リサーチにおけるVRやバーチャル技術の活用
ここ数年で格段に技術が進歩し、適用分野も拡大しつつあるバーチャル・リアリティ(VR)。従来のゲームや映画などのエンターテインメントの領域をはじめ、小売や教育・研修、医療、デザインといった様々な分野での活用が進んでいますが、リサーチの分野でも、注目されるテクノロジーの1つです。リサーチにおけるVRやバーチャル技術の活用事例と、そのメリットについて、事例を交えてご紹介します。
リサーチ現場でのバーチャル技術の活用は、まだ価値を見極めている段階
まず、リサーチにおけるVRやバーチャル技術の活用は、現在どのような段階なのでしょうか。テクノロジーの活用、例えば、AIやオートメーション、IoT、画像分析等は、リサーチでも関心の高いテーマです。VRやバーチャル技術も新しいテクノロジーの1つとして注目をされており、データ・リサーチ・インサイト分野のグローバル団体ESOMARが主催するグローバル会議ESOMAR Congress 2017でも、先進事例として幾つもの発表が見られました。
しかし、現場での活用となると、まだ一部の先駆者に留まっている段階です。マーケット・リサーチ業界の動向を分析したGRIT Reportの2017年第3・4四半期版によれば、「Virtual Environment/ Virtual Reality(仮想環境/仮想現実)」を現在使用していると回答したのは11%、検討していると回答した企業が27%と、実際に活用したり、具体的に検討をしたりという企業は限られています。また、「Virtual Environment/ Virtual Reality」が業界のゲーム・チェンジャーとなりうるかという質問については、「まだ何とも言えない」と回答した企業が30%程度と、本当にリサーチでの活用価値のあるテクノロジーなのかどうか、様子見をしている企業が多い段階と言えます。
とは言え、先進的なリサーチ会社は、VRやバーチャル技術を使って今までの手法では解決できなかったマーケティング上、あるいはリサーチ上の課題を解決しようという試みを行っており、今後も注視していくべきテクノロジーであると言えるでしょう。
リサーチ現場でのVR活用事例とメリット
リサーチの現場でVRやバーチャル技術を活用する際には、①調査対象者に体験してもらう場合 ②クライアント企業に体験してもらう場合 の大きく2つの用途があります。前者については、小売店などの「場」を再現して現実に近い環境を作り出したり、試作品や試作機をバーチャルで作成するといった例が見られます。後者では、エスノグラフィのように、(潜在)顧客やユーザーの生活の場や環境をVRカメラで撮影し、クライアント企業が追体験することで理解や共感を深めるために用いられるという例があります。それぞれについて、ESOMARのカンファランスでの発表事例からご紹介します。
●VRで店頭を再現、無意識の行動を促す
~「Moving Power, Not Stopping Power」System 1 Group (アメリカ・イギリス)より~
ESOMAR Congress 2017で、イギリスのリサーチ会社System 1 Groupは、スーパーマーケットの店内をコンピューター・グラフィックス(CG)で再現、調査対象者が店内を自由に回遊できる環境を作った上で、3パターン用意したチョコレート棚の中で、どの商品棚が最も購買につながるのかをリサーチした事例を紹介しました。店舗の再現自体は、従来から模擬店舗や模擬棚など広く行われており、オンライン調査で、リアルに再現した模擬棚を呈示して商品選択プロセスを把握することも可能になっています。
では、VRを使って店舗を再現するメリットはどこにあるのでしょうか。System 1 Groupの事例では、普段どおりのできるだけ自然な買い物行動の中で、棚の評価を取りたかったという目的に沿っていたことを挙げています。店舗全体がVRで再現され、調査対象者にその世界にどっぷり入ってもらうことで、無意識の行動を促し、普段の買い物行動と近い状態を作り出せたということです。また、実際に模擬店舗を設営する場合に比べて、棚の陳列や販促ツールの大幅変更をフレキシブルに行えること、全体としては費用・日程を大幅に圧縮できることもメリットとして挙げられています。
●味の評価は、バーチャル・レストランで
~「Beer: The Perfect Fit with your Meal instead of Wine! Dream or Reality?」
HEINEKEN International(オランダ)& haystack International(ベルギー)より~
ESOMAR Congress 2017のHEINEKENとマルチセンサリー・リサーチ会社haystack Internationalによる発表では、ビールと料理の食べ合わせを調査対象者に評価してもらう「場」として、実際のビストロを撮影した映像を使い、バーチャル・ビストロを用意した事例を紹介しました。従来、味の評価は隔離された「ラボ」的な会場で行うことが多かったものの、最近では、お酒ならバー、食事ならレストランというように、実生活の中で飲食する「文脈」の中で味わって評価をしてもらおうという取り組みがみられるようになってきました。その「文脈」や「場」を再現する手段としてVRが注目されています。
