新しいマーケティングのすすめ(15)
花王の広告の設計資料
この連載「新しいマーケティングのすすめ」のタイトル背景に、書籍「新しいマーケティングの実際」があることは、新しいマーケティングのすすめ(7)で説明しました。
今回は、書籍「新しいマーケティングの実際」からの気づきを皆さまにご紹介します。
この本では、当時の花王のマーケティングが実に丁寧に整理し、記述されています。記述の中には、当時の広告のオリエンテーション用資料(以後、オリエン資料)についての説明があります。取り扱われている事例は、当時、新製品として発売間もない洗剤「アタック」についてです。
広告のオリエン資料とは、社内のマーケティングに関わるメンバーや社外パートナーとなるマーケティング支援会社に対し、広告や販促を実施する商品やサービス、ブランドについて、ターゲットや伝えたいメッセージ、予算などを説明するときに用いるものです。お客さまと自社のコミュニケーションの設計資料であり、花王では昔も今も重要な資料です。
本では、「広告戦略オリエンテーション(A表)」「広告戦略オリエンテーション(B表)」 の2種類が紹介されています。
「広告戦略オリエンテーション(A表)」は、そのブランド・商品の市場状況や、マーケティング計画などが、以下の項目で記述されています。 ・ 商品名 ・ 消費生活の実態と動向 ・ 市場の実態 ・ 問題認識 ・ 商品戦略 ・ マーケティング目標 ・ スケジューリング |
「広告戦略オリエンテーション(B表)」は、具体的な広告の企画書になり、以下の項目が記述されています。 ・ 広告の目的 ・ 主たるターゲット ・ 商品コンセプト ・ 訴えたいこと ・ 表現上の希望並びに留意点 ・ 競合他社の広告実態 ・ 媒体計画 ・ その他のコミュニケーション計画 |
マーケティングは、時代とともに複雑になり、多様性との向き合いから、このオリエンテーション表が、そのまま使える可能性は低いかもしれません。しかし、上記項目は最低限整理しておかないといけないと思いますので、今のオリエンテーション資料は、これよりも項目が増えているのでしょう。
広告の設計のために調査
このオリエン資料は、マーケティング計画や、コミュニケーション計画だけを書けばよいのではありません。その計画の背景となる、「消費生活の実態と動向」「市場の実態」や「競合他社の広告実態」という、事実を述べる場所があります。特に、「消費生活の実態と動向」は、想定されるお客様の生活の観察記録です。
この本に出てくる「アタック」の事例では、家庭での「洗濯の頻度」「洗濯の時間帯」「洗濯機の種類」「洗濯方法」「洗濯する人の洗濯感」「商品使用テストの結果」が、丁寧に記述されています。これらのデータがきちんとあれば、その後に議論される、マーケティング目標の妥当性や、コミュニケーションプランの妥当性が議論できるのです。
しかし、デジタル広告の利用が増えるにしたがって、私たちマーケターは、「ターゲティング」や「刈り取り」という言葉をよく使うようになり、事前に想定顧客の理解を軽んじてしまっているように思えます。
本来、広告設計するには、お客様の観察や調査が必要なのですが、安価なデジタル広告の利用と共に、広告設計のための調査をおろそかにしてしまっているのかもしれません。このデジタルコミュニケーションのための調査については、次回の連載で丁寧に触れたいと思います。
マーケティングで活用される資料の形式を揃える
広告のオリエン資料ですが、花王の中では、今も形を変えて継続しています。その理由を2つ紹介します。
一つ目は、その商品に「本当に広告が必要なのか」という議論を行うためです。マーケターは、商品のマーケティング計画を考えるときに、広告ありきで考えます。しかし、販売を増やすために行うべきことが、広告では伝えられない場合もあります。
例えば、3日坊主対策の薬を販売することになりました。そして、その薬を1週間飲むと、3日坊主が治るという薬だとしましょう。この場合、「3日坊主の皆さん。この薬を1週間飲んでください。3日坊主がなおります。」と、コミュニケーションしても、誰にも響かないですよね。このように、実は本当に広告が必要なのかという議論は、とても重要です。
もう一つの理由は、社内のオリエン資料が統一されていることで、多くの頭脳を使える点です。会社によっては、広告ごとに説明資料も異なる場合もあるでしょう。そのメリットもあるのですが、資料の形式が異なると、最初に資料に慣れる時間が必要です。しかし、どの商品、どのブランドでも同じ形式で書かれていたら、資料に慣れる時間は不要で、すぐに「広告の議論」という本題に取り掛かれます。
このように、マーケティングで議論のために用意する資料は、形式を揃えることも重要な視点です。その形式を揃えるという時に、何が必須項目にするかという議論を行うと、マーケティングの精度も上がることでしょう。
このように、マーケティングという仕事は先輩たちの仕事に学ぶ部分もとても多いことがわかります。本連載でお伝えしている「新しいマーケティング」とは過去を否定するものではないからです。過去の学びを活かし、現在に照らし合わせて最適な形で再構築する、これが重要です。そのため、私はマーケティングに関する書籍をよく読むのです。
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