先端技術で進化するマーケティング・リサーチ③~ウェアラブルデバイスを用いた生活者の状態評価~
はじめに
先端技術部の小林春佳と申します。生活者の行動を科学的に明らかにすることをテーマとして、現在はIoTデバイスなどの機器を使って実環境のデータを長期的に収集し、生活者の実態把握のためのデータ分析を行っています。
生活者を理解するためには、表面に現れていない生活者の行動、態度、無意識の認知などを捉える必要があり、調査対象者が認識している意見や想いなどの主観的データのみに留まらず、客観的なデータの収集が不可欠だと考えています。
インテージでは、客観的なデータの収集に“短期的なアプローチ”と“長期的なアプローチ”の2つのアプローチで取り組んでいます。前回の記事では、主にそれぞれのアプローチの手法を解説しました。この記事では、2つのアプローチが一般的にどのような目的の調査に適しているかを、手法のメリット・デメリットと合わせて解説します。 さらに、長期的なアプローチにフォーカスし、その重要性や期待をお伝えしつつ、インテージの具体的な取り組みを紹介します。
短期的なアプローチと長期的なアプローチの特徴
短期的なアプローチでは、脳波やアイトラッキングなどの手法を用いて速く変化する生活者の態度や無意識の認知を捉えることが可能です。このため、クリエイティブ評価や製品評価と相性が良いと考えられます。例えば、広告評価やパッケージ評価、乗り物やWebのユーザービリティの調査が例として挙げられます。
調査時間が短いため、やや拘束性がある装置を付けた調査でも、対象者負荷を抑えることができます。(負荷の感じ方には個人差があります。)このような装置を用いる際は、環境要因をコントロールするために会場調査が主となります。調査員が装着サポートを行ってデータの収集を行うため、精度の高いデータを収集できることもメリットの1つです。一方で1度に大人数の実施が難しく、また可動性が低いため、移動を伴うような調査には適さないデメリットがあります。
長期的なアプローチでは、ウェアラブルデバイスなどを用いて、ゆっくり変化する生活者の行動や態度変容を捉えることが可能であり、効果測定や行動観察との相性が良いと考えられます。一定期間の使用や服用を伴う製品評価、特定の対象者の実態把握の調査が例として挙げられます。
“長期”の期間の捉え方は様々ですが、当社で行っている長期的なアプローチは、調査期間が1週間~4ヶ月程度のことが多くなっています。一般的なマーケティング・リサーチの手法と比較すると長く、研究としては短めの期間設定です。
従来は装置を用いた長期的な調査が困難でしたが、ICT(情報通信技術)の進化によって、小型かつ軽量で装着負荷が低く、メンテナンスが簡単で耐久性も高い装置が流通するようになったため、長時間装着し続けた調査が可能となりました。(負荷の感じ方には個人差があります。)また、取得したデータは、クラウド上に保存され、インターネットを利用してデータを遠隔で収集できるようになりました。
装置を伴う長期的な調査では、安価な装置であれば、複数人から同時期にデータを収集することが可能です。また、小型・軽量化されたことで装着したまま自由に動くことが可能になり、継続的に対象者の行動や状態を計測でき、日常生活を通してデータを収集できることがメリットです。一方で、装置の取り外しが対象者に委ねられるために対象者の意思で調査が中断されてしまったり、正しく装着できなかったり、対象者が自分で装置の設定ができなかったりといったことが原因で、調査データの欠損が生じてしまうことがデメリットとしてあります。
以上の短期的なアプローチと長期的なアプローチの特徴を理解することは、調査設計を立てる上で役立つと思います。
進化する長期的な状態評価
従来の長期的な状態評価のためのリサーチや研究では、特定の対象者を一定期間継続的に追跡し、いくつかの時点で測定や聴取を行って変化を捉える縦断研究(Longitudinal Study)と、日記形式で消費者の活動や意識を継続的に調査する日記式調査が採用されてきました。縦断研究の中には、特定の一定集団を設定し、長期間観察するコホート研究や追跡研究が含まれます。一定期間に渡ってデータを収集することで因果関係を示唆する結果を得られる可能性が高くなります[1]。
日記式調査は、記録したい活動が発生した場合にのみ記録する場合と、定期記録するときに活動の発生内容を報告する場合の2種類の方法があります[2]。どちらの方法でも経時的に記録することは、対象者にとって負荷が高いため、単発のアンケート調査よりも回答率が低くなる傾向が見られます。また、調査期間中の管理コストも高いこともデメリットとして挙げられます。
このような日記調査の課題に対して、ICTを活用することで低減される可能性があります。イギリスの研究結果によると、Webアプリを使用した日記式調査と手書きの日記式調査のどちらも同品質の結果が得られることが明らかになりました。加えてWebアプリを使用することで記録したい活動とコンテキスト情報が手書きの日記式調査に比べて多く収集できました。[3]
ICTの活用により、従来の日記式調査のデメリットを解消するだけでなく、新たな価値が加わりつつあります。まずWebアプリを使用することで、日記や写真、動画も同時に記録することができるようになりました[4]。これにより、回答の詳細を簡易かつ具体的に伝えることが可能となりました。他にもスマートフォンアプリを使用した日記調査の拡張にGPSを加え、対象者が回答する内容の詳細な場所を明らかにすることを目的とした研究[5]や、加速度センサーを腕に付けて身体活動をリアルタイムで計測し、調査開始前に対象者が設定した運動の計画にどの程度当てはまっていたか客観的に明らかにすることで、計画と実施のずれを詳細に記録することができる仕組みの開発[6]など、日記調査と客観的なデータを結び付けた取り組みが始まっています。
デジタル化による社会の変化と当社の長期的な状態評価への挑戦
2015年に経済産業省は、CPS(サイバーフィジカルシステム)によりデータ駆動型社会の到来を見据えたレポートを取りまとめました[7]。このレポートでは、デジタルデータの収集、蓄積、解析、解析結果の実世界へのフィードバックが社会規模で可能となり、実世界とサイバー空間の相互連関が生まれ始め、新たな社会変革が始まることが示唆されています。
