新しいマーケティングのすすめ(7)
マーケティングは科学である
この連載では新しいマーケティングについて考えてきましたが、ここで「新しいマーケティングのすすめ」という、このタイトルに込めた私の想いを少し説明したいと思います。
私のビジネス人生は1992年4月、花王で始まりました。この年の1月1日、佐川 幸三郎氏による「新しいマーケティングの実際」という本が出版されました。佐川さんは花王のマーケティングを長く牽引した方で、「新しいマーケティングの実際」では、当時の花王のマーケティングについて、とても丁寧に記述されていました。当時はマーケティングの良書と言われていました。入社の記念に会社から1冊もらった私ですが、花王の基礎研究の部門である文理科学研究所に配属されることになっていたので、「何故、マーケティングの本を読まなければいけないのか?」と、不思議に思いながら読んだことを昨日のことのように覚えています。
当時の私は、この本から衝撃を受けました。花王のマーケティングでは多くのデータを活用し、科学的に行っていること。そして、マーケティングとはマーケティング部門だけで実行するものではなく、全社の取組みであることが書かれていたからです。
この後、自分がマーケティングの仕事をすることになるとは考えていませんでしたが、マーケティングという仕事が、私の興味とあまり遠くないことを感じました。また、会社が自分達の仕事の一部を丁寧に整理し外部公開したことに、大学の研究の進め方に近い雰囲気を感じ、敬意を感じたのです。
私はマーケティングが科学であり、「新しい」という言葉が使われていたことから、科学研究と同様に進化し続ける存在であることを併せて感じていました。このように、私は「新しいマーケティングの実際」に多くの刺激を得ていたのです。そして、この連載のタイトルを「新しいマーケティングのすすめ」とした次第です。
さて、今回は、そんなマーケティングの中にある「科学」を考えたいと思います。
アサガオの観察と消費者の観察
この連載の読者の方の中には、マーケティングリサーチャー職の方が多くいらっしゃるでしょう。この「リサーチ」という言葉には、少なからず科学の匂いを感じます。調査、すなわちリサーチは科学の基本である「観察」を多用するからです。定量調査では得られたデータを観察し、定性調査では人を観察したり、文章を観察したりします。
ここで少し「観察」の原点を振り返ってみます。小学校2年生の授業で、アサガオ観察した方も多いと思います。この授業では、アサガオを理科ノートにスケッチし、葉っぱの枚数や花の状態などを観察しました。これが「観察」を体験した最初の学習でしょう。
このアサガオ観察の時、同じクラスの友達のアサガオと、自分のアサガオには成長に差がなかったと思います。何を今さらと思うかもしれませんが、これはマーケティングにとって深い示唆があります。アサガオを自分の植木鉢に植える際、クラスみんなで同じ土を植木鉢に入れたはずです。そして先生からアサガオの種をもらい、同じ日に植えました。その後も、ほぼ同じ場所でアサガオは育てられます。クラスのアサガオの成長条件は同じなのです。
このように私たちは、科学における観察の基本をアサガオの観察から学びました。しかし、消費者・生活者の観察では、その時の多くの経験や学びを忘れているかもしれません。
例えば、商品に対する消費者調査を行う時です。「商品の購入者」対「未購入者」のグループを作り調査を行うと思います。マーケティング調査の常識では、この手法は正解です。しかし、アサガオの観察の事例を参考にすると「開花したアサガオ」対「未開花のアサガオ」に「あなたたちは、何が違うのですか?」と聞いているようなものです。アサガオと会話ができるのなら、アサガオは「育った環境が違うのです」と答えるでしょう。しかし、マーケティングの調査では、「購入者」と「未購入者」の「今」の状態を確認することが多く、「生活者」の育った環境の調査は意外と少ないのです。
私は今までの調査が間違っていると言っているのではありません。科学の基本に戻ると、今までの調査がバージョンアップできるのではないかという大胆な提案です。今までの調査は、現在の状態でしかグループ分けができていませんでした。しかし今は、デジタル技術が進化し、過去のライフログと組み合わせた調査、つまりその「人」の成長や過去の経験を組み合わせた調査が可能です。これにより、自然科学で行っている「観察」に近いことが社会科学の中でも行えるのではないでしょうか。
今まで調査の進化といえば、デジタル技術やデータのデジタル化の取組みに終始していたと思います。紙の調査をWeb調査に、対面のグループインタビューのオンライン化するなどです。これらも調査の進化ですが、もっと進化の方法はあるのだと思います。科学の基本に戻れば、マーケティングで行う調査もさまざまな進化のアイディアが出てくると思うのです。
内挿、外挿と調査、そしてマーケティングについて考える
マーケティングの中にある科学を考える際に、“調査の進化”というキーワードの他に、議論しておきたいことがあります。それは調査設計についてです。
小学生時代に戻ります。小学校4年生の理科授業で電気の仕組みの実験を行った方も多いのではないでしょうか。私の記憶を蘇らせると、単1乾電池2個と豆電球をもらい、直列と並列の違いについて実験しました。乾電池2つを直列につないだ時と並列につないだ時の豆電球の明るさを調べる実験です。並列につなぐと直列より明るくなる結果が出たはずです。理想的には2倍の明るさの違いがあることになっています。
この実験の時、みなさんの教室にやんちゃな、いや、探求心の高い科学者はいなかったでしょうか。電池2つの並列に飽き足らず、3つ4つと並列につないだ優秀な科学者です。多くの場合、この優秀な科学者の飽くなき探究心は、先生のお叱りにより実験できずに終わるのですが。
これは、マーケティングでよく使われるABテストの最初の経験です。Aパターンは乾電池2個の直列、Bパターンは乾電池2個の並列。このABテストという手法はとても平易な方法なので、広告の表現の確認や製品調査によく用いられます。しかし、このABテストには課題があります。この手法では、AとBの間の答えしか見つけられないからです。数学的な表現を使えば、ABの内挿しか分析できないのです。もし真の答えがABの外挿にあったとしても、ABの内挿の極小的な値しか発見できないのです。
つまりABテストは、実は調査の手法やパネル数よりもAとBの設定が何より重要だということになります。
この商品買いたいですか?という設問のABの設定は適切か
さて、マーケティングの話に戻ります。商品やサービスを市場に投入する前に行う調査で、以下のような質問が設定されることがあるかと思います。
Q あなたはこの商品買いたいと思いますか?(SA) 1. ぜひ買いたい 2. どちらかといえば買いたい 3. どちらでもない。 4. あまり買いたいと思わない 5. まったく買いたいと思わない |
この質問でABの設計は、「ぜひ買いたい」「まったく買いたいと思わない」となっていますが、このABの設定は合っているのか?を考えたことはあるでしょうか?
私たちの言葉の意味や価値は、時代とともに変わります。丁寧にお伝えすると、「ぜひ買いたい」という言葉は今の私たちにとって“購買希望を表明する最大値”を表しているのか?を考える必要がある、ということです。
皆さんは常日頃、マーケティング成功のために生活者を深く理解しようとされていると思います。そのためには過去の踏襲に縛られることなく、生活者の言葉をきちんと確認し、選択肢を再構築するところから始める。それくらいマーケティングは丁寧に行うべきだと考えます。
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