近年じわりと広がる“トレードマーケティング”とは何か?~トレードマーケティングの理論と実践 前編
小売店頭で売れる仕組み作りの手段として注目を集めるトレードマーケティング。このシリーズでは、トレードマーケティングの意味や必要性、さらに具体的な実践法について、株式会社キャプロ/株式会社フェズの井本氏に解説いただきます。
前編となるこの記事では、トレードマーケティングが注目される背景や、必要な視点についてお届けします。
メーカー営業が近年直面している課題
近年、メーカーによる小売企業への販売活動の難易度が急激に高まってきている。これまで順調に配荷を進められていた大手メーカーのマスブランドですら、例えば、直近ではすべてのSKUを配荷することだったり、また店頭でのアウト展開を高頻度で獲得することも、以前より徐々に難しくなってきているのではないだろうか。
この難易度上昇が起こっている理由を俯瞰してとらえると、実は近年の小売業界を取り巻く大きな環境変化が強く影響していることがわかる。まず、昨今のメーカー環境では、円安・原油高・原材料高などの、著しい「原価高騰」を招くマクロ環境の変化があった。これにより、利潤を確保するためには変動費である広告宣伝・販促にかかる投資を抑制せねばならず、結果的に「物を売るための武器」である投資自体を縮小せざるを得なくなっているのである。
次に小売環境だが、近年のM&Aの加速と、DtoCブランドを含む「ブランド・商品数の急拡大」は、店頭配荷の競合性を高めており、より売れる根拠や、何かしらのメリットを提示できないと、単に良い商品を発売しただけでは、配荷が獲得できなくなってきている。
さらに、コロナ禍を経て変化したショッパー環境も、難易度を上昇させている。「新しい生活様式」においては、ショッパーのお買い物頻度が大きく減少したため、買い忘れを防ぐための計画購買(事前に買うものを想定する)が急激に進んだ。そこから「事前の情報収集」がより一般化し、つまりショッパーの購買意思決定はもはや、店内だけで決まるのではなく、来店前から始まるという、従来の「販促」の枠組みでは捉えにくい領域まで拡大したのである。
販売するための武器が減少し、さらにこれまでの販売方法が通用しにくくなっている中で、小売企業からはより高い効果効率を求められるという、これらの大きな環境変化が、現在、販売難易度の急激な上昇を招いているのである。
トレードマーケティングとは何か ~「経験則」ベースから「インサイト」ベースへ~
この顕在的な課題をどうすれば解決できるのであろうか。その答えが「トレードマーケティング」の実践である。トレードマーケティングを一言で表すと「小売企業への販売活動を【マーケティング】として実践する」領域であり、前述の環境変化からくる販売難易度の上昇を受け、昨今、急激にニーズが高まってきている。
おそらく、従来の営業活動では「経験値」が重視されてきたのではないだろうか。どんなシチュエーションにおいても、いかに過去の引き出しから正答率の高い答えを抽出できるかが重要であった。しかしながらこれらの難易度上昇で、過去の焼き増しができない/焼き増しが通用しない状況となってきた今、「経験則」だけに依存する販売活動からの脱却が求められているのである。
では「【マーケティング】として実践する」とはどういうことか、それは「対象者のインサイトに基づき、売れる仕組み(戦略・戦術)を作る」ということである。インサイトとは「ある人に対し何らかの行動を起こさせる、隠れた無意識・無自覚的な心理」であり、例えばブランドマーケティングでは消費者を対象とし、「消費者が無意識的・無自覚的に商品選択をする理由(消費者インサイト)」を常に深掘りし、それに基づく売れる仕組みとして、マーケティングミックスである4Pを構築していく。
同様に、トレードマーケティングでは主に「小売企業(主にバイヤー)およびショッパー」を対象とし、彼らが「無意識的・無自覚的に選択する理由(インサイト)」を理解し、それに合わせた売れる仕組みを構築することで、売上最大化を目指すのである。
このトレードマーケティングにおける「売れる仕組み」とは何であろうか。
近代マーケティングの権威である「バイロン・シャープ」は、自著「ブランディングの科学」の中で、「ブランドが成長する仕組みづくりとして『メンタル・アベイラビリティ(思い出しやすさ)』と『フィジカル・アベイラビリティ(お買い求めやすさ)』の双方の向上が必須である」と述べている。メンタル・アベイラビリティは、ブランド認知の獲得や、ブランディングを通じたブランドに関連する記憶の構築により強化され、またフィジカル・アベイラビリティは、地域や時間を問わず、そのブランドを「広く」「深く」流通させることで強化される。この前者を実施するのが「ブランドマーケティング」であり、また後者の責任を持っているのが「トレードマーケティング」である。
つまり、フィジカル・アベイラビリティの向上こそが、トレードマーケティングにおける「売れる仕組みづくり」であり、それが直接的に売上拡大をもたらすのであるが、このフィジカル・アベイラビリティを向上させるには、動かすべき「二つの店頭可変レバー」が存在している。ひとつは「店内タッチポイント」であり、もう一方が「ショッパーコミュニケーション」である。言い換えれば、店頭の売上拡大を実現するには、これらふたつの店頭可変レバーを動かすしか、ほかに方法論は存在しないのである。
