多様な性自認を尊重する調査設計とは?
SDGsが目指す「持続可能な世界」は、すべての人がいきいきと自分らしく生きられる世界でもあります。LGBTsと呼ばれる人たちが、自身の性自認や性的指向を尊重され、自分らしく生きられることも、SDGsが目指す世界に含まれるでしょう。では、マーケティング調査において性別や属性を聴取する際、LGBTsや多様なアイデンティティに配慮すると、どのように設問を設計できるでしょうか。今回は、4種類の性別聴取の仕方について、比較・検討を行いました。
調査結果を読む前の予備知識
はじめに、理解しておきたい予備知識について解説します。LGBT(エル・ジー・ビー・ティー)とは、性的マイノリティの総称のひとつで、レズビアン(Lesbian:性自認と性的指向がいずれも女性)、ゲイ(Gay:性自認と性的指向がいずれも男性)、バイセクシュアル(Bisexual:性的指向が異性と同性の両方)、トランスジェンダー(Transgender:出生性や性自認を乗り越えて生きる人)の英単語の頭文字から構成されている言葉です。
今回「LGBTs」という呼称を採用したのは、LGBT以外に該当する性的マイノリティも包括した用語にしたいという意図と、一般的に知られているLGBTという用語になるべく近い形にすることで、調査対象者との用語レベルでの認識の齟齬を生まれにくくしたいという意図があります。
性別については本来、「出生性(からだの性)」、「性自認(こころの性)」、「性的指向(好きになる性)」の要素は独立しており、多様なのが実態です。
「出生性」は一般的に出生時の医師による指定で男・女に区分される自身の性であり、正確には男・女に限られませんが、現在は出生時に区分される性別が、「性別」と認識されています。
「性自認」は定義が難しいところはありますが、自身が一貫性をもって認識している自身の性であり、性自認と出生性が一致するかには個人差があります。
「性的指向」は、性的な魅力を感じる相手の性であり、性行動の趣味や性癖とは異なります。どの要素もそれぞれ男女どちらかに分かれるものではなく、個人個人でグラデーションがあるといわれています。つまり性は本来、人の数だけ存在するといえます。
本調査では、普段の生活や業務ではあまり使用しない専門用語がいくつか使用されていますが、今回は、LGBTやその他アセクシュアル(性的指向にいずれの性もない)、インターセックス(からだが男女に限らない)等を含む「性的マイノリティ(LGBTs層)」と、「性的マジョリティ(シスジェンダーストレート層)」との比較を通して、調査結果を確認していきます。なお、シスジェンダーは出生性と性自認が一致する人、ストレートはヘテロセクシュアルとも言い、自身の性自認とは異なる性を好きになる人を指す用語です。
聴取方法の評価結果
調査は全国のインテージネットリサーチモニターに対して実施しました。はじめに、調査対象者を抽出するためのスクリーニング調査を行い18万3,345名の回答を得た中で、LGBTs層の出現率は8.3%でした。
本題から逸れますが、このスクリーニング調査で非常に興味深い発見があったため紹介します。「普段のアンケートで性別を答えるとき女性か男性のどちらで回答しているか」をLGBTs層に聞いたところ、全体でほぼ9割が出生時の性別で回答していました。
ただしその中で、シスジェンダーかつ性自認と性的思考の対象が同性であるレズビアンやゲイの人については、2割程度が逆の性別を回答していました(図表2)。
図表2
レズビアンやゲイの人が出生時の性別とは異なる回答をする理由としては、彼らのパートナーに対する自身の役割が影響していると考えられます。このことから、現在の女性/男性の2つの選択肢のみでは、実態を正確に把握できない可能性も考慮すべきであることがわかります。
今回評価した性別聴取案は、図表3に示した4つの案です。P案は、男性/女性の2つのみの選択肢、Q案は、P案に「その他」を加えたもの、R案は、出生時の性別と現在の性別をたずねたもの、S案は性的指向を含めた複数選択可能な選択肢となっています。
図表3
調査では、P,Q,R,Sの4つの案について、「わかりやすさ」「自分の性別を的確に表せているか」「セクシュアルマイノリティ(LGBT等)に配慮された選択肢だと思うか」という指標での5段階評価と総合評価をしてもらった後、最後に1〜4位までの順位をつけてもらう相対評価も行いました。
図表4は「わかりやすい」「自分の性別を的確に表せていると思う」それぞれの評価結果です。
図表4
LGBTs層、シスジェンダーストレート層ともに、「そう思う」と「ややそう思う」を足しあげた結果は、R案が最も高くなりました。一方で、「そう思う」単体の割合ではP案が最も高くなりました。
