なぜいま、「新しいマーケティング」なのか? セミナー直前対談 後編
知るギャラリーにて有識者コラムを執筆する本間 充氏と辻中 俊樹氏。インテージでは、この二人を招き、6/13(月)に『新しいマーケティングを考える~事象を連続して見えてくる新しい生活文脈とは~』と銘打ったリアル(オフライン)/オンラインセミナーを実施する。
本記事ではセミナーの主旨でもある、“なぜ「新しいマーケティング」が必要なのか?”について、花王株式会社のデジタル・マーケティングでWebエンジニアとして、そしてデータ分析者、Ad Technologyの牽引者として活躍し、現在は多くの企業のマーケティングコンサルを務める本間氏、そして、n=1という定性アプローチを得意とする、マーケティングプロデューサーの辻中氏の二人に話を伺った。
後編となるこの記事では、観察力を上げ、生活者を正しく理解する方法についてお届けする。
聞き手:インテージ 生活者研究センター 田中 宏昌
「マス」はもう古い?
田中:本間さんの花王時代の、お客様の立場になって考えるお話って、プロダクトだけでなくコミュニケーションにも作用しているお話ですよね。
本間:はい。過去、液体アタックを出したときに「すすぎ一回で」っていうメッセージを出したんです。このメッセージアタックの性能には触れていないんですよ。ただ、「洗濯時間が短くなる」っていう訴求だけなんですよね。 洗濯ってお客さんの中では“めんどくさい家事”っていう暗黙の了解があるんです。だから「早く洗濯から解放されたい」っていう気持ちに寄り添うアプローチをしたのです。
田中:お客様の欲求をすくい上げて、言語化して伝えてあげるってことですよね。
本間:そうですそうです。お客様は必ずしも性能を求めているわけではないので、コミュニケーションをよく考えることが必要ですね。
田中:この話って辻中先生の連載にもある部分最適、全体最適に近いお話だと思うんです。作っているメーカーが描いている解釈をお客様が飛び越える使い方をしていることって多くあると思います。それを見越すくらいの観察力やそこからの発想力を、やはりメーカーが持っていないといけないということでしょうか。
辻中:そうですね。メーカーも流通も、ビジネス側の選択肢はそれぞれあって良いと思います。一番中心をとりたければ、中心をとる選択をするだろうし、そうじゃない場合にはそうじゃないターゲットの暮らしのシーンに向けての施策を考えるということになります。ただ、いずれにせよ幅広い利用シーンのプロフィールを描いておく必要があると思うんです。
例えば、納豆という商品が「ごはん、みそ汁、卵料理、漬物、納豆」といった組み合わせで毎日の朝食シーンに繰り返し登場するようなシニア男性がいたとします。これは古典的なシーンで習慣化されており、納豆というものの価値の中心と再現性が理想的に繰り返されていますが、もはや市場の中心からはズレていってますよね。私はこれを「絶滅危惧種」と呼んでいます。
それに対して単品としての納豆ご飯や、例えばパスタに納豆を追加でのせる、「追い納豆」という言い方もあるように、これはタンパク質不足を補おうという「部分最適」の追求です。こんなシーンは20~30食に1回くらいの再現性ですが、古典的な食べ方からすると不思議な組み合わせで登場します。ただ、幅広いターゲットに出現し累積するとそれなりのボリュームになります。
同じように卵という素材もゆで卵単品をパクっと口に入れる時と、卵焼きとして「全体最適」の中で出現する時と、同じ人の中で重層されています。ゆで卵はタンパク質摂取ということで、プロテインバー、サラダチキンの単品摂取などと似た典型的な「部分最適」志向になります。
一口に健康志向とはいっても、実際は幅広く「部分」と「全体」のバランスの中で選択されています。その意味では「内挿」的な観察と「外挿」的な観察をバランスさせておく必要があります。ある意味、古典的な消費の価値が希薄化しているからともいえますね。
田中:昔だと、辻中先生のおっしゃる「古典的な消費」でそれで大量の面をとれましたよね。それで最大公約数を狙えたからだと思っていますが。
本間:昔は年収もみんな横並びだったし、同じような生活に憧れを持っていたから。なので、そのやり方でボリュームゾーンを狙えたんですよね。今は選択肢もあるし、合格点を目指すというより、個性があることが受け入れやすくなってきていますからね。
経営とマーケティングとLTVの関係性
本間: 辻中先生のお話にもあったように、今、マス中心のマーケティングから新しいマーケティングへの挑戦が始まっています。そこで問題なのは、マーケティングの仕事が多くの企業の財務会計のルールに拘束され、新しいマーケティングの取組みが進まない点です。
例えば、マーケティングって、必ずしも財務会計と同じ1年周期で解決するとは限らないわけですよ。最初の6ヵ月に種まきをして次の6ヵ月にお客様を掴んで、次の8か月後にようやく黒字転換する事業だってあると思うんです。本当は3年周期くらいで見なきゃいけないケースもあるけど、会社の管理会計が1年周期で見てるから、必ずどのマーケターも1年、2年の壁にぶつかるんです。マーケターが、このプロジェクトは3年で黒字転換するからやらせてくれって言いきれればいいんだけど、なかなか言えないですよね。お客様の周期を会社の会計周期にそろえて1年で考える、というのはしがらみのひとつだと感じます。それで突破できないこともあると思います。
