データサイエンスが対応するビジネス課題と最新事例~データサイエンスのチカラでビジネス課題を解決①
先端技術部の佐藤と申します。普段はデータサイエンス技術を活用した顧客支援や自社サービス開発、加えて当社のデータサイエンス人材の採用・育成に従事しています。(以降、データサイエンスもしくはデータサイエンティストをDSと表記)
今回より「お客様にとって役立つDS情報を!」をキーワードとして、DSがお客様の課題解決に貢献した当社事例や、注目すべき先進技術、業界トピックなどを毎月連載でお届けしていきます。
連載初回の本稿では、2020年の新型コロナウイルス感染拡大を契機に顕在化したお客様課題とその解決方法についてお話してみたいと思います。
目次
DS取組み事例①:先行き不透明な状況下で納得できる販売予測をしたい
2020年は、衛生需要・備蓄需要・巣篭り内食需要の高まりを受け、小売店頭における販売傾向がガラリと変容した年でした。
弊社の全国小売店パネル調査データ(SRI+)を眺めてみても、食品・飲料・日用品のいずれも、例年と明らかに違う小売販売トレンドを示しています。化粧品関連に至っては、女性の外出自粛と訪日外国人需要の消失というダブルパンチを受け、緊急事態宣言前後で小売販売が急減する事態となりました。
2020年に起きた小売販売の”乱れ”を2019年時点で予測できた人は、皆無だったでしょう。同様に、本稿執筆時点(2021年4月)で、1年後の自社製品の販売状況を、自信を持って予測できる人もきっと少ないのではないでしょうか。
DSの視点から言うと、販売予測の難易度は下記2点を満たしているか否か大きく左右されます。
①:過去の販売実績データの時系列推移が、一定の規則に従った安定的なトレンド(時系列の波形)を示し続けているか?
②:販売に影響を及ぼす外部環境が特定できているか?その外部環境変化の未来は予期できそうか?
新型コロナウイルス感染拡大の完全収束が不透明な2020年~現在は、①も②も満たさない状況下にあります。「過去の販売実績推移の延長線上に販売予測値を描く」という前提条件から見直さないと、予測を大きく見誤りかねません。
では、過去データに多くを頼らず未来を予測するアプローチなどあるのでしょうか?
有望な解として、エージェント・ベースド・モデリング(Agent-Based-Modeling:以降ABMと表記)をご紹介します。
ABMとは、自律的な行動ルールをもつエージェント(ヒト)をコンピュータ上に多数発生させた上で、エージェント全体に影響を及ぼす環境刺激を与えた際のエージェントの挙動を観察するシミュレーション手法のことを指します。用途としては、現実世界では再現しづらい事象を再現させた際のエージェント1人1人の挙動をシミュレーションするのに向いています。一例を挙げると、災害避難シミュレーションはABMと相性が良いですね。(災害時に逃げ惑う人々が建物のどの入り口に殺到するかを予測するために、現実世界で実際に火事を発生させるわけにもいかないので。)
マーケティング実務に置き換えると、ABMは下記のようなマーケティング上の情勢判断に役立つとも言えます。
・もし新型コロナウイルス感染拡大の第4波がX月に訪れたら、自社商品・他社商品それぞれの小売販売はどのくらい増減する?
・もしテレビCM出稿量を倍増もしくは半減させたら、自社商品の広告認知・購入意向・販売台数はどう変化する?
・消費者のブランド知覚をガラリと変える画期的な新商品を上市したら、どれくらいのマーケット・シェア獲得が見込める?
