arrow-leftarrow-rightarrow-smallarrow-topblankclosedownloadeventfbfilehamberger-lineicon_crownicon_lighticon_noteindex-title-newindex-title-rankingmailmessagepickupreport-bannerreportsearchtimetw

新しいマーケティングのすすめ(3)

株式会社マーケティングサイエンスラボの本間がお届けする“「未知」の新しいマーケティングを考える”ためのコラム。本日のテーマは「マーケティングにおけるデータサイエンスとは」です。

マーケティングで活用される調査の整理

マーケティングでは数多くの調査が活用されています。郵送留置調査、訪問調査、フォーカス・グループ・インタビューなどのデジタル時代の前から行われた調査や、インターネットを利用したパネル調査、最近ではビデオ会議を活用したインタビューなども挙げられます。

このようにマーケティングの仕事の中に「調査」はしっかりと根付いています。私自身、マーケティングの中の「コミュニケーション」領域を実行することが多かったのですが、実行の前段階では、コミュニケーションプランを確認する調査を行い、終了後には効果検証のための調査を行うなど、数多くの調査を実行してきました。そして調査結果を基にさまざまな判断をし、多くの気づきを得てきました。

調査には調査手法や調査名での整理も重要ですが、その調査が使われるマーケティングプロセス別の整頓が重要と言えるでしょう。ちなみに私は、以下の3つに調査を大きく分けています。

  • 市場理解の調査
  • マーケティング実行前の調査
  • マーケティング実行後の調査

重要なのは、“この3種類の調査は調査から得られるデータの取り扱い方が全く異なる”という点です。今回はその種類ごとの目的を理解すると共に、データサイエンスの基本である「観分判」という言葉を一緒に考えていきます。

1つ目の市場理解の調査について考えます。この市場に参入すべきかどうか?参入した後の市場に大きな変化が起きていないか?を理解するための調査です。マーケティングのフレームワークで言えば、「3C分析」に分けて調査することがよくあります。私たちマーケターは、この調査で得られたデータを入念に観察します。この観察が「観分判」の最初のステップです。マーケターは、この「観察」によってマーケティング戦略を創造します。

次にマーケティング実行前の調査です。市場理解の調査の観察により考えられたマーケティング戦略と戦術が、どの程度成功確率があるのかを事前アセスメントする調査です。提示されたマーケティング戦術をどのくらいの人が受け入れてくれるのか?想定したターゲットの反応率は高いのか?想定した価格は魅力的な提案になっているか?など、創造したマーケティングが成功しそうかを「分析」し「判断」する調査です。これが「観分判」の残りのフェーズとなります。この調査では、「観察」は行わないでしょう。創造したマーケティングが成功しそうなのか失敗しそうなのかを判定し、失敗の可能性が高い場合は再度マーケティングを創造しなおします。

最後にマーケティング実行後の調査です。これは実行したマーケティングが予想通りの効果を得ることができたのか?効果が得られなかったとしたら何がその要因か?を「分析」し、次のマーケティングプランの改良の「判断」を行う調査です。

このように、マーケティングの段階で私たちは調査目的を変え、そしてそこから得られているデータの活用方法を大きく変えています。しかし近年、マーケティング業務が定型化されマーケティングを実行するプロセスにおいて、調査を実施することがマニュアル内に組み込まれていることが多いのではないでしょうか。ここで述べているマニュアルとは、調査を行うことが業務フロー上で必須になっているということではなく、〇〇調査を▲▲の手順で××する、と細かなところまで設定されている、という意図です。その結果、目的と違うデータの使い方をしてしまっているケースが多いように感じられます。例えばマーケティング実行前、マーケティング戦術の成功確率を確認したい調査であるはずなのに、市場調査と混同し、データを判定に使うのではなく観察に使ってしまう、といったようなことです。

