先端技術で進化するマーケティング・リサーチ②~生体反応を用いた消費者の感性評価
はじめに
先端技術部のアフィカと申します。生体反応や反応時間などを用いて、生活者の無意識的な部分を捉えるための研究や調査を担当しています。
前回は、一般的に生体反応や行動データがどのようにマーケティング・リサーチに役立つのかをご紹介しましたが、今回はインテージで実際に使用している技術や事例をより具体的に伝えたいと思います。
感性と状態評価
ヒトは、自分の体験や思考プロセスをすべて把握し、周りに説明することは難しいとされています。それには様々な理由がありますが、無意識的に処理されている情報があることや部分的にしか記憶していないこと、体験していること自体が複雑で言葉でうまく表現できないことが考えられます。そのため、生活者をより包括的に理解するためには、客観性に優れており、無意識的な反応を捉えることができる手法の活用が有効であると期待されています。
インテージでは、生体反応計測や行動計測を従来のマーケティング・リサーチ手法と組み合わせて、短期的なアプローチと長期的なアプローチの2つのアプローチを駆使し、生活者全体をより理解することに取り組んでいます。短期的なアプローチは、脳波やアイトラッキングなどの手法を使用して、呈示している情報の認知・理解のしやすさや快・不快感などといった消費者の感性を評価します。取得するデータの質を担保するために、一人当たり、1~2時間程度の会場テスト形式で調査を行います。一方、長期的なアプローチでは、軽量で扱いやすいウェアラブルデバイスを用いて、消費者の日々の状態である歩数や睡眠時間などを評価します。ホームユーステスト形式で数か月にわたりデータを取得することが多いです。
短期的な感性評価でよく使われる手法と活用例
今回は、上記で紹介した2つのアプローチの内、短期的なアプローチで一般的に良く活用されている手法やその応用に焦点を当てて、詳しく説明したいと思います。
●脳波計測
ヒトの脳から生じる電気活動を電極等で記録したものを、脳波(Electroencephalogram, EEG)と呼びます。脳波の計測では、ヘッドセットなどを用いて頭皮に電極を接触させます。この電極を通じて、情報伝達の役割を担う神経細胞であるニューロンの活動から発生した電気信号を計測します。脳波計測は医療現場などで脳内血流動態の計測に用いるfMRIと違い、脳の奥深くまでの情報を計測することはできませんが、使いやすさやデータを細かく計測できる点では優れています。脳波から計測された指標を用いて、認知負荷や接近・回避反応などをある程度定量化することができます【1】。Barnettらが行われた研究では、13本の映画予告編をみた58人の脳波活動を用いて、映画予告編のタイトルや内容などの自由想起率と映画の売り上げを予測することが可能であることを示しました【2】。
●脈波計測
心臓が血液を送り出す際に血管の容積が変化します。この変化を波形としてとらえたものが脈波です。脈波の測定には近赤外線が用いられます。近赤外線は、血液中のヘモグロビンにより吸収されます。ヘモグロビンの量は血液の量と比例すると考えられるため、光の吸収量より血液容積(血管収縮・拡張)が推定でき、この信号から心拍数や他の心拍変動指標を計算することができます。心拍変動指標は交感神経と副交感神経の両方の影響を受けていることが知られており、感情やストレス推定などを行うのに使われています【3】。一例として、Robertoらの研究では気持ちを落ち着かせる写真とそうでない写真を使い、50人を対象に実験を行ったところ、心拍変動指標はストレスを推定するには有意であることがわかりました【4】。
●発汗活動計測
発汗には2種類あり、運動後などの体温調節のための発汗と、感情の高まりなどの心理的要因による発汗に分けられます。後者の発汗活動は、電極を手または足に貼り、精神的な変化によって微量に分泌される汗による、電気活動の変化を計測することでとらえることができます。この活動は脈波とは異なり、交感神経の影響しか受けないとされているため【3】、感情の変化には敏感ですが、発生した感情がポジティブなものかそうでないのかを区別することは難しいとされています。そのため、発汗は他の生体データと組み合わせて使われることがあります。2016年の研究では、47人の対象者の様々な生体反応を用いた広告効果スコアの予測が行われ、発汗と心拍変動の指標を用いた結果は、他の生体反応を用いたモデルよりも高い精度を示しました【5】。
●アイトラッキング
アイトラッキングは眼球の動きや位置情報を計測し、これらのデータを解析する手法のことを指しています【6】。解析した結果から、対象者が「どこを見ているのか」、「どの順番で見ているのか」や「どれぐらいの時間見ているのか」などの情報を得ることができます。計測手法にはいくつかありますが、使いやすさでいうと眼鏡型アイトラッキング機材に搭載されている「赤外線カメラを用いる手法」やウェブカメラでも実施可能な「映像解析を用いる手法」を選ぶことが多いです【7】。また、計測対象としている眼球運動はいくつかの種類に分類されますが、マーケティング・リサーチではサッカードや停留点が主に使われています。サッカードは高速度な眼球運動のことで周辺を素早くスキャンする機能を果たします【8】。対象物体をじっと見ている場合でもサッカードは止まることなく、特定の範囲内で動きます。このようなサッカードの集まりが停留点として計測されます【9】。停留点の数や停留の長さは情報処理や認知処理にかかわっており、停留点の数が少ないパッケージは情報検索がしやすいと考えられています【8】。
先端技術部での活用例
私たち、先端技術部では、上記で述べた生体反応の応用や有効性についての研究や検証を行っており、その結果をここでいくつかをピックアップし、紹介したいと思います。
