「はだかのおうさま」から学ぶマーケティング
後編:生活者の「目に見えない新しい服」を探すカスタマージャーニー
マーケティングにおいて新しい価値を見出す物語をメタファーとしてご紹介しましょう。それは「はだかのおうさま」として知られるアンデルセンの童話です。この物語は英語ではEmperor’s New Clothes(皇帝の新しい服)と呼ばれる話ですが、この話には現代のプラットフォームで生まれる「n=1」と新しい価値に示唆的なところがあります。 |
前編:「n=1」をマスマーケティングとして成立させるための市場性の確保
後編:生活者の「目に見えない新しい服」を探すカスタマージャーニー
前編では、個人的な意見(n=1)が市場性を持つために確認するべきポイントについてお話しました。しかしながら、その検証方法に耐えうるようなn=1の意見はどのように見つけるべきなのでしょうか。
これはn=1の意味を見つけるために闇雲にインタビューをするのではなく、自社が属するカテゴリーの消費者の行動を観察する必要があります。いわゆるカスタマージャーニーを確認する作業が必要です。それでは、消費者の行動の中で新しく価値を生み出す状況や場面を見つけるためにはどんなことが必要でしょうか。
ここではひとつの視点として、現在隆盛のIT企業のデジタルサービスを取り上げてみます。
この20年ほどで当たり前になってきたGoogleやMetaなどGAFAMのIT企業のサービスは、テクノロジーの進化やインターネットやスマートデバイスの普及によってもたらされています。
ですが、彼らが急速に新しい市場を開拓しているように見えるのは何故でしょうか。それは言い換えれば、いままで「目に見えなかったもの」を価値に転換しているからです。
たとえばGoogleが提供している検索サービスは、ユーザーには無料で提供されています。ですがこれはこのサービスを提供するためにGoogleにも当然コストがかかっています。検索サービスはもちろんユーザーに便益をもたらしています。それは情報です。情報とはデジタル以前から価値がありますが、これまでは一般的に「無料で提供されるもの」と考えられています。
情報とは何かを実行する際に交換されるもので、いわば交換すること自体が使用する価値です。IT企業のビジネスモデルは、このように情報の交換する価値を使用価値として提供すること、つまりユーザーがコミュニケーションを作り出す場所(プラットフォーム)を提供することで利益を得ています。
GoogleやMetaが検索や地図やソーシャルメディアのプラットフォームで提供して得ているのは、このような前提と考えて良いでしょう。
「はだかのおうさま」の王様は、おしゃれな新しい服を欲しがっています。しかし大事なのはこの王様にとっての「新しい服」の価値とは、本人にとって服自体のデザインや質が高いとか、つまり服の物理的な使用価値に置かれているというよりは、王としての権威を高め、他人から尊敬、賞賛を得ることに置かれています。
つまりある意味で社会的に通用する交換価値(カレンシー)にあります。
王様が王様の価値を高めるには、家臣や民衆から、そのような権威を認められる必要があり、それは王様が他者と社会関係のなかで交換関係にあるということです。
これは言うなれば現代のデジタルプラットフォームであるソーシャルメディアが提供している承認欲求を満たす役割に似ています。
王様が詐欺師の仕立屋に騙されてしまうのは、「バカには見えない」という詐欺師のコミュニケーションによる新しい服が、すでに王様のまわりの家臣含めて交換価値としての意味を持っていたからです。そこでその服が見えないことを認めることは、もともと新しい服を着ることで得たい自らに対する賞賛を否定することになるからです。
GoogleやMetaが提供するデジタルのプラットフォームは、明らかに彼らが提供するにはお金がかかるにも関わらず、使用者はお金を払う必要がありません。なぜ無料なのかが目に見えないのは、バカには見えないという言葉と同様に、検索やサイトの情報交換としての交換価値に重きが置かれているからです。
生活者の新しい行動をマーケティングに活かす場合、このような具体的には「目に見えない新しい服」の交換価値に気がつく必要があります。
従来のマスメディアは、テレビとラジオを除いては、基本的には情報を金銭で売ることを前提としていました。テレビ、ラジオは、情報交換という相互なものではなく、公共の情報共有という放送であるため、内容を含めて共同体の規制や論理が組み込まれています。ここには予め価値があると判断された情報しか流れないような仕組みが組み込まれていますので、「目に見えない新しい服」は、生まれにくいのです。
「目に見えない新しい服」の最近の例としては、例えばインフルエンサーやユーチューバーと言われる新しい役割です。あらかじめ価値が決まっており先に金銭が支払われる従来のメディアの出演タレントと違い、彼らの価値は、「目に見えない新しい服」がいかにどのくらいの多くの人々と交換されたか、という視聴回数や広がりにあるからです。
また、ギグワーカーをオンデマンドで雇い、デリバリーという交換価値に置き換えたウーバーイーツも同様ですし、これが派生して従来ピアトゥピア(P2P)で中間業者がいなかった領域を「目に見えない新しい服」として成立させたのがメルカリ、ティンダーなどのデジタルのマッチメイキングビジネスです。もともと情報という交換価値のみ、しかも無料が当たり前だった目に見えない服に、価値を与えるものになっています。
このような「目に見えない新しい服」を見つけるためには、n=1の価値をマスに変換するときと同様に、消費者の生活をじっくり見つめる必要があります。
それは顧客がどこに情報の交換と価値を見出すかどうかを見つける作業として、カスタマージャーニー分析として捉えられます。カスタマージャーニーのポイントは、単に「購入」にいたる道、つまり金銭的な交換に注目するのではなく、情報だったり情緒的価値だったり、「目に見えない服」に注目することが重要なのです。
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