つまりマーケティングに関する調査が単なる通過点になってしまっているのだと思います。本来であれば、調査の「質」議論や「データ活用方法」を洗練すべきところですが、調査実施自体が目的化されてしまっているのです。結果として示唆を得るべき調査業務が作業になってしまっているのでは?と危惧します。

映画「マネー・ボール」に学ぶデータサイエンス

さて、前段のデータ活用方法についてです。皆さんが「マーケティングの現場で、もっとデータを活用したい」「自分自身がマーケティング現場でのデータサイエンティストになりたい」と考えるなら、2011年公開の映画「マネー・ボール」を見てみることをお勧めします。この映画は2002年にアメリカの野球チーム「オークランド・アスレチックス」に起きた実話をマイケル・ルイスによる『マネー・ボール 奇跡のチームをつくった男』という本にまとめた内容をベースとした映画です。このチームのジェネラルマネージャー(GM)のビリー・ビーンをブラッド・ピットが演じたことでも有名です。

この映画の中で皆さんに注目して欲しいのは、映画上の役ではピーター・ブランドというデータサイエンティストです。映画上の配役と書いたのは、モデルとなった実在する本人と映画上とのキャラクター像が異なり、本人の名前の利用が許されなかったからです。実際のモデルはポール・デポデスタ(Paul DePodesta)という人物で、2021年にNFLのクリーブランド・ブラウンズのCSO(Chief Strategy Officer)を務めた人となります。このデータサイエンティストは、野球の「成否」判定を行った最初の人と言って良いと思います。

このマネー・ボールで“野球の成否”、つまり野球で相手に「勝つ」定義は、以下のようなものとされています。

「27個アウトが取られるまでに相手よりも出塁率を高くする」
…実にシンプルです。小学生にでもわかりやすく話せそうですよね。

オークランド・アスレチックスは、まず野球の成否の定義を簡単にし、数値化したことによりチームを再建できたのです。やり方は簡単。それぞれの守備ポシジョンごとに、“契約されていない”または“チームを離れようとしている”選手のリストを作ります。次に、出塁率が高い方から低い方に並べ替えるのです。さらにはその選手の契約金が低い方から高い方にも並べてみる。結果、優先順位を決定し、そのリスト上位から順番に選手にコンタクトして選手に契約を働きかけたのです。

ここで重要な示唆があります。ポール・デポデスタは複雑なデータ分析を行ったのではなく、野球の定義を簡単にしてデータ分析を簡易に行ったのです。この功績は大きく、現在では「セイバーメトリクス」という名前がつき、アメリカの各野球チームに定着しています。

ここでの私たちの学びは2つです。

1つ目は、自分たちのマーケティングの成否判定方法を持っているだろうか?という問いです。この成否判定が持てているか?のポイントは、数字でSMART(Specific, Measurable、Achievable、Related & Time-bound)に表現することができているか?です。

2つ目は、調査を行う前にその調査から得るべき結論を、事前にシンプルな言葉で定義・予想しているだろうか?という問いです。皆さんが、事前の結論定義・予想をせずに先に調査を実施し、調査の大量のデータの沼にハマって抜け出せていないのであれば、マーケティングプロセス自体を改めるべきだと考えます。

書籍「データサイエンス講義」は、データサイエンスの定義書

このことを潔く言葉にしたデータサイエンティストがいます。レイチェル・シャット(Rachel Schutt)さんです。彼女は「データサイエンス講義(Doing Data Science)」(オライリー)という本のまえがきの冒頭に「データサイエンスは、産業界に置いて新たに出現した分野であり、まだ学術的なテーマほどは明確に定義されません」と書いています。

書籍の中で彼女は、データサイエンティストがデータを入手した時にまずしなければいけないことは「探索的データ分析(EDA/Exploratory data analysis)」だとも述べています。この探索的データ分析は、何も考えを持たずにデータ分析をすれば何か答えが見つかるというアプローチではなく、先に考えを整理し、それをデータで確認するというアプローチです。

