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生活者の価格受容性から考える「成功する値上げ・失敗する値上げ」

2022年以降、急激な円安や原油高に伴う原材料価格の高騰により値上げラッシュが続いている。消費財の値上がり実態と生活者の家計防衛術(5)で紹介したように、幅広い商品カテゴリーが値上げ対象となり、2023年9月の時点でキャノーラ油の平均価格が値上げ前の173%、小麦粉は128%、レギュラーコーヒーは124%まで上昇するなど、食品を中心に店頭での価格が上がっている。この値上げにより、生活者の行動は変化し、代替品の購入や大容量買いによるコストカット、特売品やクーポンの利用などが増加した。

一方で、この値上げの背景には、企業が利益を確保するための試行錯誤の末、避けられない決断があった。原材料価格や運送コストの高騰は、収益を圧迫し、価格に転嫁せざるを得なかったのである。だが、一定の顧客離れは覚悟の上での値上げの実施ではあるものの、値上げの幅を誤れば生活者の購買意向は大幅に低下し、競争力の喪失や市場シェアを急減させる可能性があり、利益を確保するための値上げがかえって利益減を呼ぶ結果になりかねない。そのため価格変更は、単に上昇したコストを積み上げるのではなく、競争力を維持し、収益改善を図ることができる「適正価格はどこか?」を探索することが必要といえる。常に生活者がおかれる環境が変化する中、生活者の変化をとらえた適正価格の探索が求められている。

データから「適正価格」を導く

価格変更の理想形は、値上げをしても販売量を減らさずに利益を高めることである。当然、値上げによる顧客離れをゼロにすることは難しいが、生活者の“価格受容性”を捉えた値上げを行えば、顧客離れを抑えることができる。価格受容性とは、生活者が購入するときに受け入れることのできる価格帯である。生活者には価格を上げても購買数量に大きな影響を及ぼさない受容領域があり、逆にいえば受容領域を超えた値上げは一気に購買量を減少させるリスクがある。価格受容性を捉えた価格変更であれば、販売量の減少を食い止め、利益を担保することができる。

商品の販売価格は、必ずしも一律ではない。店舗によっては、定番価格で販売されることもあれば、日常的に特売価格で販売されていることもある。この実態を表す「いつ(年月日)、どのくらいの人が(客数)、何を(商品名)、いくらで(売価)、何個(数量)売れたか」の情報を含むPOSデータから分析を行えば、各商品の販売価格と販売量の関係を明らかにでき、生活者の価格受容性の特定、それを踏まえた適正価格の探索が可能となる。

テストケースにおける価格受容性把握の重要性

この記事では、2022年に値上げを実施した加工食品Aを対象に、適正価格を探る分析をお見せしよう。分析対象の加工食品Aは、2022年に約30円の値上げを実施し、マーケットシェアが急落。その後、競合商品の値上げもあり、シェアは回復に向かったが、値上げ前の水準には戻らなかった商品である(図表1)。データは、インテージが保有する小売店パネルデータSRI+を利用し、スーパーマーケット業態を対象に加工食品Aの値上げ前3ヶ月間の日次データを用いた。

図表1

加工食品Aの金額マーケットシェアの推移

まずは、この加工食品Aの値上げが生活者の価格受容性の観点から適切であったかを、図表2の販売価格と販売量のグラフからみてみよう。X軸は実際の販売価格帯を表している。棒グラフは販売価格日数構成(%)であり、どこの価格帯でどれだけ販売されていたかの分布を表している。折れ線グラフは、1店当たりの1日の販売個数(※1)を表しており、価格帯ごとの売れ行きがわかる。

図表2

加工食品Aの販売価格と販売個数

棒グラフが一番高い価格帯が、最頻(定番)価格であり、そのときの販売個数は11.1個であった。加工食品Aは約30円値上げしたので、最頻価格が30円値上げされた場合を想定すると、販売個数は6.6個と約41%減少する可能性がある。つまり、データから、30円の値上げは販売量の大幅な縮小につながることが示唆されている。一方、最頻価格から10円までの値上げであれば、販売個数はあまり減少しないということも示されている。

次は、加工食品Aの値上げが競合の加工食品Bとの関係にどれだけのインパクトがあったかをみてみよう。競合の価格は、価格設定において重要であり、値上げによって自社商品と競合商品との価格差が広がれば、生活者は競合商品にスイッチする可能性が高まる。自社製品の販売量が減少し、在庫回転率が悪くなれば、陳列棚を競合商品に差し替えられてしまうこともある。

