生活者理解をマーケティングにつなげる~消費者パネルデータ活用術
マーケティング・リサーチは、「情報を通じて、消費者、顧客そして一般の人々とマーケターを繋ぐ機能のことである」と定義されることがあります(Ref. 米国マーケティング協会)。この定義では「データを通じて」ではなく、「情報を通じて」と書かれていることから、マーケティング活動で活用されるデータは、情報化されることが前提になっていると解釈できます。つまり、データを活用するとは、データから情報を読み取ることであると考えることができます。
一方、マーケティング活動においては生活者の情報を得て施策検討や評価につなげることが必須となっています。そこで、この記事では、データから生活者の情報を得てマーケティングにつなげる方法について解説します。
1.データの種類と消費者パネルデータ
一言でデータといっても、様々な種類のデータが存在します。
大きい区分は、図1のように①オープンデータ、②自社データ、③外部購入データに分けることが出来ます。
図1
①オープンデータや②自社データはいずれも、データ取得のための費用がかからない、または、低く抑えられるのですが、
①オープンデータは、マクロな情報を得ることが出来るが、ミクロな情報を得るのは困難。
②自社データは、ミクロな情報まで得ることが出来るが、俯瞰的な情報を得ることが困難。
という特徴があります。
一方、③外部購入データは、有料になりますが、マクロからミクロまで自在な粒度の情報を得ることができます。
図2
ブランドのマーケティングに必要な情報を得る上では、外部購入データが有効です。図2にメリットとして示した通り、俯瞰的に市場を眺められるため、市場におけるポジションを明確に捉えられるのです。
また、外部購入データの中でも、生活者の購買実態を捉えた「消費者パネル」データからは、生活者の情報が幅広く得られます。
消費者パネルデータは、特定のサンプルから長期にわたって同じ情報を収集し、蓄積していく「パネル調査」という手法で構築したデータベースです。
モニターとなっている生活者に、購買した商品ひとつひとつについて、JANコード、購入場所、購入金額、購入日時などを記録してもらうのが代表的な手法です。
このデータに、各モニターのデモグラフィックス情報や日常生活に関する意識データ、JANコードを介した商品情報のデータと紐づけることで、得られる情報はリッチになります。
ここで、改めて、消費者パネルデータから得られるものについて考えてみましょう。市場は、生活者一人ひとりの「お金を支払う」行動の積み重ねによって作り出されていきます。(図3)「お金を支払う」という行動が自社製品に対して行われるか否かで、自社の売上額が決まり、自社の市場シェアが決まります。ビジネスを動かすためには、生活者の行動を変える必要があります。消費者パネルは、生活者の購買行動の結果を日々記録しているデータベースとも言う事ができ、生活者理解の起点となることができます。
図3
2.消費者パネルデータをどう活用する?
ここからは、消費者パネルデータを活用することでどのような情報が得られ、どのような評価や意思決定につなげることができるのか、実際のデータを用いて解説していきます。
ケーススタディとして、化粧品ブランドAと、同価格帯で販売されている競合の化粧品ブランドBを生活者視点で比較評価してみましょう。
まず、○○するためにブランドA購入者の特徴を調べてみましょう。図4は、インテージの消費者パネルSCIのデータを用いて、「美容、食生活ケア」、「健康食品・サプリ補給」、「歯の実態」といった美容に関する価値観が表れる領域の意識・行動実態をスコア化※し、全体平均と化粧水A購入者で比較し、特徴的な項目をピックアップしたものです。
※各意識項目について、5段階スケールで合致度を聴取し、T2Bの構成比をスコアとしている
図4
そして図5は、図4と同じ意識項目について、化粧水A購入者と化粧水B購入者のスコア、および、その差を表したものになります。
化粧水Aと化粧水Bはいずれも、平均単価が1,600円で類似した価格帯の商品ですが、化粧水A購入者の食生活ケア、健康食品・サプリ補給に関する意識スコアは、化粧水B購入者よりも10pts以上高く、美容だけでなく、食を通じた健康に関する意識も高いことが示唆されます。
図5
この、ブランド間のユーザー意識の違いはブランドに対するロイヤルティに影響しているのでしょうか。購入者内シェアという指標を使って見てみましょう。
購入者内シェアは、「当該ブランド購入者の『当該カテゴリー総購入金額当たりの当該ブランド購入金額の割合』の平均値」と定義されます。
※インテージのパネルデータ提供システム iCanvas上では「購入ロイヤルティ」という指標名にてご活用いただいています。
例えば、化粧水A購入者の甲さんが1年間に購入する化粧水Aが3,000円だった場合、甲さんの化粧水A以外のブランドも合わせた、すべての化粧水の購入金額が30,000円だったとすると、甲さんの化粧水購入額に占める化粧水Aの割合は3,000÷30,000=10%となります。
同じように化粧水Aを購入する乙さんの1年間に購入する化粧水Aの金額が3,000円で、1年間に化粧水A以外の化粧水を購入していなかったとすると、乙さんの化粧水購入額に占める化粧水Aの割合は、3,000÷3,000=100%となります。
化粧水Aの購入金額は、甲さんと乙さんで同額ですが、購買行動の観点では、乙さんが甲さんよりも、ロイヤルティが高いと解釈することが出来ます。
この結果をブランド視点で解釈すると、購入者内シェアが高いブランドは、より高いロイヤルティを獲得していると考えることが出来ます。図6は、過去5年間の化粧水Aと化粧水Bの購入者内シェアを比較した結果です。
