回っています(図表7)。スマートフォン、そして電子決済に慣れ親しんでおり、外出や旅行といった行動が活発な世代を中心に、「MaaSは自分にとってメリットがある」と受けとられていると言えるでしょう。
図表7
一方、全年代において「どちらとも言えない」回答が最大の3、4割となっています。この傾向は『ルート検索だけでなく「予約」「決済」まで行える』などの他のサービス特徴においても同様(図表8)。MaaSのイメージが具体化されるほど浸透が進んでいない、コンセプトの説明を読んでもまだ理解しづらい市場環境であると考えられます。
図表8
MaaSがもたらすインパクト~普及前夜~
国土交通省の『都市と地方の新たなモビリティサービス懇談会 中間とりまとめ(19年3月)』 によれば、MaaS発展の方向性は大都市型、地方都市型、観光地型などの5つに分類されます。
エリアによって交通手段の種類や数に違いがある中、MaaSに対する期待はどう違うのでしょうか?
「多様な交通手段を合わせたルートや運賃の検索」「ルート検索だけでなく予約・決済まで行える」「目的地周辺のクーポンなどが提供される」といったサービス特徴を提示した上で、MaaSというサービス概念全体の評価を取ったところ、意外なことに、エリア間での差はほとんどありませんでした。
では、先ほど挙げた、高齢者の移動に関する課題解決への期待はどうでしょうか?
60~89歳を対象に、MaaS(サービスコンセプトを提示)は高齢者のマイカー利用頻度および、免許返納に対する意識にどのような影響を及ぼすのかを見てみました。図表9はMaaSの特徴の一つであるカーシェア、ライドシェア利用に対する魅力度ごとに、運転機会が減ると思うかをまとめたものです。図表10はMaaSへの魅力度ごとに、運転免許証の自主返納を検討するかをグラフにしています。
この結果より、MaaSを魅力的と捉えている人は、自分自身でクルマを所有する必要がない、あるいは運転せずとも暮らしに困ることはなさそう、という意識であることが推察されます。
図表9
図表10
MaaSがまだ一般的ではなく、期待もそこまで高くない現時点でこのような結果であることから、本格的にMaaSが普及してきた際には、保有や運転に対する優先度は低下するでしょう。同時に高齢者層は、移動に対する不安や不満のいくつかをMaaSによって解消することができるかもしれません。
デジタルとモビリティの融合によって生まれるMaaSは、高齢化し、地方と都市の格差が広がり続ける日本と親和性が高いです。一方、採算面では都市型、観光型以外、つまりは過疎地型では厳しいのではないかという指摘もあります。
MaaSによって快適な移動サービスが今後広がれば、さらなる移動ニーズをよびおこし、そのニーズがMaaSで満たされるというサイクルがまわりはじめるでしょう。決済ひとつとっても、乗降車時に現金やカードを出さなくて済むという手間の削減に加え、例えば高齢者の方々の「両手が空く」状態は安全面でも優れています。また現金やカードを持ち歩く必要性が減ることはセキュリティの観点からもプラスです。
様々な交通手段が組み合わさったマルチモーダルでシームレスな移動を実現するMaaSは、移動に関する社会課題のいくつかを解消し、我々の生活やビジネスに様々なインパクトをもたらす可能性を秘めていると言えるでしょう。
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今回の分析は、自主企画のインターネット調査のデータをもとに行いました。
調査対象:全国、20~89 歳の男女
対象者条件:自動車運転免許保有者
標本抽出方法:弊社「マイティモニター」より抽出しアンケート配信
標本サイズ:n=10,539
調査実施時期: 2019年7月3日~2019年7月8日
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