●バーチャル試作機の導入で、リサーチのクオリティを担保しつつ、費用・期間の大幅圧縮を実現
~「The Hunt for an “Authentic” Coffee Experience」日本コカ・コーラ社&インテージ(日本)より~
ESOMAR Congress 2017では、商品の試作品/試作機をバーチャルで作成し、リサーチを実施した事例についても2つの発表がありました。そのうちの1つは日本コカ・コーラ社とインテージが行った、カップ式自動販売機の試作機をバーチャル技術を用いて作成し、デザイン評価を行った事例です。(日本コカ・コーラ社とインテージのESOMAR Congress 2017登壇報告は、こちらからご覧いただけます。)
日本コカ・コーラ社のシニア・マネージャー市場潤一氏は、バーチャル技術を用いることによって、費用と期間を大幅に圧縮した上で、従来の試作機を用いたのと同様の模擬購買を実現できるというクオリティを担保できること、より多くの試作機のデザインをテストできたことをメリットとして挙げています。
この事例では、水流や液体・煙・炎、流体現象をCGで表現することが可能なシミュレーション技術を用いて、モニター上に高画質の試作機を映し出しました。バーチャル技術を使うことにより、実機を用意しなくても、調査対象者が、豆が挽かれる音やコーヒーが抽出される音を聞いたり、カップの中に氷が入れられ抽出されたコーヒーが注がれる様子を見たりしながら、カップ式自動販売機で商品を選び、支払いをして商品を受け取るという一連の購買プロセスをより現実に近い形で体験した上で、試作機のデザイン評価を行うことが可能となりました。
●世界各地のトラック・ストップの「場」をVRで追体験、(潜在)顧客への理解・共感を深める
~「Beyond the Hype」 BAMM(イギリス)より~
クライアント企業が体験するVRについては、ESOMARが主催する定性調査のグローバル会議ESOMAR Global Qualitative 2017で、ビジュアルを使った定性調査を得意とするイギリスのBAMM社より発表がありました。(※関連記事:定性調査における新しいテクノロジーの活用とは?)
BAMM社は、Shell社の(潜在)顧客であるトラック運転手たちへの理解や共感を深めるために、世界9カ国18カ所のトラック・ストップの環境をVRカメラで撮影し、Shell社とのワークショップで活用しました。Shell社の幹部や担当者たちは、何人ものトラック運転手たちが互いに話をすることもなく宙を見つめているアメリカのトラック・ストップの様子や、ほとんど人の行き交うことのない砂漠の真ん中にあるエジプトのトラック・ストップの様子などを見て、トラック運転手たちの孤独を追体験することができ、キャンペーンの方向性が再定義されたとのことです。
このように、VRを用いることで、企業は、高い没入感を得られる「体験」を通して(潜在)顧客への理解や共感を深めることが可能になると言えるでしょう。通常、大勢で参加することが難しい行動観察やエスノグラフィの調査について、より多くのメンバーが(バーチャルではあるものの)参加できるようになったり、前述のShell社のように遠い海外の国での「場」や「状況」を体験することも容易になります。
BAMM社のJim Mott氏によれば、コンシューマー向けのVR関連の商品が幅広く市場に出回るようになったことで、費用的にもVRを導入しやすい状況になったと述べています。例えば、ヘッドマウントディスプレイについては、カードボードで作られた簡易型のGoogle Cardboardで充分だし、VRカメラも手頃な価格帯のもので問題ないとのことです。ただし、本当に没入感のある体験を作るためには高品質な音声が不可欠なため、音声を収録する機器については妥協しない方がよいと提案しています。このように、かつてに比べてVRに手を出しやすくなっている現在、「迷うくらいなら試してみてはどうだろうか」とJim Mott氏は聴衆に呼びかけていました。
注目の活用分野は「商品開発」
今後、リサーチでのVRやバーチャル技術の活用は、上記でご紹介したような「場」の再現や、バーチャル試作機/試作品の制作から拡がる可能性があるのでしょうか。インテージ・チャイナのセールス&イノベーション・ディレクターのハンフリー・チェンは、1つの可能性として、商品開発でのVR活用を提案しています。「商品を見せて、これをどう思いますかと聞いても、改善につながる答えを得られないことも多い。であれば、VRでパッケージや商品を再現して、生活者にそれを自分好みの形や色などに調整してもらえば、彼らがどんなものを欲しいと思うのかがクリアになる」と述べています。
リサーチの分野でも、生活者と企業がVRを通して商品の共創に取り組む日も近いかもしれません。
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