この考えは、マーケティングにおけるデータ分析でも当てはまります。「マーケティングで起きていそうなこと」や「マーケティングで行いたいこと」をデータ分析で「起きているのか」「行ったら成功しそうなのか」を確認するということです。

ところが、実際のマーケティングではどうでしょうか?膨大な調査データや公開(open)データを集めて、その中を眺めることで、何かマーケティングの戦略を見つけようとしていないでしょうか?先に述べたように、市場理解のための「観察」であれば問題はありません。しかし、いくら「観察」を行っても、そこから何か考えを想像するのは、統計や数学の範囲ではなくマーケターの思考なのです。

永遠にマーケティング戦略・戦術を考えるのはマーケターの仕事

この「データサイエンス講義」の中には興味深い文章の引用があります。ジョン・チューキーさんの言葉で、「『探索的データ分析』とは、私たちがそこにはないと信じるもの、そしてそこにあると信じるもの、それらを探すための態度であり、柔軟性のある状態であり、医師である」という文章です。

この文章は、マーケティングの現場で数多くのデータ分析を行ってきた私も、納得する文章です。数字・データは創造的な存在ではなく、過去の記録です。この過去の記録から将来を想像し、新しいマーケティングを創造するのはマーケターの仕事です。私たちが調査データなどのデータを活用する多くの場合は、新しく創造したマーケティングが、今も過去の状況と同じだと仮定した場合に成功するかを確認することなのです。

データ分析を数多く行っても、新しいマーケティングは作り出されません。思考はマーケターの仕事なのです。そして、もっと重要なことは、あなたのマーケティングの成功の定義です。マーケティングの成功の定義、そしてマーケティング戦略・戦術を考えるのは、永遠にマーケターの仕事です。そして、幸せなことに、この仕事は永遠に続きます。つまり、私たちも、正しくマーケティングを行うのであれば、永遠に働けるということなのです。

著者プロフィール

株式会社マーケティングサイエンスラボ 本間 充プロフィール画像
株式会社マーケティングサイエンスラボ 本間 充
1992年花王株式会社に入社。社内でWeb黎明期のエンジニアとして活躍。以後、Webエンジニア、デジタル・マーケティング、マーケティングを経験。
2015年アビームコンサルティング株式会社に入社。多くの企業のマーケティングのデジタル化を支援している。マーケティングサイエンスラボ 代表取締役、ビジネスブレークスルー大学でのマーケティングの講師、東京大学大学院数理科学研究科 客員教授(数学)、文部科学省数学イノベーション委員など数学者としての顔も併せ持つ。

1992年花王株式会社に入社。社内でWeb黎明期のエンジニアとして活躍。以後、Webエンジニア、デジタル・マーケティング、マーケティングを経験。
2015年アビームコンサルティング株式会社に入社。多くの企業のマーケティングのデジタル化を支援している。マーケティングサイエンスラボ 代表取締役、ビジネスブレークスルー大学でのマーケティングの講師、東京大学大学院数理科学研究科 客員教授(数学)、文部科学省数学イノベーション委員など数学者としての顔も併せ持つ。

転載・引用について

◆本レポートの著作権は、株式会社インテージが保有します。
 下記の禁止事項・注意点を確認の上、転載・引用の際は出典を明記ください 。
「出典:インテージ 「知るギャラリー」●年●月●日公開記事」

◆禁止事項:
・内容の一部または全部の改変
・内容の一部または全部の販売・出版
・公序良俗に反する利用や違法行為につながる利用
・企業・商品・サービスの宣伝・販促を目的としたパネルデータ(*)の転載・引用
(*パネルデータ:「SRI+」「SCI」「SLI」「キッチンダイアリー」「Car-kit」「MAT-kit」「Media Gauge」「i-SSP」など)

◆その他注意点:
・本レポートを利用することにより生じたいかなるトラブル、損失、損害等について、当社は一切の責任を負いません
・この利用ルールは、著作権法上認められている引用などの利用について、制限するものではありません

◆転載・引用についてのお問い合わせはこちら