いずれの年でも、化粧水Aの方が化粧水Bよりもロイヤルティが高いと考えられますが、ロイヤルティの過去5年の伸び率の平均(CAGR)は、いずれも1.02のため、その変化の度合いには違いがないと解釈できます。
ところで、このような経時変化を分析できるのも、“継続的にデータを収集している”というパネルデータの特徴であると言うことが出来ます。
図6
消費者パネルデータを活用すると、ブランドのロイヤルティを、生活者の購買行動として理解することも可能です。
生活者による、あるブランドの購入金額は、
購入金額=購入者数×購入者当たりの購入回数、購入1回当たりの購入金額
に分解することが可能です。
これに従い、化粧水A、化粧水B、それぞれの購入金額を分解したものが図7です。化粧水Aの100人当たり購入金額は化粧水Bよりも多いですが、購入者数は、化粧水Bの方が多いことが分かります。
化粧水Aは、化粧水Bよりも購入者当たりの購入回数(購買頻度)が多く、購入1回当たりの購入金額(客単価)も多いことで、化粧水Bよりも購入金額が高くなっていることが分かります。化粧品A購入者のこの購買行動は、化粧品Aのロイヤルティが化粧品Bよりも高いことと関連している可能性も考えられます。
図7
ここまでの分析結果から、化粧品Aは化粧品Bと比べて、美容だけでなく食を通じた健康に関する意識も高い生活者に購入されており、高いロイヤルティを獲得出来ていると評価できます。また、この高いロイヤルティは、購入頻度や、客単価と関連している可能性も示唆されました。 化粧品Aを使用していない人の中に「美容だけでなく食を通じた健康に関する意識も高い」人が多数いる場合は、そのような人をターゲットとすることも、ビジネスを伸長させる方向性の一つと考えられます。
3.消費者パネルデータから取るべき戦略を導く
ここからは、前述の購入者内シェアという指標を活用して、既存ブランドのパフォーマンスを分析し、ユーザー構造上の課題を捉える考え方をご紹介したいと思います。
図8は、既存ブランドの売上が伸びる際の購入者数と、購入者内シェアの変化をモデル化して書いています。
既存ブランドの売上が上がる時は、図8の左側の図が示すように、まず、新規購入者数が増えると考えます。新規購入者の当該ブランドの購入者内シェアは既存購入者と比べて高くないのが一般的なので、売上が伸び始めた当初は、ブランド全体の購入者内シェアの平均値は、売上が上がる前(以降、現状と呼びます)よりも下がると考えられます。
新規購入者による再購入が始まると、さらに売上が上がり、図8の右側の図で示すように、新規購入者の購入者内シェアが増えると考えます。 そうすると、ブランド全体の購入者内シェアの平均値も上がりことになります。
図8
図9は、既存ブランドの売上が下がる際の購入者数と、購入者内シェアの変化をモデル化して書いています。既存ブランドの売上が下がる時は、図9の左側の図で示すように、まず、購入者内シェアの低い購入者、言い換えると、ロイヤルティが低いと考えられる購入者が、離反すると考えます。当該ブランドの現状の購入者の中で、相対的に購入者内シェアの高い人が購入者として残るので、ブランド全体の購入者内シェアの平均値は、現状よりも上がると考えられます。離反はしなくても、購入回数の減少が進むと、売上はさらに下がり、図9の右側の図で示すように、購入者内シェアも減少すると考えます。そうすると、ブランド全体の購入者内シェアの平均値も下がることになります。
図9
現状を起点に、購入者内シェアの変化と売上金額の変化を組み合わせたモデルが、図10になります。現状と同等な場合をグレー、現状より増加している場合を青、現状より減少している場合を赤でしています。各指標3パターン、計9個の組み合わせから、ブランドのパフォーマンスを解釈しようとする考え方で、①が最もポジティブな状態、⑨が最もネガティブな状態であることを示しています。
図10
この考え方に従って、実際にブランドのパフォーマンスを評価してみましょう。
図11は、チョコレート市場における、当該期間のブランドAからEの購入者内シェアと販売金額の前年比を示したものになります。
図11
この図では、前年比95~105%を現状維持、それ以外を、前年より増加、または、減少したと解釈しています。ブランドAやBのランクは、⑤~⑦辺りになるので、購入者内シェアの低い顧客の離反が始まった段階と考えられるため、新規顧客獲得がネクストアクションとして考えられます。ブランドEはランク⑧、購入者内シェアの比較的高かった人の離反が考えられるため、ネクストアクションとしては、離反顧客の再獲得が考えられます。一方、ブランドCやDは、ランク①~②にあたり、新規購入者の獲得と、そのリピート購入が進んでいると解釈できます。
ネクストアクションとしては、リピート購入の更なる促進や、新規購入者の次のターゲットの設定などが考えられます。
このように、生活者から得られるデータの関係性を整理しておくことで、現在ブランドが置かれている状況が把握でき、次に取るべきアクションが見えてくるのです。
まとめ
この記事では、消費者パネルデータから生活者の情報を得てブランドの評価につなげる方法、そしてその後のアクションにつなげる方法について解説しました。
ビジネスを動かすためには、生活者の行動を変える必要があり、生活者理解が無ければ、その達成は難しいのではないでしょうか。消費者パネルデータの活用も、生活者を理解するための一つの選択肢に加えて頂けると幸いです。
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