生活者の好む「組み合わせ」をAI・最適化技術と人間の評価で見つける~デザイン・マーケティング領域でのAI活用事例
様々な分野で活用が進むAI・最適化技術。マーケティングリサーチ領域ではどのような活用方法があるのでしょうか?この記事では、AIのマーケティングリサーチ活用の例として、生活者に刺さるデザインを探索する方法を紹介します。
目次
生活者の好む「組み合わせ」を決めるというマーケティング課題
生活者の好みを理解し、商品企画や商品パッケージ、プロモーションを作り上げる。こうしたマーケティングの基本的なプロセスの中で直面する課題の一つに、各要素が取り得る膨大な組み合わせの中から最適なものを選び出すことの難しさがあります。
たとえば商品パッケージのデザインを検討する場合、ターゲットとなる生活者像や商品訴求の方向性が事前に決まっていたとしても、具体的にどの情報や画像をどんなデザインテイストでどこに配置していくかなど、多くの要素の組み合わせを決める必要が出てきます。
一つ一つの要素数(たとえば商品ロゴのデザイン種類数)は数パターンであっても、複数の要素を組み合わせるとパターン数は膨大になり、また配置関係や強調する順序など新たに選択すべきことも増えます。
生活者が好む組み合わせを決めるための判断材料としては、市場調査が用いられてきました。ここで主に用いられてきた手法は、絞り込んだ数種類のデザイン案について評価してもらう定量・定性調査や、個別のデザイン要素の影響度合いを分析するコンジョイント分析などです。
ただ、これらの方法では、すべての組み合わせについて調査を実施することはできません。そのため、担当者の経験に裏付けされた肌感覚やデザイナーのセンスによって評価対象とする組み合わせを絞り込まざるを得ず、本当に生活者が好む「組み合わせ」にたどり着いたかは未知数のままであることが多くなっています。
本記事では、この「組み合わせ」の課題に対し、現在開発しているAI・最適化技術を用いて商品パッケージのデザインを探索する手法※について、事例を交えて解説します。
AI・最適化技術と人間の評価でデザイン案を「進化」させる
AI・最適化技術といっても、その種類は様々です。目的に応じて選んだり、組み合わせて使ったりします。この記事で紹介する手法では、生活者の好む組み合わせを探索するために、最適化技術の一つである「遺伝的アルゴリズム」と、近年発展した「深層学習(ディープラーニング)」を用いました。
「遺伝的アルゴリズム」は生物の進化に着想を得たアルゴリズムで、比較的昔から活用されており、新幹線N700系の先頭形状のデザインに利用されていることでも知られています。今回開発した手法でも、その「進化」の仕組みに則り、デザイン案の生成とWeb調査による評価を繰り返して、組み合わせを進化させていきます。
また、近年広く活用されているAI技術である「深層学習(ディープラーニング)」を、評価予測のために「遺伝的アルゴリズム」のプロセスの中で用いています。Web調査の評価から学習することで、より数多くの組み合わせから良い組み合わせを探索することに役立てています。
具体的な方法を図表1に示します。
図表1
(1)デザイナーが組み合わせのもととなるデザイン素材を作成する。レイアウトや各パーツの種類を数種類ずつ用意すれば、数千〜数百万通りの組み合わせが掛け算的に生成可能になる。
(2)初期生成として素材をランダムに組み合わせた数十種類の画像を作成する。
(3)Webアンケートでそれらの画像を評価して各画像の評価結果を得る。またその評価結果を深層学習の学習データとして用いることで画像の評価予測を可能にする。
(4)アンケート評価結果と評価予測を用いて次の世代の画像を生成する。生成した画像に対して再び(3)の工程を繰り返し、合計5回程度の生成とアンケート評価を経て「進化」をした画像を得ることができる。
このように人間の評価を遺伝的アルゴリズムに用いる方法は「対話型遺伝的アルゴリズム」と呼ばれています。一般的なAIのイメージは、事前に十分なデータを用意して学習させた上で、瞬時に実行するものではないでしょうか。「対話型遺伝的アルゴリズム」は、こうした一般的なAIのイメージとは異なり、いわば機械と人間の対話作業のようなプロセスを経て実行されていくのが特徴となっています。
【分析事例1】コーヒー飲料のパッケージデザイン ターゲット層が好むデザイン要素の「組み合わせ」は?