田中:今のお話ってLTV(顧客生涯価値)を考えたとき、ロイヤルカスタマーをどんどん作ってちゃんと将来の利益を作ることを考えなくてはいけないって話と繫がりますよね。その中でマーケティングももちろん変わらなくてはいけないし、会社そのもののビジネス戦略が変わらないといけないこともある。生涯顧客を追求していくっていう、長い長いスパンでのマーケティング活動って難しいですよね。データを供給する我々からすると、そういったLTVの最大化プランを練ろうとすればするほど我々のデータとかリサーチャーの発想も変えていかなきゃいけないのかなと思うんです。
辻中:日々暮らしを観察していると、LTVの発想は非常に強くなり顕在化しています。生活者自身がLTVを考えモノを利用するようになっていますね。連載にも書きましたが、たとえばベビーカー。子供が小さいある時間にしか、その顧客には利用価値がありません。そのモノと顧客の関係の中のどこにLTVがあるのかと思いますよね。
ところが、例えばメルカリのような仕組みの中の情報をみていると、非常にいいヒントをつかむインサイトを見つけだすことができます。
モノとしての価値が高いと共感されているベビーカーならば、最初の顧客から次の代の顧客へと価値が転移していくことがあります。「リサイクル」という言葉よりも、そのモノには複数の世代の顧客との間で、その商品の生涯価値が継承されていくことがわかります。
これが知り合い同士の“あげたりもらったり”という中でも行われたりもしています。使い捨てと継承というものを、生活者自身がうまく組み合わせている。こんなLTVの側面もみておくといいでしょう。
本間:僕たちマーケターは「所有」っていうところをゴールに見ているんだけど、メルカリのユーザーは「利用」ってところにお金を払っていて残存簿価をシミュレーションして商品を買っている傾向にありますからね。つまりメルカリユーザーは最初からいくらで売れるかを考えながら買っている。もはや単なる「消費」じゃなくなっているんですよね。
いままでマーケターって多くのマスのお客様に消費されたいと思っていたんですが、これからのお客様は今までの【マス】ではないのです。あるターゲットは消費するし、別なターゲットは利用する。つまり、どんなお客様のどのような行動をターゲットにするかを見極めないとなりません。
今後どうシフトしていくべきなのか?
田中:最後になります。今後、経営者やマーケター、リサーチャーはどうなっていくべきでしょうか?
辻中:観察を継続することに尽きると思います。今回の話で一貫して言えることは、内在的な課題と外在的な課題の両側をバランスよく観察し続けることです。そこから得られた仮説をどう活用するのかは、ビジネスの側の選択ということになりますが。
例えば、“今後スーパーマーケットはどうなっていけばいいのか”という課題に対して、イオンとヤオコーとライフといったような同業だけを見ていては、ゴールの仮説には至りつかないと思うんです。そこには「内挿」的課題しかなく、そこから得られる仮説は、「微差」しかないからです。
このような時には、生活クラブ生協の利用者のような、ある種、特徴のとがった暮らしをみることから、本当の意味での「外挿」的仮説をみつけることができると思います。
本間さんの言葉を借りると、今は過度に微分型になっているので、積分型の観察、分析が必要だということですね。
田中:我々調査会社も、同一市場の分析や競合比較をしがちですが、それではいけないってことですね・・・。本間さんはどう思いますか。
本間:辻中先生のおっしゃることはごもっともですね。花王時代の新卒のとき、土日は必ずスーパーやドラックストアに行ってお客様を観察しろってよく言われていました。僕から言えるのは、日本市場だけで見ると、残念ながらGDPは増えていないですし、下降局面に入っていることは明らかです。自社がどういうファイナンス状態なのかを認識することは大切な一歩です。
マーケターはその上で
・売り上げを伸ばすのか
・お客様を維持するのか
・ブランドエクイティ(ブランド価値)を保有するのか
の優先順位をわかりやすく伝えなければいけないと思います。売上が増えたらいいってだけの局面ではないと思うんです。テレビCMを打たなくても売れる商品づくりをしている製菓メーカーもあります。マーケターはそのような様々な選択肢を用意して、経営者に提示しなければいけません。
調査会社は購買データではなく、「なんでこの行動をしたのか」のデータが必要になってくると思います。今後、暮らしの多様性は更に広がっていくと思うからです。
田中:お二人とも、本日は誠にありがとうございました。まだまだ話したりないこともございますので、ぜひ6月13日のセミナーで続きをお話いただければと思います。
後編では、「生活者は変わり続けているのに、マーケティングだけ古いまま?」をテーマに、観察力をあげ、変わり続ける生活者を正しく理解する方法についてお届けした。
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