LGBTs層において、ジェンダーアイデンティティ(性自認)別で見た場合(図表5)、いずれの指標もP案はシスジェンダーに比べ、トランスジェンダーで「そう思う」および「そう思う+ややそう思う」のスコアは低くなっています。
図表5
一方で、R案に対しては、シスジェンダーに比べ、トランスジェンダーにおいて「そう思う」および「そう思う+ややそう思う」のスコアが高くなりました。(図表6)
図表6
また、「セクシュアルマイノリティ(LGBT等)に配慮された選択肢だと思うか」という指標においては「そう思う+ややそう思う」を見ると、LGBTs層でS案、シスジェンダーストレート層でR案が最も高くなりました。(図表7)
図表7
各選択肢案に対する自由回答からは以下の様な傾向が見られました。
【LGBTs層】
Q案:「わかりやすい」「選択しやすい」の意見が多数
R案:「LGBTsに配慮されている」という意見があるものの、「わかりづらい」「面倒」と感じる声も
S案:選択肢が複数あることで選びやすさを感じる人と「細かすぎる」や「複雑」と見る人に分かれた
【シスジェンダーストレート層】
P案:「2つしか選択肢がないのは配慮が足りない」という意見や、Q案のように「その他」「答えたくない」といった選択肢を追加するべきという声が多数
Q案:「わかりやすい」「LGBTsに配慮されていてよい」という意見が多く見られた一方、「“その他”は排他的、雑、失礼である」との意見も
R案:「わかりやすい」「LGBTsに配慮されていてよい」という意見が多数
S案:配慮されていると感じる一方で、回答しにくいという意見が多数。
さらに「性的指向まで踏み込む必要性が感じられない」という意見も。
最終的な総合評価は、いずれの層もR案の評価が高い結果となりました。
配慮とわかりやすさの両立が必要
個別評価、総合評価から、R案はLGBTs層への配慮という点も鑑みると今後改良の余地はあるものの、提示した4案の中ではベストであると考えられます。ただし、以下の3つの点についても理解しておく必要があります。
まず、「性別聴取のわかりやすさ」という観点からすると、「そう思う」については、P案の評価が最も高くなること。これまでのアンケートにおける性別聴取はP案の方法が主流であり、聴取方法への慣れが大きく影響したと考えられます。
次に、「自分の性別を的確に表せていると思う」という観点では、LGBTs層の中でも、シスジェンダー(レズビアン・ゲイ)においてはP案の評価方法の「そう思う」が高くなること。セクシュアリティ(性的指向)やジェンダーアイデンティティによって評価は違うということに留意が必要です。
そしてR案についても、総合評価で「よくない」と回答した人が1割程度存在すること。他の案よりは低いとはいえ、全員が評価しているわけではないということです。実際、今回のR案の選択肢においても、我々が使用した「違う」という表現が、R案に否定的な評価を与えている可能性があり、今後、再検討する必要があります。
自由回答を見ても、選択肢の表現に対して「当事者にとっては判別されていると感じられる」という意見が見られました。その他、リテラシーレベルによる設問の理解度の違いなど、現状では様々な懸念点があります。
最後に、LGBTs層に対して他にどのようなことに配慮すべきかを捉えるため、「性別の質問以外で回答しにくかった質問」について聞いた結果を紹介します。
「恋愛対象」「未既婚」「同居している人」に関する質問が多く、いずれも、ヘテロセクシャルであることや、法律婚、同居家族を前提とした上で作られた設問であることが見て取れます。設問やその選択肢の表現が対象者を傷つけるものであってはならず、「当たり前」であった前提を見直すためにも、調査を行う側がLGBTsに対する理解を深めていくことは重要となります。また、これはLGBTsだけではなく、「今を生きるすべての人」が対象であることも忘れてはならないことです。
インテージでは引き続き、多様なアイデンティティへの配慮と同時に、アンケート回答者全体に対してのわかりやすさ、回答のしやすさも考慮しながら議論を深めていきたいと考えています。
調査設計:
シスジェンダーストレート層は、従来の性別聴取はしないため、割付は登録情報ベースで行い、性年代別15歳から69歳の10代きざみで均等割り付けし、各セル100名を回収目標とした。
※この記事はMarkeZine59号に掲載された寄稿記事(「LGBTs、多様な性自認を尊重したマーケティング調査設計」)を再構成したものです。
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