ひとつ目の「店内のタッチポイント」は、具体的に配荷・価格・棚割り・アウト展開それぞれの「量」と「質」を指す。例えば、多くのメーカーで「企画品を発売する」ことで売上拡大を図ることがあるが、それはその発売により「アウト展開の量」「価格の質」などが向上することで売上が伸びるためであり、仮にアウト展開の量が全く増えなかった場合、追加売上はあまり期待できないだろう。つまり、すべての「プラン(戦術)」は、これらの店内タッチポイントの量・質の改善に寄与して初めて、売上が拡大するのである。
ふたつ目の「ショッパーコミュニケーション」は、ショッパージャーニーと呼ばれる「来店前・店内・来店後」の直接的な顧客タッチポイントでの訴求を指す。例えば、上記の店内タッチポイントの量・質が変わらなくても、より売場で気づきやすいパッケージへの改善や、販促物設置による商品理解の促進、また消費者キャンペーンによる購買動機の向上などが実施できれば、売上は拡大するだろう。
このように、フィジカル・アベイラビリティの向上には「店内タッチポイントの向上」と「ショッパーコミュニケーションの改善」の2つの大きなレバーが存在しており、それを動かすことで、売上が拡大する。ただし、ショッパーコミュニケーション改善は、メーカー側で意思決定ができるのに対し、店内タッチポイントの向上は「小売(バイヤー)側の意思決定」となるため、メーカーはそれらをバイヤーに「動かしてもらわなければならない」のである。
これらのことから、先にトレードマーケティングを言い表した「小売企業への販売活動を【マーケティング】として実践する」とは、具体的には「バイヤーの意思決定軸である【インサイト】を理解し、それに基づく戦略・戦術構築によって、【店頭可変レバー】を動かす」ことだと理解できるだろう。これまでの「経験則」ベースの販売活動では、これらのレバーを動かすことが難しくなってきているからこそ、「インサイト」ベースの販売方法の実践に移行することが、今後の継続的な売上拡大のカギとなっているのである。
バイヤーインサイトとは何か ~売りたいか・売れるのか~
バイヤーはどんなブランドを贔屓したいと思うのだろうか。こんな質問をすると、「シェアが高い商品」といった答えを得ることも多いが、必ずしも正解ではない。実はバイイングには「無意識的/無自覚的に意思決定をしてしまう判断軸(バイヤーインサイト)」が存在しており、それは「売りたいか/売れるのか」の二つの軸である。これら双方を満たすブランドは、より注力したいと思えるし、一方しか満たされていないもしくは双方欠けている場合には、サポートを得られない。
まさに前述の「インサイト」に基づく販売方法の実践とは、「売りたいか/売れるのか」の理解に基づき、店内タッチポイントを動かしてもらう(例:アウト展開頻度を拡大する、配荷SKUを拡大するなど)ために、それらを満たすための戦略・戦術を構築することである。
「売りたいか」は「バイヤーにとって課題払拭の期待感はあるか?」の判断軸である。ひとえに「課題」といっても売上・利益にまつわる物理的課題(直接的な収益課題)だけでなく、バイヤー業務ではステイクホルダーが非常に多いことから、多くの「心理的課題」も抱えている。むしろ心理的課題から、良い商品であっても「売りたくない」と意思決定することも当たり前に発生している。
例えば、多くの小売企業において、心理的課題のひとつである「他部署(特に店舗を管轄する「営業部」)への配慮」は、バイヤーの意思決定に大きく影響を与えている。昨今の小売環境では、スタッフ不足・運営コスト上昇(資材・賃金・物流費・光熱費など)から、「店舗の業務効率改善」が喫緊の経営課題として掲げられることも多い。この状況下では、注力商品であっても「販促物の設置を徹底させる」など、店舗に追加の業務を強いることはそう簡単にYESと判断できない。なぜならば業務効率課題に対峙する現場の営業部や、経営課題を共有されている上長などから批判を受ける可能性があるからだ。この場合は、例えば「セット品(販促物と商品が事前に同梱・セットされた商品)」として発売すれば、この心理的課題を克服し、受け入れ性が高まるだろう。
もちろん「売りたいか」の動機となる主要課題は「売上・利益」である。ただし、メーカーの見る「売上」とバイヤーの捉える「売上」には、二つの違いがあることには注意が必要である。それはバイヤーにとっての売上は「カテゴリー全体」の売上であり(①)、また売上は無意識に「客数」「客単価」に分解して捉える(②)、ということである。つまり、バイヤーが「売上予算達成」にいくら大きな課題感を抱えていたとしても、メーカーの提案が「カテゴリー客数」「カテゴリー客単価」にどう貢献するかが直感的にわからない限り、「売りたいか」の動機にはならないのである。