ここからは、架空のコーヒー飲料パッケージを用いて実施した調査結果をもとに、生活者の好みがどのようにデザインに表れてくるかを見ていきましょう。この事例では架空のペットボトルコーヒーの3つのデザイン方向性(クラフト風/ポップ感がある/日本語表記)をもとにデザイン素材を作成しました。背景、商品名表示、キャップ色、といったパッケージデザインの要素の組み合わせは合計で約1万通りとなります。
図表2が実施した「進化」の結果です。
図表2
まず左側の第1世代画像では、ランダムな組み合わせで生成されているために、幅広いデザインのバリエーションがあることがわかります。その中では大まかに「ポップ感がある」要素よりも「日本語表記」や「クラフト風」の要素が多いものが高評価となる傾向が読み取れます。
右側の最終第5世代では、組み合わせはほぼ「日本語表記」で占められるようになります。ここで注目したいのは上位評価の案の特徴として白の背景と北海道の地図のマークという2つの要素が共通して選ばれているところ。これは両方の要素がセットで選択された時に(1)ミルクをイメージした白の背景と産地である北海道の意味的な合致性と(2)白地に赤(えんじ色)の視覚的なコントラストの2点のインパクトが大きいためと考えられます。
このような、組み合わせならではの効果を含めて探索を行うことができる点は、従来の調査手法で実現できなかった特徴となっています。
生活者の好みの理解という視点では、回答者をターゲット層などのグループに分けてそれぞれの「進化」プロセスを追うと、その嗜好を理解しやすくなります。
先ほどの図表2は男性30代の市販コーヒー飲料購入者の回答結果を用いたものですが、比較対象として女性50代の回答結果を用いたときの上位3案と並べたのが図表3 です。
図表3
男性30代では前述の通りミルクのイメージを中心とした案が上位になっていたのに対し、女性50代ではコーヒーとミルクが混ざり合うような背景が上位に多くなっています。このような違いは両グループの「カフェラテ」というカテゴリーに持つイメージや期待する内容の違いを反映したものと言えるでしょう。
【分析事例2】国によって違う生活者の好み、パッケージデザインに反映すると・・・
複数国の海外市場に進出する場合、担当者がそれぞれの国における生活者の好みを感覚的に理解することは難しいですが、この手法を用いれば、各国の生活者の好みを反映したデザインの組み合わせを見つけ出すことが可能です。
事例としてベトナム・インドネシア・日本の3 ヵ国の生活者にアンケートを行った架空の袋麺のパッケージデザイン探索事例を紹介します。今回は「日本風みそラーメン」を上記3 ヵ国で販売すると想定し、各国の生活者の好みに合ったデザインの組み合わせを探ってみました。
デザイン素材の作成にあたっては、各国で販売されている袋麺の商品パッケージを参考にしてベトナム風/インドネシア風/日本国風の3つのデザインの方向性で作成しました。また表記言語は各国の言語に合わせました。背景やメインとなる商品名の色違いパターンを多く作成したこともあり、可能な組み合わせは約120万通りとなりました。
図表4がベトナム国内の生活者の結果です。
図表4
左側の第1世代画像では3 ヵ国の既存商品のデザインを参考にしているために幅広い色合いのデザイン案が揃っていますが、黒やオレンジや濃い赤の背景の評価が高い傾向が見られました。そして右側の最終世代に至るまでに、黒やオレンジの背景に収束しました。
また、メインの写真では丼ぶりの色は黒が優位で、背景色との組み合わせからも比較的高級な雰囲気が好まれているように見えます。商品が日本のみそラーメンであるためか、「北海道」のイメージも含め、プレミアム感のあるブランドとして受け入れられる可能性が感じられます。
図表5は各国の実施結果で最も評価が高いとされたデザイン案です。
図表5
興味深いことに黒の背景と黒色の丼ぶり写真は共通しています。少し高級感のあるテイストが北海道のみそラーメンのイメージと共通しているのかもしれません。
一方、相違点はベトナム・インドネシアの背景にはオレンジ色が含まれているのに対し、日本の背景は黒一色となっているところでした。
この点は、パッケージデザインに対する色彩感覚の違いとも考えられます。袋麺商品にカラフルな色合いの多いベトナム・インドネシアと、より落ち着いたトーンの多い日本。現行商品パッケージの色合い傾向とも一致しています。
「組み合わせ」探索の活用可能性
生活者の好みを反映したパッケージデザインの組み合わせ生成について、2つの事例を紹介してきました。デザイン以外の領域や商品仕様、広告上の訴求内容についても、多数のパターンから要素を組み合わせて構成していく場面は多く、商品開発やマーケティングの幅広い領域での活用可能性があると考えられます。
AI・最適化技術を自動化されたブラックボックスとして使うのではなく、生活者との対話のツールとして用いるところにこの手法のおもしろさがあります。
またこの取り組みにおいては、デザイン素材作成をはじめデザイナーとの協力も不可欠です。商品開発者やマーケティング担当者、デザイナーが「生活者の好む組み合わせ」という共通言語のもとで対話するためのツールとして用いるのも有用でしょう。
生活者を軸にして、今までできなかった対話やコラボレーションを実現する事例が、本手法にとどまらずAIの様々な活用によって生まれていくことが期待されます。
今回の分析に用いた自主企画調査の概要は以下の通りです。
【自主企画調査】
分析事例1調査仕様
調査手法:インターネット調査
抽出パネル:〈日本〉インテージネットモニター
調査地域:全国
対象者条件:〈共通〉普段市販飲料のコーヒーを飲む
●グループ1:30代男性(未既婚問わず)
●グループ2:50代女性(未既婚問わず)
配信回数:5回配信を実施
実施時期:2019年3月28日~4月11日
分析事例2調査仕様
調査手法:インターネット調査
抽出パネル:〈ベトナム、インドネシア〉Asia Mobile Panel
〈日本〉インテージネットモニター
調査地域:ベトナム、インドネシア、日本
対象者条件:20~50代女性 ※日本のみ30~50代女性
未既婚問わず
配信回数:各国5回配信を実施
実施時期:2019年5月23日~6月24日
※この記事はMarkeZine50号に掲載された寄稿記事(「AIとWeb調査で見つける 生活者に刺さるデザイン」)を再構成したものです。
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