暮らし先読み、後読み予報~生活リズムの予兆を<n=1>からみる(12)~子育てグッズとメルカリの価値~
生涯時間という「生活文脈」
これまでの連載で、暮らしの中のミクロな動きや事象を追いかけるのに、主に食べるシーンを例としてあげてきた。たとえば断片としての喫食のシーンと、その背景にある「生活文脈」を俯瞰するということである。
喫食シーンは1日に6回も7回も頻度高く繰り返されていることから、その断片が数多く累積され、その断片同士のつながりや変化も追いかけやすいというところがある。つまり断片と「生活文脈」の関係がとらえやすいということだ。そしてその文脈の中には、その断片と断片がすぐ時間軸として結びついているものもあれば、1日の中での文脈のつながりとして追跡できることも多い。
ところがそのつながりが“とても長い時間軸”、少ない頻度でしか出現しないものもある。
たとえば、前回冬晴れの晴天の下、ママチャリでコインランドリーに向かった女性が、パン屋をはしごし、そのランチには買い求められたパンが登場するなどというシーンを紹介した。この行動には彼女の「生活動線」という連続線をみつけだすことができるが、「コインランドリーに出かける」という行動が起こる頻度は、月に1~2回といった程度に過ぎない。
また、前回述べたようなハナミズキが、彼女の気分曲線を上げるのは、年に1回出現するといった文脈になる。
このように「生活文脈」を構成する時間軸には長いものも多くある。極端にいえばその個人を<n=1>の視点でみれば、生涯に1回あるか、ないかといったことも当然でてくるのだ。
子供用ヘルメットとメルカリ
一つ例を出してみよう。この春に小学校4年生になったこともあり、ようやくチビッ子チャリをゲットすることになった彼女とそのママがいる。
恐らくこのような「生活文脈」で子供用自転車を購買選択することになるのは、この親子にとっても生涯にこの1回限りあるかないかということになる。
サイクルショップに足を運び、サイズや安全性、そして価格などを吟味することになった訳だが、この選択行動はECではなく、リアルな店舗で完結することになった。もちろんネットなどでの下調べは入念に行われているが、購入後のメンテナンスなども踏まえると、やはりリアルな店舗でのコミュニケーションが決め手になる。
GWはお天気もよかったので、自転車の練習も兼ねて、彼女とママはあちこちとお出かけすることになった。これは大切な生涯に一度の体験価値ということになる。
この自転車という商品は恐らく4~5年の使用、利用価値を彼女たちに提供することで寿命を終えることになるだろう。ところが、彼女がつけている子供用のヘルメットは、このサイクルショップで同時に買われた新品ではない。ショップの方からみれば、自転車の購買にともなって起こるであろう補助、付属部品の関連購入が喚起されていないのである。
ママはこのピンクのヘルメットをメルカリで検索しゲットしていたのだ。
バーンのヘルメットを狙い撃ち
このママはバーン(bern)というブランドのヘルメットを狙い撃ちしていた。
「これでいいよね。何色がいいかな」といった小4の娘との間での会話が繰り返され、娘も大納得で手に入れたのである。
安全性や、その上可愛いといったもろもろの理由で、このヘルメットが必須アイテムだったという訳だ。このバーンのヘルメットは新品で買うと1万円くらいはするものだが、メルカリで探し半額の5,000円でゲットすることになる(もちろんもうワンプッシュ値引き交渉はしている・・)。
少しでも安く手に入れたいということは一義的理由ではあるが、こういったこだわりの強いモノを探し出すのはメルカリが一番ということを彼女たちは熟知しているのだ。
ヘルメットというモノの方からみれば、2代目の使用者にその価値が移っていったことになる。手放すことになった1代目の使用者からみれば、思ったほど利用しなかったので、置いていても場所もとるし、捨てるに捨てられずに放置されていたということだろう。ゴミで出すのにもお金がかかってしまうから、それが5,000円を生みだしてくれれば恩の字なのである。
