
前回の連載では、「生成AIを活用した定性調査の分析」の検証結果について、ご紹介しました。定性リサーチャーの私も生成AIの実力に驚き、今後、定性調査において生成AIの活用が進んで行くのではないかと期待しているところです。そこで、連載最終回となる今回は、検証の結果を振り返りながら、定性調査の分析・レポーティングの中で、生成AIに早々に任せられるようになりそうな領域を考察します。前回の連載内容を踏まえた記事になりますので、まだお読みでない方は、ぜひ前回連載の「生成AIは人間リサーチャーのレポートにどこまで迫れるか」もあわせてご覧ください。
定性分析・レポーティングにおいて、生成AIができることは何でしょうか?そして、それは定性分析のフローの中のどこで活用できるのでしょうか。定性分析のフロー例として、①デブリーフィング、②データの解釈、③レポートの全体構成の決定、④レポートの作成の4つに分けて考えます。
これまで連載で紹介してきた内容を振り返ると、定性調査において生成AIが得意とすることは、「発言データのまとめと要約」と言えるかと思います。これを踏まえ、図1の定性分析のフローのそれぞれのフェーズで、どのように活用できる可能性があるか考察します。
①デブリーフィング(ディスカッション)
デブリーフィングのフェーズでは、ディスカッションに使う手元資料を出力できると考えられます。
生成AIは、テキストデータさえあれば、インタビュー終了後、対象者の発言を要約し、整理することが可能です。第4回で紹介したアウトプット以外にも、図2のように対象者ごとの発言内容の要約を、各インタビュー項目に沿って出力することにも成功しています。
この要約は、インタビュー終了後に関係者でインタビューの振り返りをする時の手元資料として活用ができる可能性があります。今までは関係者が各々でとったメモを見ながら、インタビュー後の振り返りをすることが多く、全てのインタビューを見られていない人との間に認識の差が生まれたり、メモを取り切れなかったところはディスカッションの際に漏れてしまうことがありました。この手元資料があることで、対象者の発言を関係者全員で改めて共有することができ、振り返りの際のディスカッションがより活性化することが期待できます。加えて、インタビュー中に関係者が細かいメモを取る必要がなくなるため、より対象者の話の内容に集中できるというメリットも考えられます。
②データの解釈・③レポート全体構成の決定
このフェーズについては、人間リサーチャーの力が依然として必要だと考えられます。詳しくは次の項目で説明します。
④レポートの個別ページの作成
レポートの個別ページの作成のフェーズでは、人間が決めたレポート構成に沿って、ファインディングスをまとめることが可能です。
連載第4回で取り上げた検証では、分析視点を与えれば、対象者の発言の意味を解釈し、サマリーページのファインディングスのまとめを作成することができました。また、そこから導き出したマーケティング施策への示唆も出力可能です。詳しくは第4回の「生成AIは人間リサーチャーのレポートにどこまで迫れるか」にて説明しているのでぜひご覧ください。
上の項目で、②データの解釈・レポートの全体構成の決定については生成AIではなく人間リサーチャーがすべきと説明しましたが、これは、生成AIが「(人間と同じように)意志を持って考え、データを解釈すること」が苦手だからです。
生成AIは、あまりにもスムーズな文章を出してくれるので、我々人間のように自分で考え、言葉を連ねているように見えるかもしれませんが、本質的には文字の確率論的な出力を行っているだけと言われています。少し説明すると、生成AIは大量のテキストデータを学習しており、その中から言葉のつながりやパターンを学んでいます。そして、文章を出力するときは、過去に学習した単語や文脈を考慮しながら、次に来る可能性が最も高い単語を確率的に選択します。この作業を繰り返して、文章を構築しているのです。例えば、「今日は天気が」と入力すると、次の単語として「良い」「悪い」などが候補になり、適切な単語が選ばれます。そのようにして、学習データを元に単語をつなげて出力をしているだけです。そのため、生成AIが、人間のような意志を持って自律的に考えることは、現時点ではできません。
調査背景を生成AIに全てインプットをすることができれば、その情報をもとに考え、答えを出すことができるかもしれません。しかし、それを成功させるには、例えば調査対象になっているプロダクトのこれまでの歴史、そのプロジェクトに関わる人のバックグラウンド、思い、リサーチャーやマーケターが持っている肌感覚等の情報を全て入力する必要があると考えられ、現時点では現実的には不可能です。
では、ここからは生成AIが苦手とすることをより具体的に、実際の検証結果を含めて考察します。
定性調査では、発言の背景や文脈を考慮しながら、膨大な発言の中から重要なポイントをピックアップする作業が求められますが、生成AIが人間リサーチャーのように重要なポイントをピックアップすることは不可能です。前提として、個人情報保護の観点から、画像や動画を読み込ませることは控えており、生成AIに与えることができるのは、個人情報を排除したテキストデータのみとしています。