●生体反応からの「記憶に残る刺激」の判定
この研究では、広告のクリエイティブが見た人の記憶に残るかを、生体反応を用いて判別できるのかを検証しました。54人の参加者に8本の動画を見せながら、脳波や心拍を計測し、その動画に関するアンケートを1週間後に聴取しました。分散分析の結果、脳波の指標の1つであるガンマ波は、記憶に残る刺激を見ているときの方が記憶に残らない刺激を見たときよりも有意に低いことがわかりました。また、記憶スコアを予測する際に、脳波と心拍変動を組み合わせた場合、脳波のみを用いたモデルよりも高い精度を示しました。この研究はまだいくつか課題はありますが、生体反応から広告が記憶に残ることが精度よく検証することができれば、調査時間の短縮やより定量的に広告を評価することが可能であることを期待できます。詳しく知りたい方はこちら
●ウェアラブルデバイスでの感情の取得
この研究では、ウェブカメラやリストバンド型のセンサーなどの簡易的なデバイスで取得可能な生体反応を用いて、感情の高まりやポジティブまたはネガティブ的な感情を予測することを目的としました。26人の参加者に様々な感情を喚起するための9本の動画(ホラーから可愛い動画まで)を見せ、表情、脈波や発汗を計測しました。感情の高まりは表情のみでもある程度予測できましたが、ポジティブな感情なのかネガティブな感情なのかを予測するには発汗の指標と組み合わせることが必要であることがわかりました。まだ足りないところはありますが、感情をより定量的に計測できることにつながると思います。詳しく知りたい方はこちら
おわりに
本記事では、短期的な感性評価に用いるいくつかの生体反応の特徴を簡単に述べ、先行研究やインテージで取り組んでいる研究を通じてマーケティング・リサーチの分野における具体的な応用事例を紹介しました。
次回は長期的なアプローチを詳しく見ていきます。
インテージ先端技術部について:
先端技術部では、データサイエンス領域の知見を活かして、社内外のビジネス課題の解決に向けた先進的技術の活用研究を行っています。データサイエンス・人工知能(機械学習・自然言語処理)を専門とするメンバーが複数在籍しているほか、行動科学・神経科学の実務応用経験を持つメンバーも在籍しており、課題に対する多角的なアプローチが可能です。
参考文献:
【1】Dr. Thomas Z. Ramsoy,(2015) Introduction to neuromarketing & consumer neuroscience, Neurons Inc Aps,
【2】Barnett, Sam & Cerf, Moran. (2017). A Ticket for Your Thoughts: Method for Predicting Content Recall and Sales Using Neural Similarity of Moviegoers. Journal of Consumer Research. 44. 160-181. 10.1093/jcr/ucw083.
【3】三宅普司, 商品開発・評価のための生理計測とデータ解析ノウハウ~生理指標の特徴、測り方、実験計画、データの解釈・評価方法~, (株)エヌ・ティー・エス, 2017.
【4】Roberto Zangroniz, Arturo Martinez-Rodrigo, Maria T Lopez, Jose Manuel Pastor, Antonio Fernandez-Caballero, “Estimation of mental distress from photoplethysmography,” Applied Science MDPI, 2018.
【5】Colomer Granero, A., Fuentes-Hurtado, F., Naranjo Ornedo, V., Guixeres Provinciale, J., Ausín, J. M., & Alcañiz Raya, M. (2016). A Comparison of Physiological Signal Analysis Techniques and Classifiers for Automatic Emotional Evaluation of Audiovisual Contents. Frontiers in computational neuroscience, 10, 74. https://doi.org/10.3389/fncom.2016.00074
【6】Bialowas, Sylwester & Szyszka, Adrianna, “Eye-tracking in Marketing Research,” 2019.
【7】Singh, Hari, “Human Eye Tracking and Related Issues: A Review.,” International Journal of Scientific and Research Publications. 2. 1-9. , 2012.
【8】蜂巣 健一, “次世代ナチュラルユーザインタフェース『視線入力』,” 映像情報メディア学会誌, 68 巻, 8 号, p. 636-641, 2014.
【9】Bryn Farnsworth, “iMotions Blog,” 08 01 2019. [Online]. Available: https://imotions.com/blog/types-of-eye-movements/. [Accessed 04 12 2020].
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