このバーンのヘルメットだが、数年後、同じようにメルカリに出品されたとすると、2代目、3代目の使用者にも、そのモノの価値がつながっていくということが満足感につながっていくのだ。
安いモノを使い捨てていくといったことに主眼を置いたモノの選択と同時に、このようにモノの価値が何代にもわたってつながっていくことを前提にした、利用価値の享受の仕方があることを日常の中で重層化させているのだ。
このように価値が伝承されていくモノであれば、価格は高くてもむしろそれを踏まえて選択することもある。
子供はすぐに大きくなるというような条件を考えあわせた上で、あえて高くてもいいモノを手に入れようとする。そしてそれが邪魔な放置物にならないようにするためにメルカリという「受け皿」を活用しているのだ。
リサイクルされるエアバギー
「子供はすぐに大きくなって使わなくなる」「本当に必要になるのはほんの2~3年」、そんなカテゴリーのモノは多々ある。子育てグッズといわれているものの大半はそうだ。
次に紹介するのは、夏前に出産を予定している30代後半の女性である。彼女はすでに出産後必要としているモノを検討、購入を開始している。すぐに必要な訳ではないから焦ってはいないので、自分が望んでいるモノが好条件で見つかるまでじっくり検索している。もちろんメルカリをサーチしており、その中で最近ベビーバギーをゲットしたそうだ。
2人の子供のいる姉や、子育て経験者の友人たちからの情報も参考にしつつ、エアバギーに狙いを絞っていたのだ。今年の2月くらいからメルカリでチェックしながら、ようやくお目当てが見つかった。これはさすがに郵送だと配送料も高くつくし手続きも面倒というデメリットもある。しかし「引き取りに来られる方」という条件で、車で行ける範囲の場所だったので、これで決定ということになったそうだ。
この商品は、エアバギーココプレミアフロムバースのアースブラックで、冬に使うフットマフとシート付で35,000円だった。新品だと全部で9万円くらいのものだから、かなりお買い得な買い物だったということになる。
なお、ここで重要なのは安く買えたということはもちろんだが、このエアバギーに狙いをつけていたことが実現できたということが最大の価値なのである。
生涯価値がつながるエルゴベビー
手放した方のママにとっても、エアバギーが持っている独特のモノのよさと価値を共有、共感してくれる人に、利用価値が移っていったことは満足の高いことになる。
もちろん金銭的なメリットもあるが、次の代に使用価値が伝承されていくことこそが、手放した方のママの喜びである。邪魔にもなっていた訳だから、スペースもあいてスッキリしたというプラスのメリットも高いといえる。
これがLTVと呼ばれる、【生涯顧客価値】につながっている。
このブランドは子育て期にだけ寄与するものなので、手放した方のママというこの顧客の生涯という長い時間軸には寄り添い続けてはいけない。だが、次の共感共有のできる顧客に、その価値が伝承されることで、譲る側、もらう側2人の顧客に対して時間軸に添った価値が寄りそっていくことができるのだ。
逆にこのエアバギーというモノの側にとってみれば、自分自身のもつ生涯価値が持続していくことになるのだ。
手放した方のママは、車をより使うという生活スタイルへの変化があり、気に入って手に入れたエアバギーを思った程使わなかったという訳であった。
さて、エアバギーを手に入れたこの出産の近いプレママさん、生まれたらすぐにでも必要な抱っこ紐は、今のところは検索していない。これは首が座ってから本気で考えようと思いながら、次はヒップシート付の【アーティポッペ】に狙いを定めている。
当面は、もう5歳を過ぎた子供のいる親友の出産祝いにあげたエルゴベビーの抱っこ紐を”戻してもらう”つもりだという。おかげでこのエルゴベビーの生涯価値はまた継承されていくことになる。
このように“あげたりもらったり”の成り立つ者同士だから、こんなフリースタイルの”裏メルカリ”もモノの価値の伝承チャネルになるのだ。
これもまた長い時間軸に沿った「生活文脈」の一つだといえる。
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