With コロナ 「新しい日常」は行きつ戻りつ
この記事は、インテージが生活者理解の拠点として立ち上げた、生活者研究センターのセンター長 田中宏昌による「Withコロナの新しい日常」に関するコラムです。
今後も生活者研究センターでは、知るGalleryを通して、「With コロナ/After コロナにおける新しい日常」のほか、ミレニアル・Z世代といった「世代」に関するテーマ、SDGsといった生活者トピックスについて、情報発信していく予定です。
目次
1. はじめに ~クサガメとの想い出~
小学生低学年の頃、クサガメを飼っていました。
甲羅の全長が10cmくらいのメスで、近所を流れる川で捕まえたものでした。ときどき飼っていたプラスチックのたらいから出して、外を歩かせてみようと甲羅の左右をつまんで宙に持ち上げると、あっという間に甲羅の中にアタマや手足をひっこめてしまい、地面に降ろしてもほとんど顔を出すことはなく、とても警戒心の強いカメでした。
彼女がなかなか顔を出さないので、しびれを切らして私が甲羅やからだの横に巻き付けたしっぽを撫でたりすると、目をつむり、さらに力強く頭と手足を引っ込めて、「絶対に出るものか」という意思を全身から感じました。
その後、私が根気くらべにもすっかり飽きて、彼女をたらいに戻してしばらくすると、ようやく安心してか、「カサコソ、カサコソ」とたらいの中を歩きまわる音が聴こえるのでした。
彼女が再び歩き出すまでの安心。
このコロナ禍において、なぜか子どもの頃のクサガメとの記憶がふと蘇ってきました。
2. 感染者拡大、ふたたび
2020年7月29日、これまで日本において唯一、新型コロナの感染者が発生していなかった岩手県で2名の感染者が確認されました。7月22日から始まった「Go To キャンペーン」から1週間。新型コロナ感染者はついに全県で確認されるに至ったのです。
弊社では2020年1月以降、社内におけるさまざまなデータを用いて、新型コロナウィルスの感染拡大に起因する「コロナインパクト」を観測してきました。消費者の日々の買い物行動を記録した消費者パネルデータ(SCI)や全国の小売店における販売状況を記録した小売店パネルデータ(SRI)は世の中のモノの動きやその変化を如実に指し示すスケールとなっています。
国内においても、日々、新型コロナ感染拡大が報じられ始めると、マスクはもちろんのこと、手指の消毒スプレーや除菌シートなどのスコアが一気に跳ね上がりました。また、全国における一斉休校や緊急事態宣言が発令されると、自宅内での食事(内食)が増えることから、比較的簡易に調理ができるパスタやパスタソース、即席めんなどの購入も目立って多くなりました。
日常、スーパーなどを利用してお買い物をされる方は、当時、それらの商品の陳列棚がガラガラになってしまった様子が目に浮かぶのではないでしょうか。また、実際に開店前のドラッグストアにマスクや消毒液を求めて並んだ方もいらっしゃるかもしれません。私の場合は電子体温計の電池が切れてしまい、「LR41、LR41・・・」と呪文のように唱えながらコンビニ巡りをしましたが、一向に見つからなかった記憶があります。幸い、ネットではまだ購入できるタイミングだったので事なきをえました。
そうした売れ筋商品の動きの変化だけでなく、外出自粛や3密回避のアナウンスが色濃くなると、スーパーやコンビニなどの買い物回数は減少し、1回あたりの購入金額は増加しました。外部との接触機会を極力減らすための「まとめ買い」です。(図表1)(図表2)
図表1
図表2
トレンドでこのデータを眺めてみると、一度は平常に戻りつつあった購買行動も、再び感染者が増え始めた6月中旬以降、また同じような「まとめ買い」に戻りつつあることもわかります。「感染者の発生状況」に呼応して、消費行動における「警戒モード」のスイッチのON/OFFが透けて見えます。
3. 生活者のココロの行方
「景気」を計る場合によく用いられる内閣府の「景気ウォッチャー」という指標があります。コロナ禍におけるスコアの推移をみてみると、2月、3月、そして4月と「景気の現状DI」「景気の先行きDI」ともに一気に悪化しています。まさに、新型コロナの感染拡大、そして、感染拡大とともに広がった外出自粛などの規制による影響のあらわれだと思われます。
その後、5月、6月になるとどちらの数字も回復に向かいます。ゴールデンウィーク中の海外・国内旅行の自粛をはじめ、飲食店や各種施設の営業を停止した「Stay Home」により、新規感染者が減少に向かったこと、5月25日の緊急事態宣言の解除が「収束への希望」を感じさせた結果かもしれません。(図表3)