CPSが産業や社会にもたらす影響は「実世界とサイバー世界の相互作用による高付加価値化」だと言われています。この「高付加価値化」は2つのことを示しています。1つめは、新たな付加価値の創造です。ユーザーの個別ニーズに低コストで対応できるようになり、製品・サービスの提供決定の主導権はユーザーに移行し、付加価値の創出がユーザー・ドリブンで行われるようになるとされています。2つめは、情報を活用した新たなサービスの可能性です。質・量の両面で拡大し、モノからサービスへと付加価値の源泉が大きく移行していく可能性が示されています。
当社では、これらの新たな付加価値を生みだしていくために、既存のマーケティング・リサーチに留まらない手法の開発やサービスの提供が不可欠だと考え、ICTを活用した生活者のリアルデータ収集・蓄積・解析に挑戦しています。ここで、ひとつ具体的な取り組みを紹介します。
日常生活下における行動データの収集-ウェアラブルデバイスを用いた実験-
この研究は、日常生活で日々変化する生活者の行動データを客観的かつ経時的に収集する方法論と取得データの活用可能性を検討するために行いました。 行動データの計測はFitbit Charge3を対象者に配布して実施し、「移動距離」、「座位時間」、「歩数」、「睡眠効率」、「睡眠時間」、「横たわっていた時間」といったデータを収集しました。対象者からは、1か月(28日)間のアンケート(日々の気分など)やお買い物データ(買い物ごとの購入商品・購入金額・購入チャネルなど)のデータも収集し、行動データとの関係性を分析しました。
結果として、今回採用したFitbit Charge3とアンケート調査を組み合わせた実験手法で、毎日約80%の参加者から行動・アンケートデータを収集することができました。また、本実験手法は、参加者に負担が少なく、継続意向が高いことが示されました。この結果から、ウェアラブルデバイスを用いた今回の方法論で十分なデータを収集できる可能性があります。
次に、行動データと購買の関係性を分析しました。取得した行動データの各種において、個人平均値より数値が高い日、低い日の2組に分け、食品の10カテゴリーの商品購入数に有意差があるか検定を行った結果、アルコール飲料、冷凍食品、麺類、菓子・つまみ類、冷菓類の5カテゴリーで有意差が認められました(図表1)。
図表1
回帰分析の結果を加味すると、座位時間が長くなる、もしくは睡眠時間が短いと、食品・主食・麺類の購入数が増える傾向があることが明らかになりました(図表2)。
図表2
この結果から、購買の理由を行動データから裏付けできる可能性があり、生活者理解や利用シーンの発見・深堀などへの活用が期待されると言えそうです。詳しく知りたい方はこちら。
おわりに
この記事では、進化する長期的な状態評価の事例として、先行研究や当社が取り組んでいる研究を紹介しました。次回は、CPSによるデータ駆動型社会の概念図でも紹介されているIoTやビッグデータ解析について解説したいと思います。
[1] Institute for Work & Health, 2015, Cross-sectional vs. longitudinal studies
https://www.iwh.on.ca/what-researchers-mean-by/cross-sectional-vs-longitudinal-studies
[2] Kim Salazar, 2016, Diary Studies: Understanding Long-Term User Behavior and Experiences, Nielsen Norman Group
https://www.nngroup.com/articles/diary-studies/
[3] Stella Chatzitheochari et al. 2017, Using New Technologies for Time Diary Data Collection: Instrument Design and Data Quality Findings from a Mixed-Mode Pilot Survey, Soc Indic Res.
[4] Wildemuth, Barbara (2016). Applications of Social Research Methods to Questions in Information and Library Science, 2nd Edition. Santa Barbara, CA: ABC-CLIO. p. 230. ISBN 9781440839047.
[5] A. Elevelt et al. 2019, Where You at? Using GPS Locations in an Electronic Time Use Diary Study to Derive Functional Locations, Social Science Computer Review [6] Matthew T Stewart et al. 2021, Using a Mobile Phone App to Analyze the Relationship Between Planned and Performed Physical Activity in University Students: Observational Study, Published on 29.4.2021 in Vol 9, No 4
[6] Matthew T Stewart et al. 2021, Using a Mobile Phone App to Analyze the Relationship Between Planned and Performed Physical Activity in University Students: Observational Study, Published on 29.4.2021 in Vol 9, No 4
[7] 経済産業省, 2015, 中間取りまとめ~CPSによるデータ駆動型社会の到来を見据えた変革~」
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