このインサイトに基づけば、同じ商品でも売り方も変わってくる。例えば、高単価なプレミアム商品を発売する際、主要課題が「カテゴリー客数」である場合には、「カテゴリー客単価」を向上させる商品・施策として提案するのではなく、「これまで取れなかった、プレミアムセグメントの新規顧客を獲得できる」などの「カテゴリー客数」向上のための提案を構築することで、より受け入れ性の高い施策提案となるだろう。
これらのように、バイヤーの「売りたいか」は、商品の売れ行きそれ自体ではなく、様々な物理的・心理的課題に意思決定が影響されており、それを踏まえた提案・商品になっているか否かで受容性は変わるのである。
続いて「売れるのか」は「ショッパーが店頭で手に取ってくれる確信はあるか?」の判断軸である。仮にカテゴリー客単価を改善してくれそうな期待があっても、「売れなければ」その課題解決への期待は、実現しない。つまり「課題解決の期待は確信に変わるのか」という判断軸だ。なお、よく売れている商品は、このインサイトが最初から満たされていると理解していいだろう。
この「売れるのか」を満たすためには、売るための施策として「どんな4Pを構築するか」も重要だが、それ以上に「どのように伝えるか」に大きく影響される。もちろんすべてのメーカーの商談現場において、その商品・施策が「売れるのか」については、説明がなされているが、バイヤーインサイトを正しく捉えた伝え方ができていないことで、その「売れるのか」の説明は、確信までには至っていないのである。
インサイトに基づく伝え方が以下の4つのステップであり、ステップを進むほどバイヤーの売上確信度は増す。
- 商品や企画の充実度:「ブランドCP」や「売るための打ち手」の充実度の提示
- ファクトの提示:数字や見聞きしたことから見える定量・定性の事実
- インサイトの言語化:「『なぜ』そのファクトが起こったのか?」の理由
- インサイトの証明/一般化:インサイト仮説の証明
まずすべてのメーカーの説明の軸になっているのが1.の商品や企画の充実度であり、例えば商品改良規模やTVCM放映量など、「商品や販促の充実度を語る」ステップである。ほとんどのメーカーはこのステップで止まってしまっているのだが、この1.は「過去、バイヤー自身が『実際に売上が上がった』経験を持っている」ものしか通用しない。例えば過去の経験から「TVCMが大量放映されると売上が上がる」ことが解釈できるからこそ、TVCM量は売上の確信につながりやすいのであり、同じ投資金額をデジタル広告に投下しても、同様の確信度は得られないのである。
2.は、商品や施策実施などにより実際に過去「売れた実績」を提示することであり、つまりバイヤーの過去経験にないものを、ファクトで補ってあげるのである。例えばDtoCブランドであれば「Amazon No.1獲得」などのファクトがよく使われる。1.だけでなく2.も補足することでより納得感は増すが、このファクトの提示も万能ではない。なぜならば「メーカーに都合よく切り取った実績だ」と思われることもあるからだ。
そこで最も重要なのが3.のインサイトの言語化である。「『なぜ』そのファクトが起こるのか」の理由を、仮説でもいいので「消費者インサイト・ショッパーインサイト」で言語化してあげるのである。例えば、単に「デジタル広告を大量投下します」だけでは「売れるのか」は満たされにくいが、「今回のターゲットの若年層はデジタルリテラシーが高く、たとえ広告であっても、『自分にカスタマイズされたオススメ情報だ』と認識しており、自分ごと化しやすいため購買につながりやすい」などと、「なぜデジタル広告が購買促進に寄与するのか」の理由を消費者インサイトやショッパーインサイトで補足してあげるのである。このステップを経ることで、メーカー主語ではない「客観的な根拠」が付加されることになり、その結果、様々な商品・施策の「売れるのか」を納得しやすくなるのである。
なお4.については、3.の仮説を「定量的に証明」することであり、例えば「○○研究所の調査において、若年層でデジタル広告を見て購入をした経験がある割合は90%を超えた」などの言語化である。ここまでできると、多くの場合で「売れるのか」は確信に変わる。
このように、同じ商品や施策であっても、インサイトに沿った伝え方ができるかどうかで「売れるのか」が満たされるか否かが大きく変わり、最終的な意思決定の確率も変わるのである。
これまで見たように、バイヤーの意思決定は常に「売りたいか/売れるのか」に無意識的に依存し、判断を下しているのである。つまりこれらを満たすような戦略および戦術を構築することができれば、「店内タッチポイント」の量・質の改善につながり、結果としてフィジカル・アベイラビリティの向上、イコール売上最大化につながるのである。後編では、これらをどのように実践するのか、見ていきたい。
今回ご紹介させていただいたトレードマーケティングを実践するにあたって、欠かせない要素が、データや情報の読解力・活用力です。しかし、現状では「膨大なデータの収集・統合に時間がかかるため、深い分析ができない」、「データ活用が属人化しており、活用レベルに差が生じている」等のお声を頂くことも少なくありません。
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