図表3
しかしながら、弊社が3月下旬から継続して行っている生活者へのアンケート結果を追っていくと、「景気ウォッチャー」の回復基調の数字の動きとは異なり、6月に入っても「新型コロナ感染拡大」、「飲食店の利用」、「テーマパークや繁華街への外出」などへの「不安」が依然として高いことがわかります。また、6月も後半に近づくにつれて不安は大きくなっています。(図表4)
図表4
6月中旬からふたたび増え始めた感染者数に呼応して、先の「感染に関する不安」だけでなく、「節約を心がける」や「今よりも暮らし向きが悪くなる」など、収入や家計のやりくりに関する不安が強くなってきていることがわかります。特に「節約を心がける」という気分は調査開始後、最も高い状態で推移しています。(図表5)
図表5
コロナ禍におけるそれらの不安は「みえない」ことからくる不安です。「コロナウィルスがみえない」ということはもちろんですが、有効なワクチンがないこと、感染者も再び増えており収束の時期がわからないこと、景気の先行きも不透明であることなど、さまざまなことが「みえない」状況です。また、3月以降、全国で頻繁に起こっている大雨による洪水や地震などが「自然災害への不安」を引き起こしています。自然災害もまたみえない不安のひとつです。7月に入ってすぐに、熊本県では過去に類をみないほどの豪雨に見舞われ、南部を流れる球磨川が大規模に氾濫しました。テレビのニュースでも連日映像が流れていました。その後も広島、島根、岐阜・長野などでも豪雨による被害がでています。このようなニュースを目の当たりにすることにより、みえない不安はさらに大きなものとして人々の心に暗い影を落としています。
新型コロナの長期化が予想される中、生活者は「みえない不安」を抱えながら、暮らしを営むことになります。「みえない不安」を「手触りのある安心・安全」に置き換えていくこと。そうした置き換え=変化の中から「新しい日常」が生まれてくるのかもしれません。
4.「With コロナ、After コロナ」における9つの重要な視点
弊社では、5月27日に「withコロナ/afterコロナにおける New Normal 9大テーマとは?」と題して、with コロナ、afterコロナにおける「ニューノーマル」の形成において重要になると考えられる9つのテーマをリリースしました。ここでは新型コロナウィルスによって発生したと思われる世の中の変化やその兆しを広く収集・俯瞰して、9つのテーマに整理しています。(図表6)
図表6
その中で「長期的スタイル」として定義した「衛生行動」については、マスク着用や手洗いなどの基本行動だけでなく、買い物や外食時のお店、さらにはテーマパークや旅行時のホテルの選定においても衛生への配慮・徹底を重視するとまとめています。
また、「消費行動」については、景気悪化による収入(家計)の不安から、無駄な支出を控える節約志向の高まりを指摘しています。この間の経団連の夏期賞与の予測では、前年比6%減で過去3番目の減少幅との発表もありました。さらに、今年は梅雨の長雨により日照時間が著しく不足したことにより野菜の価格が急騰したり、と日々の暮らしへの影響もでています。
コロナ影響の長期化により、「贅沢を慎む」に留まらず、日常の支出を抑制する動きも顕在化しています。生活者のお財布の紐は、束の間の息抜き、ささやかなご褒美消費以外には、当分の間、きつく縛られたままなのかもしれません。
5. 暮らしを「視なおす」
先の章で「みえない不安を手触りのある安心・安全に置き換えていく」と記しました。生活者は今、自らが抱く「感染不安」や「家計の先行き」など、さまざまな「みえない不安」を、ひとつずつ「安心・安全」と感じられる形に置き換えていっているのではないでしょうか。「置き換える」を「視なおす」と表現してもいいかもしれません。(図表7)
図表7
新しくなにかを買う、なにかを行う、といった商品・サービスの選択の場面だけでなく、今あるもの、今していることを「安心・安全」に照らし合わせて、丁重に吟味して「視なおす」という行為です。
「視なおす」という行為は先ほどの衛生行動や消費行動の変化に留まらず、「働き方」さらには勤務先にまで及びます。在宅勤務やリモートワークが可能な業界や会社への転職を検討したり、就職を控えた学生はリモートワーク制度の有無が選択の基準に加わったという話もあるようです。子どもの教育についても同様で、テレビ授業などリモートでの学習環境が整った学校や塾を検討する親も増えたようです。実際、ここ1~2カ月の間、宅配新聞のチラシには、衛生への取り組み徹底やオンライン授業などを全面的に訴求する学習塾の広告を多数目にしました。