図表3に値上げ前の時点における加工食品Aと競合の加工食品Bとの価格差と2商品間のシェアのグラフを示した。X軸は2商品の価格差(加工食品Aの価格-加工食品Bの価格)を表している。棒グラフは図表2同様に、販売価格日数構成比(%)であり、どの価格差での販売が多かったかの分布を表している。

図表3

加工食品AとBの価格差と2商品間シェア

棒グラフの分布をみると、加工食品Aの方が全体的には高い価格で販売されているが、最も設定頻度の高い価格差は0-4円であり、値上げ前はほぼ同価格帯で販売されることが多かったとわかる。折れ線グラフは、加工食品Aの個数シェア(%)を表している。加工食品Aと加工食品Bの価格差が0-4円のとき、加工食品Aの個数シェアは83%であった。

加工食品Aが30円の値上げを行うと、加工食品Aと加工食品Bの価格差は平均30-34円に広がることが想定される。そのときの加工食品Aの個数シェアは67%であり、約16%のシェアを競合の加工食品Bに奪われることになる。この結果からも、加工食品Aの30円の値上げは、販売量の縮小につながることが示唆されている。

また、加工食品Aと加工食品Bの価格差が20円未満であれば、個数シェアはあまり減少しないが、価格差が20円以上開いたあたりから個数シェアが大幅に減少することが示されている。この結果からも販売量をなるべく落とさないためには、加工食品Aの値上げは10円が適正だった可能性が示された。

実は加工食品Aが値上げした翌月に競合の加工食品Bも値上げを実施しているのだが、図表1の通り加工食品Aのシェアがすぐに元の水準に戻ることはなかった。瞬間風速的にでも、一定の価格差がついてしまえば、シェアを失い、失ったシェアを取り戻すことは容易ではないといえるだろう。

結果として、約30円の値上げ戦略は、生活者の価格受容性、競合との価格差分布からもシェアを大きく落とすリスクがあったことがデータから予見されていた。また今回の場合、10円の値上げであれば、生活者が受け入れる価格帯であり、かつ競合との価格差も広がり過ぎず、シェアを保ちつつ利益を確保できた可能性があった。

適正価格を探り、生活者・企業の最適を目指す

不確実性の高い市場環境で適正な価格を当てることは難しい。しかし、現在のデータから推測することはできる。店頭に今陳列されている商品には販売価格のばらつきがあり、それを利用した前述の分析・シミュレーションが可能である。今回ご紹介した事例では、価格変更前のデータから値上げのリスクが示唆されていた。事前にデータから分析を行っていれば、その示唆に基づき、戦術を見直すことができたかもしれない。

図表4に示すように、我々の知見から商品には利益を最大化する目的に対して値上げ有効型や値下げ有効型があることがわかっている。例えば原価80円の「牛乳」を120円で売っていたところ、130円でも販売数量が変わらないことをデータ上で確認できれば、失敗を恐れず“値上げ”に踏み込める。一方で、120円で売っていた「牛乳」を115円で販売することで、大幅に販売数量を拡大させられることがわかれば、意図表的な“値下げ“によって利益を最大化させる手法もある。カテゴリー特性やブランド力によって利益を最大化させるパターンは様々であり、現在のデータから示唆を引き出し、生活者にとっての適正価格を見出すことが重要であろう。  

図表4

値上げ有効型分布と値下げ有効型分布

この記事はMarkeZineに掲載された寄稿記事(『生活者の価格受容性から考える「成功する値上げ・失敗する値上げ」/「適正価格はどこか?」を探る』)を再構成したものです。

※1:図表2の折れ線グラフの1店日当たり販売個数は、1日当たり1店舗当たりの販売個数を表しており、店規模を考慮するために食品カテゴリーの週販100万円あたりに標準化されている。なお、価格効果の閾値をクリアに現すために、価格が下がると販売個数が横這いか上昇するように処理を行っている。


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著者プロフィール

伊藤 俊貴(イトウ トシキ)プロフィール画像
伊藤 俊貴(イトウ トシキ)
株式会社インテージ事業開発本部DX部
2020年インテージ入社
流通業界や通信業界を中心にデータ解析業務に従事。 データ分析を通じて、生活者の実態を理解し、クライアントの意思決定をサポートしている。
趣味はサッカー観戦。

株式会社インテージ事業開発本部DX部
2020年インテージ入社
流通業界や通信業界を中心にデータ解析業務に従事。 データ分析を通じて、生活者の実態を理解し、クライアントの意思決定をサポートしている。
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