実際に生成AIに発言録データを読み込ませた際、あるお題に対する対象者の答えが複数あり、それぞれ違う結論を話している場合、答えをうまくまとめることができませんでした。インタビュー時は、対象者は質問に対して思い出しながら話しているため、インタビュアーの問いかけの直後に本音が出てこず、インタビューのあちこちで質問に対しての答えがバラバラに出てくることがあります。また、その発言は、最初は「Yes」の内容でも、話しているうちに最終的に「No」というように、結論が変わることがあります。人間リサーチャーは、表情、声色等のノンバーバルな情報も加味して適切な判断をして結論を導き出すことができますが、テキストデータしかない生成AIにはその本音の重み付けができず、対象者の本音は何かを正しく判断することは難しいのです。発言の重み付けができない理由としては、「感情がこもっている発言」や「特に重要な発言」を判断することができないからです。例えば、インタビューの中で対象者が「この商品は素晴らしい」と言ったとしても、それが本当に心からの意見なのか、あるいは社交辞令なのかをAIが判断するのは難しいのです。
第4回の記事でもご紹介しましたが、生成AIが調査企画の意図を正しく理解し、意図に合った方向性でまとめを出力することは、現時点では難しいです。例えば、ミレニアル世代とZ世代それぞれにインタビューしたデータを読み込ませ、「ミレニアル世代とZ世代の違いについて分析して出力してください」と指示しても、具体的にどの側面にフォーカスすべきかをAIが自ら決定することはできません。あくまで、人間が分析視点を情報として与える必要があります。
定性分析のフローにおける②データの解釈、③レポート全体構成の決定は、ノイズが含まれる発言データから対象者の表情等も加味して本音を抽出して解釈する、調査課題にあわせて方向性をもってレポート化する作業です。そのため、生成AIが今のところ苦手としている分野であり、しばらくは人間リサーチャーが行う必要性がありそうです。
ここまでの話を総括すると、定性分析において、生成AIは分析やレポーティングを手伝うツールとして使うことができると考えられます。例えば、「デブリーフィング時にインタビューフローの項目ごと、対象者ごとの要約を出力して、インタビューの関係者の振り返りの際にメモとして活用する」、「人間が考えたレポート構成にあわせて、インサイトのまとめとそれを補足する説明文を記入したレポートを出力してもらう」等が考えられます。逆に、「分析視点やインサイトをディスカッションで発見する」、「レポーティングの際のストーリーや、ページ構成を考える」等の工程は、引き続き人間リサーチャーが責任をもって進めていく必要がありそうです。
第5回では、生成AIができることとできないこと、人間リサーチャーとの役割分担等について考察しました。生成AIは、まだ部分的ではあるものの、定性分析・レポーティングの効率化を助け、リサーチャーの作業負担を大幅に軽減することができます。一方で、生成AIは調査の意図を正確に理解して自律的に考えることはできず、分析視点の設定や最終的なインサイトの抽出には人間が行うことが不可欠であると考えられます。
今後、リサーチャーにはAIを活用するスキルや、発言の背景やニュアンスを正確に把握し、示唆を深めるスキルや説得力のあるストーリーを組み立てるスキルが求められます。加えて、ディスカッションを盛り上げ、分析視点やインサイトを導き出すのは引き続き人間の役割なので、異なる専門領域の関係者の意見を十分に引き出すファシリテーションスキルも重要になっていくでしょう。
全5回にわたる連載、お楽しみいただけましたか? 今回の連載では、定性調査の中でもインタビュー後の工程である、発言録データの作成(連載第2回目)、報告書に載せる画像生成(連載第3回目)、そして分析(連載第4回目)の3つの工程で、生成AIがどのように活用できるか検証しました。それぞれの工程で活用できる箇所、できない箇所がありましたが、生成AIの登場によって、今まで人がアナログに進めてきた定性調査にも、テクノロジー化の兆しが見えて来ました。一方でこれらの工程は、あくまで定性調査の一部にすぎません。定性調査には、調査企画やモデレーションといった重要な工程もあり、それらの分野においてもAIがどのように活用できるのか、さらなる検証が必要です。他にも、「対象者AI」という、データから作られたAIが仮想の対象者としてインタビューに答えるサービスも登場してきています。改めて「人間が人間に聞く」、「人間が分析する」意味や価値は何なのか、今後も我々がお客様に提供できる調査の価値を考えながら、生成AIの発展とその活用方法の模索を続けていこうと思います。今後も皆様にご紹介したい内容があれば発信しますので、楽しみにしていてください。
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