

マーケティングの世界では長らく、「いかにして消費者の注意(Attention)を引くか」が最大のテーマでした。テレビCMで認知を獲得し、購買ファネルへ流し込む「AIDMA(アイドマ)」。インターネット検索の普及に伴い、能動的な探索と共有を組み込んだ「AISAS(アイサス)」。
いずれの時代も、マーケティングの起点は、企業のメッセージが消費者に「届く」こと、つまり「認知の獲得」にありました。私たちは、いかに目立つか、いかにバズるかに、莫大なリソースを費やしてきたのです。
しかし、生成AIの爆発的な普及は、この大前提を根本から覆そうとしています。「検索する」という行為すら面倒になり、AIは私たちが欲する前に「これが欲しかったんでしょう?」と差し出してくれる時代。そこでは、従来のフレームワークは機能不全に陥ります。
今回は、AIがもたらすマーケティングの構造変化を読み解き、AIDMA、AISASに代わるAI時代の新たな行動モデル「IDEA(イデア)」を提唱します。このモデルは、私が作った言葉です。みなさんも、ぜひこれを参考にAI時代のマーケティングのフレームを考えて頂ければ幸いです。
なぜ、AIの登場でこれまでの常識が通用しなくなるのでしょうか。最大の理由は、高度にパーソナライズされた「AIエージェント」の普及によって、消費行動における「認知」と「検索」のプロセスが消滅、あるいは著しく短縮されるからです。
想像してみてください。AIは、あなたの過去の購買履歴、カレンダーの予定、体調データ、リアルタイムの位置情報、そして趣味嗜好をすべて把握しています。
あなたが「週末、どこか行きたいな」とぼんやり思った瞬間、あるいは思うよりも前に、AIは先回りしてこう提案します。
「今週末は久しぶりに晴れますね。以前気になっていた〇〇高原のホテル、今なら空きがあります。最近お疲れ気味のようなので、温泉付きのプランを仮押さえしました。いかがですか?」
ここには、あなたが能動的に広告を見る「Attention」も、必死に比較検討する「Search」も存在しません。AIがあなたの潜在ニーズを先読み(予測)し、膨大な選択肢の中から最適解を提示(代行)しているのです。
消費者は面倒な情報収集から解放され、AIが提示する「最適解」を承認するだけの存在になります。これが、AI時代におけるマーケティングのパラダイムシフトです。「ブランド名」すら覚えていなくても、AIが最適な商品を運んでくる世界がやってくるのです。
「認知」が自動化され、「検索」が不要になった世界で、消費者はどのような行動をとるのでしょうか。AIDMA、AISASに続く、AI時代の新たな人間中心のマーケティングモデルとして、私は「IDEA(イデア)」モデルを提唱します。
IDEAは、以下の4つのプロセスの頭文字をとったものです。
このモデルの最大の特徴は、起点が外部からの刺激(広告)ではなく、人間の内なる「意図(Intent)」にある点、そして行動が一方通行ではなく、データを通じて循環(Adaptation)する点にあります。

では、IDEAモデルの各ステップにおいて、企業は何をすべきなのでしょうか。
これからの消費行動の起点は、明確な言語化以前の「なんとなく〇〇したい」「今の状態を良くしたい」という抽象的な意図です。
ここで広告を出しても届きません。重要なのは、消費者がその意図を持った瞬間に、AIが自社製品を想起してくれるような「データのエコシステム」に入り込んでいることです。普段から生活に溶け込んだサービスを提供し、AIが参照するデータソースの一部となっているかが問われます。
AISASにおける「Search(検索)」「Comparison(比較)」を、AIが代行します。これがIDEAモデルの核です。AIは、膨大な選択肢の中から、ユーザーの文脈に最も合う「最適解」を瞬時に絞り込みます。
マーケターにとっての至上命題は、検索順位を上げることよりも、「AIのアルゴリズムに選ばれること」になります。そのためには、製品情報が正確かつAIが読み取りやすい構造化データで提供されているか、そして何より「このユーザーにはこの商品が合う」とAIが判断する根拠となる「信頼データ」が蓄積されているかが重要です。
意思決定から購買・体験までのタイムラグは極限まで短くなります。「欲しい」と思った瞬間に、AIが購入手続き、予約、配送手配までを完了させます。
企業に求められるのは、購買プロセスの徹底的なフリクションレス(摩擦ゼロ)化です。決済の簡略化、IoTとの連携など、ユーザーが「買う」という意識すら持たずにサービスを享受できる体験設計が必須となります。
IDEAの「Adaptation」は自己とAIへのフィードバックループです。実行した結果どうだったかという体験データが、次のAIの予測精度を高めます。
一度の購買で終わりではありません。利用データから顧客の満足度をリアルタイムで把握し、サービス自体を個人に合わせて進化(Adapt)させ続ける必要があります。「使えば使うほど自分好みになる」というロックイン効果を生み出すフェーズです。

AIDMA、AISAS、そしてIDEAへ。主導権は企業から消費者へ、そしてAIへと移り変わろうとしています。
「IDEA」モデルの世界では、企業が莫大な広告費を投じて「目立つ」ことの価値は相対的に下がります。派手な広告で一時的に認知を獲得しても、AIが「このユーザーの意図には合致しない」「過去のデータから満足度が低い」と判断すれば、選択肢にすら上がらないからです。
これからのマーケティングに求められるのは、AIエージェントに「信頼できる選択肢」として認識されるための、地道で誠実なデータ戦略です。
自社の製品はAIに正しく理解されていますか? 顧客のフィードバックを基にサービスを適応させていますか? そして、顧客の「意図」を預けてもらえるだけの信頼関係を築けていますか?
「認知」の呪縛から解き放たれたとき、マーケティングはより本質的な「顧客価値の創造」へと回帰していくはずです。AI時代の新フレームワーク「IDEA」を、貴社の戦略を再考する羅針盤としてご活用ください。
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