米国トヨタ社やNetflix社では、マーケティング戦略立案における武器の1つとしてABM活用が浸透していると聞きます。当社でもABMの専門家集団である米Concentric社と協業し、国内大手の日用品メーカーさま・飲料メーカーさま等でABM活用のご支援をさせて頂いています。
先行き不透明な状況下でも未来の需要を見通したいお客様にとっては、ABMの導入は一考に値する分析手法です。ご興味あればお気軽にお問い合わせください。
図1_エージェント・ベースド・モデリングの枠組み(クルマの仮想市場を例に)
DS取組み事例②:人流データで店舗販売ポテンシャルを見える化したい
新型コロナウイルスの感染拡大は、ヒトの移動慣習も大きく変化させました。在宅勤務・夜間外出制限・国内外旅行自粛は、1年以上続いた結果、今ではすっかり日常に溶け込んでいます。毎日のお買い物シーンを切り出しても、複数店舗での買い回り行動を止めて1店舗まとめ買い行動にシフトする生活者が増えましたね。
生活者の買い物行動が変化した結果、何が起きているか。一部の小売店頭では、今までと異なる売れ行き傾向を示すようになったそうです。小売関係者の方からは「今までは主に店舗近隣在住者が来訪していた店舗において、コロナ禍で遠方からのクルマ移動者が増え、伴って売れ筋商品が変わり始めてきた。」という興味深い現象をお聞きしました。同時に、「商品陳列・店頭販促・チラシ配信・価格設定などの打ち手に活かすために、コロナ禍の最新の店舗商圏を正確に把握する術を知りたい。」との課題感もお受けしています。
一方でメーカーの営業担当者からは、「感染拡大防止の観点から小売店舗ラウンド業務を一部制限せざるを得ず、店頭陳列状況や自社・競合横断での売れ行きが見えづらくなっている」との課題感や、「特定チェーンにおける自社製品の小売店頭販売状況はPOSデータでわかるが、競合他社の状況や他チェーンでの販売状況はわからない」との課題感もお聞きします。
当社では上述の課題解決に向けて、国内随一の大規模人流データとして知られるNTTドコモのモバイル空間統計データ、SRI+データ、全国小売店舗属性データ、そしてAI技術を組み合わせることにより、「ある小売商圏が潜在的に持つ販売ポテンシャル」を推計するサービスの開発を進めています。
POSデータ集計で把握できる店舗販売金額は、いわば顕在化した需要を示しているに過ぎません。「スーパーマーケットの店舗Aでは前月に炭酸飲料が100万円売れたが、近隣競合店舗での販売実績も加味すると、実は130万円売れてもおかしくなかった。」という、潜在的な需要も加えた販売ポテンシャルの理論値が存在するはずです。この理論値と販売実績値を店舗ごとに突合し、そのギャップ金額と店頭販促施策実績データ・MD施策実績データを重ねることにより、「店舗ごとの販売機会ロスがどれぐらいあるか?」「販売機会ロスを埋めるために重点的に取り組むべき店頭販促は何か?」が明確になります。
エリアポテンシャル・サーチと仮称付けしたこのサービスは、2021年中の正式サービス提供開始を目指し、現在は複数のお客様企業と共にPoC(Proof of Concept:概念実証)のプロジェクトを進めている段階です。現在もご参画頂ける企業様を募集中ですので、ご興味あればお気軽にお問い合わせください。
図2_エリアポテンシャル・サーチによる推計の一例
DS取組み事例③:データ分析ノウハウを顧客社内に定着させたい
昨年より、当社のi-collegeという学び系セミナーにてマーケティングサイエンスの基礎講座を開催しております。毎回数百名のご参加を頂いており、Zoomの画面越しでも、熱気と共にマーケティングを科学することへの期待の高まりをひしひしと感じています。私どもの受託分析業務でも、一部のお客様から「データ分析の結果が欲しい」ではなく「データ分析を遂行する自社内人材育成を支援して欲しい」というご要望を頂く機会が増えました。経団連が示すAI-ready化ガイドラインに沿うと、AI技術(機械学習)も包含したDS全般について「知っている人材を増やす(図3のレベル2)」だけではなく、「実務で使える人材を増やす(図3のレベル3)」へと組織を進歩させていこうというお客様企業側の意思を感じます。
図3_AI-ready化ガイドライン(出所:日本経済団体連合会 AI活用戦略 2019.2.19)
https://www.keidanren.or.jp/policy/2019/013_gaiyo.pdf人材育成支援へのご期待を受け、当部門では今春より試験的に、お客様社内の人材育成までコミットするハンズオン型分析サービスをスタートしました。例えば、広告予算配分に役に立つマーケティング・ミックス・モデリング をテーマとする場合、当社DSスタッフによる一連の分析実施とご報告で終わりとせず、そこに至るまでの分析プロセス(広告データ加工方法や時系列回帰モデルの基礎理論知識など)を事後的に伝授させて頂くという要領です。同じく、SNS分析をテーマとする場合は、分析結果に至るまでの分析プロセス(テキストデータ収集方法、形態素解析などの自然言語処理まわりの各種テクニック)まで伝授させて頂きます。
ハンズオン型分析サービスの最終ゴールは、お客様社内でのDS人材が完全に自走される状態となり、当社のDSスタッフの支援が不要となることです。まだスタートしたばかりの試みですが、今後お客様からのご評価をお伺いしつつ、徐々に本格化をしていこうかと思います。
次回はビジネス・データサイエンスを組織定着させるコツについて、お話していきたいと思います。
最後までお読みいただきありがとうございました。
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