「はだかのおうさま」から学ぶマーケティング
前編:「n=1」をマスマーケティングとして成立させるための市場性の確保
マーケティングにおいて新しい価値を見出す物語をメタファーとしてご紹介しましょう。それは「はだかのおうさま」として知られるアンデルセンの童話です。この物語は英語ではEmperor’s New Clothes(皇帝の新しい服)と呼ばれる話ですが、この話には現代のプラットフォームで生まれる「n=1」と新しい価値に示唆的なところがあります。 |
前編:「n=1」をマスマーケティングとして成立させるための市場性の確保
マーケティングに従事する方は、普段から“個人が感じたり考えたりすることが他人に当てはまることがあるかどうか”に疑問を持っていると思います。会議で意見を言う際も、「個人的な意見」とは単にn=1であり、「多数を意味しないということ」「自分一人のことが他人にも通用するかどうかわからない」という意味で慎重です。
「はだかのおうさま」の中で、“王様が裸である”と指摘するのはn=1の子供です。面白いのは、その事実を指摘することで家臣たちは動揺しますが、パレード自体はそのまま行われることです。子供のn=1の意見は、マーケティングでいえば「個人的な意見」として無視されたわけです。
このように個人が力を持っていないと考えるのは、マーケティングという視点でいえば「市場性」です。数が十分でなければビジネスとして成立しない、あるいは単に外れ値やノイズに過ぎない、という前提があるからです。マスマーケティングが支持されてきたのも大きくはこの市場性の確保が理由であり、マーケティングとはマス(多数)を前提としたものだからです。
統計的に捉える定量的な調査やデータ分析による事実は、たとえば製造業であれば個々の製品がどのくらいの市場性を持つかどうかが、マーケティングにおける投資の判断の基準となります。量的な観点から見れば、それを買って使う消費者にどんなに個性や多様性があろうが数としてのカウントはn=1の集積として計算されます。
さて、市場性は量的な規模を確保するために必要ですが、この量を捉えるためのマーケティングとしての根拠は何でしょうか。
それは伝統的なマーケティングミックスの基本的認識ではありますが、この市場性を支えるのは製品、価格、流通、そしてプロモーションという4Pです。
多くの場合、ビジネスとして市場性を捉えるためには製品ラインナップを拡大し、価格帯を手に入れやすいように下方拡大し、流通を広げ、広範囲に広告や販促を展開します。ただし、限界もあります。つまり市場性には人口や地域の数、財布の合計などの最大市場規模としての限界値があるからです。市場性を確保するために無闇にマーケティング投資するわけではないのはそのためです。また、同じ市場性を自社以外の競合他社が狙っているとすれば尚更です。
マーケティングミックスは市場性を最大化するのには役立ちますが、市場性の限界、つまり最大市場規模を推測するには、詳細に消費者を視ることが求められます。つまり、マーケティングにおける市場性の最大の根拠は消費者にあるわけで、だからこそ消費者を量的に捉えることが市場調査の第一義のように捉えられているわけです。
そしてここで最初の疑問に戻ってみます。マーケターが個人的な意見に対して慎重なのは、そのn=1その意見が正しいかどうか、ということではありません。(少なくとも一人に当てはまるということは真理としては事実なわけですが)その個人的な意見に量的な市場性があるかどうかが問題ということです。
もっと詳しく言うならば、それはマーケティングミックスにおいて投資に値する、実現可能な数の代表性があるかどうか、を気にしている訳です。
個人的な意見(n=1)が市場性を持つためにはいくつかの点を確認する必要があります。
1.その意見の中には、具体的な場面や状況で、商品やサービスが消費者にもたらす便益や解決すべき課題があるか。
2.その状況は、繰り返し起こり得るか、また他人にも起こり得るか
3.その便益や解決すべき課題には、どんな方法があるか、ほかに代替手段があるか
4.その便益や解決すべき課題に対して消費者の経済的、心理的コストはどのくらいハードルが高いか
5.その便益や解決すべき課題を消費者に同じように行動してもらうために、どのようなマーケティングミックスが必要か
上記の内容は、基本的には消費者の生活を見ていくことから始まります。マーケターであればそれぞれの業界が属するカテゴリーにおいて決まった消費の分野があります。たとえば「スポーツ用品」とか「台所用洗剤」などです。
ただし、それは量的な把握として呼ばれているものに過ぎず、具体的な市場性を判断するためには、個々の消費者に対してその市場において何が起こっているのか見る必要があります。
上記の1は、商品やサービスの使用場面、もしくは必要な状況や場面のことです。多くはこの内容は個々の消費者によって多種多様に異なりますが、n=1が意味を持つためには、それぞれを抽象化して本質的な意味を捉える必要があります。
2はいわゆる市場性の確認ですが、ここで注意すべきは、1の個人と同じプロフィールの人を探すのではなく、その価値が必要な状況そのものの再現性や適用性をはかることです。したがって1で十分に抽象化されていないとここの検証が十分に出来ません。
また3と4は、この課題における競合状況を判断することと、どのくらいの経済的価値があるか測るものです。いくら消費者に便利で良いものがあったとしても、その値段が合わない、心理的なハードルが高すぎると当てはまらないからです。
そして最後に5ですが、この便益や解決方法が、実現可能なマーケティングにあるかどうかを判断するものです。それは、良い便益であっても、それ自体のマーケティング活動に無理があると投資に見合わないなどの結論に至ることがあるからです。
後編、【生活者の「目に見えない新しい服」を探すカスタマージャーニー】に続く
執筆者であるニューバランス鈴木氏が「新しいマーケティングを考える~生活文脈をジャーニーに落とし込むと何が見えてくるのか?~」をテーマにセミナーを実施。
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