また、外出自粛や在宅勤務で増えた夫婦や親子の時間がお互いの関係性の「視なおし」につながっているという話も聞きます。弊社の調査でも増えた家庭内の時間や余暇時間を夫婦や子どもとのの時間に充てた、さらには、収束後も継続していきたいといった思いもみてとれます。安堵できる豊かな暮らしを求めて。これも「安心」を求めての「視なおし」のカタチなのではないか、と考えます。
新型コロナの長期化に伴い、「視なおし」はさまざまな暮らしの場面で行われると考えています。そこでは企業が提供する商品やサービスが、あるいはお店や会場が、生活者の「みえない不安」を知覚できる「安心・安全」として置き換えられているか、が大切になってくると考えます。また、提供するモノ・コトだけでなく、「企業」としての立ち居振る舞いもまた同様です。
スーパーマーケットの株式会社ライフコーポレーション(ライフ)がお客様だけなく従業員の心身の健康を配慮した対応や発信をいち早く行っていらしたことがニュースになっていました。お客様の健康を守るために、複数人での来店の抑制、買い物時の距離確保、マスク着用や手指消毒の案内などを店舗やサイト上に積極的に掲示していらっしゃいました。私も近所にライフさんがあり、よく利用していましたが、「お年寄りが来やすい朝早くから午前中の時間帯は他の方は控えめに」という入り口に貼られたポスターを読んで、感染不安を伴う買い物でハリネズミの棘のように尖っていた気持ちがふっと柔らかくなりました。
また、緊急事態宣言の延長が決まった後すぐに「店舗の衛生環境の維持」と「従業員の体と心のリフレッシュ」をはかることを目的に各店舗 1 日間の臨時店休を設けるといった形で、お客様だけなく、従業員も守るという企業姿勢に共感を抱いた方も多かったようです。
また、最近注目されている行動経済学をベースとした「ナッジ・マーケティング」というアプローチも話題になっていたので目にした方も多いと思います。「ナッジ(nudge)」とはもともと、「小さく突く、そっと後押しをする」という意味があるそうですが、小さなきっかけを与えることで人々の行動を自発的に変えてしまうマーケティングの新しい手法のようです。
話題になった事象として、ある市役所や学校において手洗いを勧めるときに、「手を洗おう」ではなく、「となりの人は手を洗っていますか?」と記したポスターにしたところ、直接的な表現よりも効果があったということです。
また、ニュージーランドの警察が「歴史上初めて、テレビの前で寝転がっているだけで人類を救える #StayHomeNZ」とTwitterでつぶやいたところ、多くの反響・共感があったことも多くのニュースで取り上げられていました。
このように「手触りのある安心・安全」や「安心・安全への取り組み」はさまざまな形で表現、伝達できるのだと思います。
6. おわりに
本稿を書いている7月31日。東京都では463人の感染者が発生しました。全国では1,580人と1日の合計では過去最高を更新しました。5月25日に緊急事態宣言が解除されて2カ月。一時は収束に向けてか、と思われましたが、6月下旬からすさまじい勢いで新規感染者が発生し、日々、過去最高と報道されています。その一方、政府によって「Go To キャンペーン」や「各種イベントの開催条件緩和」も進んでいます。
生活者は「安心・安全」を念頭に丁重に吟味しながら暮らしの「視なおし」を進めています。
「安心・安全の確からしさ」によって、生活者の気持ちは和らぎ、行動はその範囲を拡げ、変化しながら新しい日常をカタチ創るのだと思います。
目を凝らし耳を澄ませて。行きつ戻りつしながら。
「カサコソ、カサコソ」と再び歩き出すまでの安心を求めて。(図表8)
図表8
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生活者研究センター概要
インテージの生活者理解の拠点として2020年8月3日に誕生。
長きにわたり蓄積している生活者の消費行動やメディアへの接触行動、さらには生活意識・価値観データなど膨大な情報を連携・横断して用いるとともに、社内の各領域におけるスペシャリストの知見を織り合わせることにより、生活者をより深く理解し、生活者を起点とする情報を発信・提供することを目的として設立された。また、お客様への直接的な貢献を目的として、共同研究や具体的なプロジェクトへの参画などにも積極的に取り組んでいく予定。
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